ロー誕2012 | ナノ

授業終了のチャイムが鳴り昼休みが始まると、後ろで鞄をごそごそと弄る音が聞こえる。いつもそうだ。ユースタス屋がまじめに授業を受ける時なんてほとんどなくて、授業終了三分前ぐらいに都合よく目を覚ます。使いもしなかった教科書や筆箱を乱雑に机の中にしまい、鞄から弁当を取り出してこう言う。

「トラファルガー、飯食おうぜ」

そしていつも振り返った俺の手に握られたパンを見て、食べる量が少ないと文句を言うのだった。



ちょっとトイレに行ってくる、と言ったユースタス屋に適当に頷く。携帯を弄ってたが特に何もないので、暇だなぁとだらりと机の上に手を投げだした。そのときふとポケットの中の膨らみに気づく。首を傾げ、手を入れてこつんと当たった存在に昨日のことを思い出した。そういえば昨日のキャンディ、制服のポケットに入れていたんだった。すっかり忘れていた。
取り出してみると、日の光に当たってピンク色がキラキラと輝いていた。やっぱりイチゴ味なんだろうか、なんてくだらないことを考える。家に帰ったら捨ててしまおう、そう思って鞄にしまおうとした、そのときだった。

「へぇ、お前がこんなんもってるなんて珍しいな」
「え、」

ひょいっと手の中のキャンディを取られ、瞬きする間にビリッと破ける音がする。次いで机の上にハラハラと散るピンク色。ちょっとまて、と言おうとしてカラリとキャンディが歯にぶつかる音に目を見開いた。

「はっ!?ちょ、おまっ…!なに勝手に食ってんだよ!」
「あー?いいだろ別にアメくらい」
「よくねぇよ!かえ、っ」

返せと言う前にガリッガリッと音が聞こえて、え、と思う。伸ばした手には無残にも、くっついていた白い棒だけがぽとりと落とされた。

「噛んだ…?」
「ちんたら舐めるのは性に合わねェ」
「…、は」
「は?」
「吐き出せてめぇええ!」
「はあ?」

ガリガリと口の中で粉々に散ったキャンディを噛みながら眉根を寄せるユースタス屋の襟元を掴むと揺さぶった。そんなにこのアメが大事だったのか?なんて理由も知らないユースタス屋は見当違いなことを聞いてくる。ああ、俺が馬鹿だった。すぐに捨てればよかった!

「うるっせーな。帰りに同じの買ってやるよ」
「いらねぇよ!いいから吐け!」
「無理だっつの」

がくがくと揺さぶるもユースタス屋は面倒くさそうに顔を歪めるだけ。そりゃそうだよな、理由を知らないからな。でもお前は今とんでもなく理解できないものを口にしたんだぞ。なんて言えるわけもなく。

「…あー、キッド。邪魔して悪いんだが、辞書を返してほしい」

不意に聞こえたよく知る声。キラー屋だ、と思う前に俺はあることに気づいてハッとする。こくりと喉を鳴らし、キャンディを食べきったユースタス屋が「おー」と返事を返し、キラー屋に向かって振り向こうとした瞬間。

「ってぇ!何すんだトラファルガー!!」

首をゆっくりと横に動かしたユースタス屋の顔を両手で掴む、と一気に自分の方へ振り向かせた。急な回転にぐきりと首を痛めたユースタス屋が青筋立てて怒鳴ったが俺はそれどころではなかった。こうなったら仕方がない。ぎろりとこちらを睨むユースタス屋と視線を合わせる。周囲のざわめきの音が遠く聞こえ、風で靡くカーテンがまるで別世界のことのよう。ふつりと音が消え、赤い瞳の奥に自分が映った。

ぱちり。
ユースタス屋の瞬きで急速に世界が色づいていく。遠かったざわめきがすぐ近くに聞こえ、カーテンはもう揺れていない。トラファルガー?とユースタス屋は不思議そうに呟いたがすぐにばっと顔を離した。あー辞書な辞書、と何でもないように言いながら鞄を漁る耳は心なしか少し赤く色づいていた。

