ロー誕2012 | ナノ

最初の方はうまくいっていたと思う。つかず離れず、友人としてなんら普通の、けれど当然の距離。余計なことは一切考えないで、境界線に触れられそうになったらさっと身を引く。のらりくらりと躱しながら、それでも不自然とは言い切れない微妙な距離。今までと比べて何が変わったという訳でもない。強いて言えばユースタス屋の言葉を遮るのが多くなったことと、触れる数が極端に減ったこと。ただそれだけ。友人関係に何ら差しさわりのない程度の話、だった。傍から見れば。

「なぁ、今度の日曜暇だろ?暇だよな」
「なに勝手に決めつけてんだよ」
「うち来いよ。つうか土曜から泊り来い」
「…部活は?」
「最近試合ばっかだったろ?一段落着いたから暫く日曜は部活ねェの」

やることもねェからさーなんて伸びをするユースタス屋に、断る理由なんて何もない。以前の俺だったら、しょうがねーなー付き合ってやってもいいけどメシ奢れよな、なんて表面だけの憎まれ口叩いて、内心は一緒に入れる口実にひどく嬉しさを覚えていたっけ。絶対断ったりなんてしなかった。
もちろんその嬉しさは今も変わらないし、二つ返事で承諾したい気持ちもある。だけどここで素直にイエスとは言えない理由があった。

「…や、今回はやめとく」
「んだよ、用事でもあんのか?」
「そーそ、俺用事あんだわ」
「はぁ?それ本当かよ」
「本当だっつの」

疑わしそうなユースタス屋の視線を一身に受けながら、何でもないような顔してパックのジュースを啜る。
本当は用事何てない。仕方ないだろ、だって、今はこれ以上一緒にいたらいけない気がする。最近のユースタス屋のおかしな、目に余る言動、行動。まぁ全部俺のせいっちゃ俺のせいなんだけど。勝手に食ったとはいえあのキャンディを持っていた俺にも責任はある、なんて。あのキャンディの効果をすっかり信じてしまったわけではないけれど、それでも効果を信じた方が今までのユースタス屋の行動との辻褄は合うわけで。たとえそうじゃなかったとしても少し時間と距離を置けば、どうせすぐまた元のような関係に戻るだろうと思っていた。あのキスの意味は分からないけれど、それだって気の迷いで済ませてしまえるほど俺たちは若い。なんとなく、の一言で逃げおおせてしまえるほど責任だってないのだ。
何よりユースタス屋が俺に恋しているというのが、どうしても思えない。どうしたってユースタス屋は男で、だから女が好きだ。奴の好みのタイプだって俺は知ってる。今はいないけれど昔は彼女もいた。健全な男子高校生。その事実に変わりはない。ましてや俺を好きになる理由も要素もない訳で。

「なんか最近付き合い悪くね?」
「そうでもねーよ。いつも通りだろ」
「そうかぁ…?」
「そうだっつの」

未だに不審そうな目でじろじろ見てくるユースタス屋を尻目に、意味もなく携帯を弄る。また暫くすれば、いつも通りの関係に戻れるから。それまでの辛抱だ。それまでユースタス屋に無意味な疑問を持たせたらいけない。自然体でいればそのうちそれが普通の、当たり前のことになるのだから。

「彼女でもできたのか?」

不意にぽつりと洩らされた声。意識が何かに集中していたら決して聞き取れなかっただろうその声は、緩やかにクラスの喧騒にかき消されていく。あまりにも唐突で小さな呟きに、え、と思わず顔を上げた。かち合った視線の先には、にやついた顔をしているくせに瞳の奥に何とも言えない感情をにじませたユースタス屋のちぐはぐな笑い顔。彼女なんてそんなものはいないけれど、その存在があればこの微妙な距離は正しく戻り、俺は叶わない恋に夢見ることなく現実を生きていけるのだろう。

「…なに言ってんだよ。そんなのできてたらとっくにお前に自慢してるっての」

それでも俺の弱さか、はたまた甘えか、まだ夢を見ていたいと思うなれの果てがこれだ。まだ、もう少しだけ現実を見ないふりをして。そんな時間は一瞬にして過ぎ去っていくことを知っているからこそ。そうしてそれが一瞬であることを願っているからこそ。

笑ってそれだけ告げるとユースタス屋はどこかほっとしたような顔を見せる。それに人知れず顔が強張った。
一瞬の歯車を少しの好奇心と諦めに似た願望で永遠へと弄ろうとしたのは俺だ。綺麗ごとを並べても所詮人の子、ユースタス屋から向けられる恋慕の対象がもしも自分であったなら。死んでもいいと思えるくらい幸せなことで、どう考えてもありえないこと。ありえてはいけないこと。俺の我儘一つでユースタス屋の真っ当な、幸せな人生を奪うことなんてできない。そう思っていたはずなのに、やっぱりあのキャンディを買ったのは、幸せな夢の続きを見てみたかったからだろうか。5グラムぽっちの存在が、俺の全てを叶えてくれると。

