ロー誕2012 | ナノ

授業のチャイムが鳴り、教師の終了を告げる声がする。はい止め、の声と同時にざわざわとうるさくなるクラスメイト。ここの答えはどうした、あれは何を選んだ、赤点取りそう。落胆と失望が交じったような声と、筆箱を片づける音、テストを回収する音。椅子を引き、伸びをしながら今日でやっと終わりだと、解放されたような声。
教師がテストを回収し、枚数を数え終えて席を立つと、クラスメイトも思い思いに動き出す。鞄を取り出してすぐにでも帰ろうとする者、友達と答え合わせをする者。けれどほとんどが、テストなんてもう忘れたいと言いたげにすぐさま教室から出て行った。

「おい、俺らも帰ろうぜユースタス屋…って生きてる?」

動く人影をぼんやりと視界に留めながら、例にそって帰ろうと鞄を掴む。先程から一言も発しないユースタス屋に後ろを振り返ると、案の定と言うか、机の上に俯せになって項垂れていた。

「やべェ…マジやべェぞこれ…世界史赤点かも…」
「ヤマは教えたろーが」
「うん、まぁ…何つうか…」
「勉強しなかったのか」
「あ…はい…」
「自業自得だな、ユースタス屋。追試まで部活は謹慎だ」
「それは嫌だぁああ」

うちの高校では部活をやっている奴が赤点を取ると、もれなく追試まで部活は謹慎となり放課後に待ち受けるのは補習地獄だ。レギュラーメンバーのユースタス屋にはつらい話だろう。大会とかあるのかしらねぇけど、うちの学校は容赦ねーからな。補習とかぶっている予定はすべて補習優先になるし。

「まぁあとは神にでも祈るんだな」
「最悪…」
「勉強しなかったお前が悪いんだろ」
「何も言えません…」

顔を埋め、項垂れるユースタス屋に笑う。ユースタス屋にはひどい話だけど、補習になったらまた勉強教えてくれって泣きついてくるだろうから、ちょっと赤点とってほしいなーなんて気持ちもあったり。まあ取らないに越したことはないけどさ。

「後悔してもしょうがねーだろ。帰ろうぜ」
「ハァ…そうだな」
「つうかお前、世界史のプリント出した?」
「何だそれ」
「授業中に配られたやつ。テスト終わりに回収するって言われてたろ?」
「あ?ああー…なに、もう回収されたのか?」
「お前が項垂れてる間に」
「もっと早く言えよ!」
「言ってやっただけ感謝しろよ」
「ったく…めんどくせー。ちょっと出してくる」

ファイルからプリントを取り出し、面倒くさそうに立ち上がったユースタス屋を見送る。教室に残っているのはほんの数人。それもまた帰ろうとしているから、すぐにでも俺一人になるだろう。暇だな、なんて思っていたらクラスメイトに声を掛けられる。トラファルガー、お前今日日直じゃねぇの?なんて言われて気が付いた。黒板には確かに俺の名前が書いてある。忘れるところだった。さんきゅ、と知らせてくれたクラスメイトに礼を言うと日誌を取り出す。今日はテストしかなかったら書くことなんてほんの少しだ。伝達事項もない。カリカリとシャーペンを滑らせ、じゃーな、と声を掛けてくるクラスメイトに適当に返事を返す。書き終わってぱたんと日誌を閉じたときには、教室にはもう誰もいなかった。今日は三限までしかなくて、午後からはフリー。しかもテストは今日が最終日。誰だって早く帰って遊びたいだろう。何も言ってないけど、きっと俺たちもこの後どこかに行くんだろう。暇だからどっかいこうぜ、なんてユースタス屋に誘われて。
日誌を枕にして机に俯せる。窓から差し込む日の光が眩しい。いい秋晴れだな、なんて考えていたらなんだか眠くなってきた。体に当たる日の光の暖かさがそれを助長していく。ユースタス屋が来るまで、とゆっくりと目を瞑った。




「悪ぃトラファルガー、遅くなった。途中で顧問につかまっちまって…」

うとうととした頭にガラガラと無遠慮にドアを開ける音がする。続いてユースタス屋の声。頭を覚醒させるには十分な声量をもって侵入してきた存在に、けれど俺は机に俯せたままを保つ。事実まだ眠かったし、寝たふりをしてユースタス屋がどんな態度をとるのかということにも少しばかり興味があったから。

「トラファルガー?…寝てんのか?」

先程よりも幾分控え目な声。こちらに向かう足音、次いで隣の椅子が引かれる音。ユースタス屋にばれないように薄目を開ければ、隣に座っている姿が見える。この位置だと首から下しか見えなくて、顔は見えない。起こしもせず、ただ隣にじっと座っているユースタス屋に不審に思う。何をしているんだろうか、しかしここで起きるのも不自然だしな…なんて考えていたら、不意にふわりとユースタス屋の手が頭を撫でた。顔にかかる髪を払いのける仕草。思わず息を飲んで、立ち上がりそうになった。それを寸でのところでぐっと堪える。

(ユースタス屋のやつ、なにしてっ…!)