ハァ、と聞こえないように溜息。パックのジュースを飲むとキラー屋が、訳が分からないと呆れたの中間のような顔をして立っていた。



『条件が一つある』

ユースタス屋のキャンディをかみ砕く音を聞き、キラー屋を見てあのときの店員に言われた言葉を思い起こす。

『このキャンディを食べさせた後、必ず一番最初に自分が視界に入らなければいけない』

つまり、だ。言い換えればこのキャンディは相手に一目惚れさせる効果があるらしい。だからせっかく食べさせたとしても、食べた相手が全く別の人物を最初に視界に入れてしまっては意味がないんだそうだ。このままだとキラー屋になる…なんて思って焦ってこっちを向かせてしまったけど、今考えると相当アホらしい。こんなのが本気どうかも分からないし、俺は多分あのキャンディ自体にそんな効果はないだろうと思っている。それでも現実と期待は違う。ユースタス屋に変なものを食わせてしまったって負い目はあるけど…でも。
ちらりとユースタス屋を見るとキラー屋と何でもないように談笑してる。さっきの赤い耳は俺の期待によって生み出された幻覚だろうか。机の上に置かれたピンクの包装紙をぐしゃりと握る。何でもない、ただのキャンディだ。ばからしい、と先程までの自分を笑うとくだらない期待もゴミ箱に一緒に捨てた。






帰り道、俺の手にはアイスが握られていた。何も言わなかったけどユースタス屋が買ってくれた。多分昼間のキャンディのことだと思う。実際アイス貰う価値なんてないんだけどな。
十月を迎えたというのに夏なんじゃないかと錯覚させるような暑い日もあった。今日はたまに吹く風が心地いい。いつもこのぐらいの温度なら快適なのにな。
ちらりとユースタス屋を見る。いつもは何かしら喋るユースタス屋が今日はだんまりを決め込んだままだ。ユースタス屋が喋って、それに相槌を打つことがほとんどの俺達の会話。帰るまではいつも通りだったというのに、校門をくぐりぬけてからこれだ。一体どうかしたのだろうかと思うも、こちらから話しかけても話が続かないから俺は黙って手の中のアイスを食べた。夏と違ってすぐ溶けないからいい。

「あ…じゃあな、ユースタス屋」

ふと顔を上げればもう分かれ道まで来ていて。いつもならまた明日、と返すユースタス屋が何も言わない。首を傾げつつもまあいいかと思い、ひらひらと手を振ると左へ入ろうとした。その瞬間腕を掴まれ、へ?と間抜けな声を上げて振り返る。

「付き合ってほしいんだけど」

真顔で向き合ったユースタス屋に声も出ない。碌に息すら出来ない状態で、何も言えずに黙る。早く食べないとアイスが溶ける、なんてどこか間抜けなことを考えていた。





「おいトラファルガー、放置すんな。わかんねェ」
「うっせ黙れそこの公式当てはめて考えろ」
「はあー?んでそんなに機嫌悪いんだよ」

ベッドに寝転がりながら雑誌を読む。ユースタス屋はテーブルの上に広げられた教科書を前に悪戦苦闘していた。付き合ってほしいんだけど、テスト勉強。特に数学。告げられた言葉に俺は自分のバカさ加減を呪ったね。

(期待させるようなこと、言うなっつーの…。)

雑誌を閉じると枕に顔を埋めて脱力。そんな簡単に叶うはずがないのに、もしやと思って期待してしまった自分を殺したい。そもそも叶わなくていいって思ってたはずだぞ俺は。あんな店行かなきゃよかった。あの店であのキャンディを買って、それでユースタス屋に食べられてしまったその瞬間から、捨てたはずの期待を俺は妙に抱いてしまっている。忘れろ忘れろ、いつも通りの俺でいろ。期待するだけ無駄なんだから。期待するだけ傷つくのは俺なんだから。

「トラファルガー…」

間抜けな声がベッド下から聞こえ、枕に顔を埋めたままふっと笑う。顔を上げれば予想と違わない情けない顔したユースタス屋。ベッドから降りるとユースタス屋を見て笑った。

「俺の授業は高いぞ?」

うぐ、と息をつめたユースタス屋にノートとシャーペンを取り出す。隣にいるって決めたのは俺なんだ。これ以上望んだらきっと罰が当たる。




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