「あのさ、トラファルガー、」
「あ、やべぇ次移動教室だぞユースタス屋。急がねぇと」

現実的に考えて有り得ない話。でもそれが俄かに現実味を帯びてくると、途端に恐ろしくなって俺はどうにかこうにか軌道修正を考える。夢は夢のままでなければいけない。具体化した夢はきっと幸せだろうが、それは現実をこの手で捻じ曲げて作り出された虚像でしかない。あのキャンディで作り上げられた夢の続きに、ぽっかりとユースタス屋の意思が欠落しているように。
何か言いたそうなユースタス屋の言葉を遮るのもこれで何度目だろうか。送られる視線に気づかないふりをして、俺はただ黙って視線をそらした。





世界史のテストが返ってきたとき、四十二点というギリギリの赤点回避にユースタス屋は俺の後ろで喜びに打ちひしがれていた。これでテストは全部返却、ユースタス屋は無事赤点ゼロ。トラファルガー、まじすげェラッキーなんだけど!と目をキラキラさせて四十二点のテスト用紙を突き付けてくるユースタス屋に苦笑する。

「あーまじ最高…有難うございましたトラファルガー先生」
「もっと敬え。それっぽっちの点数で喜びやがって」
「いやお前に比べたら大分低いけどな?俺にしてはめちゃくちゃいい方だからな?」
「はいはい」

ユースタス屋の言葉に笑いながら返す。ああ、そうだ。こういう何気ない一時が一番楽しいんだ。何も考えなくていいし、ただユースタス屋の傍に入れる。それだけでこんなにも幸せなのに。

「なー今日お前委員会あんだろ?」
「あるけど」
「じゃあそれ終わったら一緒に帰ろうぜ。メシ奢る約束だろ?」
「は?部活は?」
「今日は基礎練しかねェから六時に終わる」

先に終わったら待ってろよ、と言ったユースタス屋にいいとも悪いとも言ってないのに話はそれで終わってしまった。それでもやっぱり断る理由はないし、これは勉強を見た代金だからまぁいいか、なんて思ってしまう。

(結局、徹底することも出来ないんだよなぁ…。)

きっぱり諦めることも、脇目もふらず必死になることも、どちらもできない。中途半端な形。それじゃ放課後待ってろよ、と言ったユースタス屋に蓋をしたはずの嬉しさを抑えることも出来ないんだから。

(矛盾しまくってるな、俺。)

ごちゃごちゃ頭の中で文句を並べるだけで、結局何がしたいのか自分でも分からない。ハァ、と溜息を吐くと委員会へ向かう準備をした。




今月の委員の予定、当番決め、委員会の集まりはくだらないし面倒くさい。ぼけっと黒板を見つめて委員長の話す内容を右から左へと受け流していたら、隣の席の子から不意にシャーペンで腕をつつかれる。何だ?と横を見れば回される紙。女子が好きそうな可愛らしいピンク色のメモ用紙に、この後ちょっとだけ時間ある?とだけ書かれていた。ちらりと横を見たが視線はかち合わない。仕方なく、六時まで暇、とそれだけ書いて返すと暫く経ってからまた回される手紙。じゃあこれが終わったら教室で待ってってもらっていい?と。何となくこの先の展開は予想できる。無表情で分かったとペンを滑らせると、それからもう手紙は回ってこなかった。

委員会が終わったのは五時半を少し過ぎた頃だった。大体五時とか、始めるのが遅い。もっと早く始めてほしいもんだよな、と思いながら隣を早足で通り過ぎて行った女の子を見て先程のやりとりを思い出す。そうだった、教室に行かなきゃなんだ。どっちにしろユースタス屋との待ち合わせが教室だから行くけどさ。
誰もいない廊下を渡り、ドアを開けると窓際の席にその子はいた。そういえばこんな子クラスにいたなぁと思うくらいで、別段親しくもない。話したことも数えるくらいしかなかったと思う。

「ごめんね、用事あるのに引き止めちゃって」
「別にいいよ。それで話って?」

ああ俺も、女だったらこんな風に。なんてまた不毛なことを考える。止そうと決めたことを最近は何度だって繰り返していて、そんな自分が嫌になる。所詮止めれるのは上辺だけだと見透かされているようで。何があってもユースタス屋を諦められることなんてないんだと知らしめられているようで。

「あのっ…私、トラファルガー君のことが…好き、ですっ」

目の前で小さく震えてる姿が自分と重なる。俯いて、顔を真っ赤にして、想いをありったけこめて、報われないと知りながら。そしてその想いを突き返す俺は、ユースタス屋と同じ存在。目の前の風景がまるで他人事のようで、まるでユースタス屋に告白してる自分を見ているような気持ちになる。
重ね合わせてみたら鼻の奥がつんとした。じゃあ付き合おっか。そう言ってもいい気がした。ここで夢から覚めてしまって、この子と現実を歩んだっていい。いろんなところにデートに行って、一緒に過ごして、くだらない話をして、手を繋いで、キスして、それから。
でも、やっぱり。

(ああ、俺ってホント、報われねぇなぁ…。)

「ごめん、好きな人がいるんだ」

ごめん。もう一度呟くとその子はふるふると首を振る。大丈夫、と俺もこんな風に無理して笑うのだろうか。

「でも、ありがとう」

そう言うとその子はぽろりと涙を一粒流した。うん、うん、と頷きながら涙を拭う姿を通してみるのは紛れもなく俺自身。想いを受け取れなかった俺が出来ることはもう何もないけれど、そうだな。俺がこの子の立場だったら、ユースタス屋にはこうしてもらいたいなあ。そう思って、ぽんぽんと静かに涙を流すその子の頭をゆっくりと撫でた。




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