しかし心の動揺は抑えられなかった。ともすれば赤くなってしまいそうな顔に、必死に冷静さを保とうとする。どうしてという気持ちと、それを上回る嬉しさ。ユースタス屋の手が俺に触れている事実に他のことなんてどうでもよくなってしまいそうで困る。溢れる嬉しさに必死で蓋をして、こいつにとっては何でもない行為なんだとひたすら自分に言い聞かせた。期待しちゃいけない。そう思うのに、目が覚めたふりをすればいいのに、一秒でも長く触れられていたいという本音が邪魔をする。あとで苦しむのは自分なのに、分かっていても拒めないのは好きだから。

(なんかもう、俺健気すぎて泣きそうだわ…。)

報われなくていいって決めていたけど、最初はそれでもつらかった。この恋をなかったことにできればどんなにいいか。ゲームのようにボタン一つでリセットできたら。
でも現実はそう上手くいかないし、現状を受け入れなければ何も始まらない。振り向いてもらえないのは悲しいけれど、それでも自分に素直に生きたいと思った。ユースタス屋のことが好き。叶わなくていい、想うだけでいい。ユースタス屋の一番の友達でいよう。好きな人が出来たら、そのときはからかってちょっかいだして、それで目一杯祝福しよう。そう決めて、最近にはそれでいいんだとすっかり思えるようになってきたのに。そうなった途端にこれだ。

(神様…がいるなら、これは俺に対する試練かなにかですか。)

自分よりも少し大きな手。こんな触れ方もできるかと思うほど優しい手つき。瞼の裏でユースタス屋は一体どんな顔をしているのだろう。見たいけれど、ここでは目を開けられない。ユースタス屋の気が済むまで放っておいて、起きろと俺を起こしたその時に何でもないふりをして伸びをするんだ。目を擦って、あたかも今起きましたと言うように、何にも知らないふりをする。頭を撫でた掌の温もりを感じながら、何も言わずに帰る。そう、それでいいんだ。今目を開けたら好きだと言ってしまいそうだから。
髪を撫でる手が頬に触れる。ああ、そろそろこの幸せな夢から目覚める時が来たようだ。願わくばもう少しこのままでいたかったな、なんて思いながら起き上った時の言葉を考える。やべぇ、寝てたわ、とかでいいかな…。

(っ、え、)

揺さぶられてから少し唸って、それからゆっくりと目を開いて…シュミレーションしていた俺の頭が唐突にピシリと固まる。

「おい、トラファルガー起きろ。こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」

唐突に肩を揺さぶられ、投げかけられた声にびくりと肩が震える。おそるおそる目を開いて顔を上げると、机の前に立ったユースタス屋が呆れたように俺を見下ろしていた。じっと黙って見つめていれば、何だよと不審そうな顔をされる。これはもしや夢、なのだろうか。試しに目の間にあったユースタス屋の手の甲を抓ってみたら、いってぇ!何すんだいきなり!と怒られた。どうやら夢ではないらしい。

「…ユースタス屋」
「あ?なんだよ、早く帰ろうぜ。まだ寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけ…そっか、俺寝ぼけてんのかも」
「お前マジで大丈夫か?」

そうだ、ユースタス屋が頭なんて撫でるからその幸せの延長でつい変な錯覚をおこしてしまっただけだ。そうだそうだと必死に言い聞かせるけれど、唇は相変わらず燃えるように熱い。

(っ、なんなんだよ、もう…!)

背を向けたユースタス屋にばれないように唇をなぞる。最近のユースタス屋には動揺させられることしかない。それこそ今までの俺の気持ちが無碍になってしまいそうなほど。
思い当たるのは一つだけ。そしてそれがその通りだとしたら、これはまでのことは全部ユースタス屋の意思では、ない。もちろんこのキスだって、きっと。

(あんなキャンディ、買わなきゃよかった。)

どうしたって結局泣くのは俺なんだから。




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