ロー誕2012 | ナノ

この恋が叶えばいいと思うことはなかった。どんなに頑張ったってそれは無理な話だし、一生懸命になったって何かが変わるわけでもない。少女マンガのように言うつもりはないけれど、この恋は叶わなくていいとそう思っていた。

「まぁたそんだけかよ」
「俺は燃費がいいんだよ、お前と違って」
「だからってフツーの高校生男子が菓子パン一個っておかしいだろ」
「ユースタス屋が食いすぎなんだよ。見てて胸焼けする」
「いやいや俺が普通だろ」

後ろの席で広げられた弁当の隣には先程購買で買ってきたパンが三つ。弁当にパン三つなんて、どう考えてもユースタス屋の方が食い過ぎだ。見てるだけで腹いっぱいになる、と思いながらパンを齧る。チョコなんとかって名前は忘れたけど甘いパンだ。パサパサしすぎて甘いだけ。多分もう二度と食わねぇな。

「ユースタス屋、その唐揚げちょーだい」
「あ?人から貰うくらいならもっと買えよ」
「いらねぇんだよ。一個で十分」
「ったく…ほら、口開けろ」

ほら、またそうやってすぐ甘やかす。そのぐらい自分で食えるのに。なんて、俺がそんなんこと考えてるなんて微塵も思っちゃいねぇんだろうな。ユースタス屋はいつもそうだ。この恋は叶わなくていい、もちろん。だけどユースタス屋がそうやって甘やかすから、俺は未だにこの想いを捨てきれずにいる。

「…ん、やっぱうまいな」
「そうか?」
「たまご焼きと唐揚げが一番うまい」
「別にお前に食わせるために持ってきてるわけじゃねェんだけどな…」
「いいだろ、んなにあるんだから」
「これでも授業終われば腹減んだよ」
「麦わら屋と同じだな…胃袋も頭もカラッポ」
「麦わらよりはマシだっつの!」

くだらないやりとり。眉根を寄せるユースタス屋に笑う。そうだ、別に想いが伝わらなくたっていいんだ。捨てきれない想いぐらい我慢してやるよ。俺はずっとユースタス屋の隣にいることを選んだんだから。友人として、これから先もずっとこいつとバカやってければいいなって。そう思って、それで、自分の決断に後悔はない。

「おーい、キッドー」
「あ?」
「誰か来てんぞ。お前に用事があるってよ」
「めんどくせェな…おい、勝手に弁当食うなよ」
「食われたくなきゃ早く戻ってくるんだな」
「てめっ、」
「ほら早く行けよ。まってんぞ?」

不意に聞こえたクラスメイトの声。ユースタス屋しか見えなかった世界が、ざわざわと広がっていく。色が付く教室、うるさく響くクラスメイトの話声。呼びかける声に応じてちらりと見えた、教室の扉の外で待つ女の子。
後悔はない。ないけれど、時おり自分が女だったらって考える。そうしてひどく空しくなる。

(告白、か。)
(俺も、告白出来たらなぁ…。)

なんて、無駄な話だ。






帰り道。いつも部活で一緒に帰れないユースタス屋も、テスト前ということで部活がなかった。一緒に帰るなんて久しぶりだな、と思いながらその隣を歩く。夕日が赤く眩しい。

「でさー、そんとき…」
「んー」
「…お前、話聞いてる?」
「んー」
「聞いてねェのかよ…」

別に聞いてないわけじゃない。ただちょっと考え事をして返事が疎かになっただけだ。何だよ、ったく…と呟くユースタス屋の横顔を見る。夕日に照らされて赤かった。

「ユースタス屋さぁ、彼女つくんねーの」
「いらねェよ。今忙しいからな」
「さっきの女の子とか可愛かったじゃん」
「タイプじゃねェよ」
「へー面食い」
「…お前の方こそどうなんだよ」
「まぁ別に…今はいらないかなって」
「おモテになるからいつでもいいもんなぁ?」
「フフッ、そうだな」
「賛成すんなよ、嫌味なやつ」

眉根を寄せたユースタス屋に笑う。別にいいだろ、これぐらいの強がりくらい。何たって俺は叶わぬ恋をしているんだから。このぐらいないと釣り合わないっつーの。

「じゃあまた明日」
「おう、またな」

分かれ道でユースタス屋と別れる。俺は左、ユースタス屋は右。せっかくだからもう少し一緒にいられたらいいのになんて思うけど、一緒に帰れるだけマシだ。これでユースタス屋に彼女でもできたら一緒にいることすらできなくなる。今の救いはユースタス屋に彼女がいないこと、それだけ。なんて考えてる自分に苦笑する。そんなんで俺、この先どうすんだろうな。

(叶わなくてもいい、とか思ってるくせに。これじゃ世話ねーな。)

まだ安心できると思っている自分を自嘲しながら帰り道を歩く。
ふと視線を上げた曲がり角の先、今まで空き地だったそこに新しい家が建っている。俺の家はこの先を真っ直ぐだ。角は曲がらないし、空き地に家が出来たって関係ない。そう思うがその家は周りと何となく違って見える。パっと見てすごく目立つ。深緑色の屋根に煉瓦で覆われた壁。洋風の小洒落た家。
暇だったから角を曲がった。何をしているんだかと思いつつも、何となく正面から見たい。どんどん近づいてくる家は少し周りから浮いている。正面まできて、ふとドアに看板がかかっているのが見えた。

「Open…これ、店なのか?」

何となく納得がいく。店ならこの外装でもおかしくない。通りに面した窓にはレースのカーテンがつけられていて、窓辺には小物が並んでいる。雑貨屋だろうか。それにしても何でこんなところに。

「…入ってみるか」

どう考えても女子供のための店だろうが、客に文句を言うはずもない。家に帰ってもどうせテスト勉強しかしないのだから、俺は扉の前の階段を上がるとゆっくりとドアを押した。せっかく静かに押したのに、チリンチリンと頭上の鈴が来訪者の訪れを告げる。静かな空間によく響いて、別に悪いことをしたわけでもないのにドキリと心臓が跳ねた。
誰もいないのだろうか。ギシ、となる床を踏みながら店内に入るが、カウンターには人がいない。けれどカウンターの後ろに簾のかかった部屋がある。たぶんあそこに店員がいるんだろうな、と思いながらゆっくりと店を見て回る。
俺の見当は外れていなかった。女子供が好きそうな雑貨屋。店はこじんまりとしているけど、棚にはいろんなものが並べてある。それに、一つ一つおもしろいことが書いてあった。

(なんだこれ…好きな人に話しかけてもらえるハンカチ…?)

棚の上に置かれた、小さな籠の中にあるハンカチ。その籠の前には四角いカードに色ペンで『好きな人に話しかけてもらえるハンカチ』と書いてある。横には手帳。カードには『あなたの願いが叶う手帳』…その他にも勉強がうまくいく鉛筆だの好きな人ともっと仲良くなれる香水だの、一見普通の可愛らしい小物の前に様々な効果が書いてある。試しにノートを手に取ってみたけれど、何もないカラフルなリングノートだ。効果は『暗記がうまくいく』らしい。このノートにそんな力があるとも思えないが。
何だか面白い店に入りこんじまったな、と思う。いかにも中高生が好きなそうな店だ。キャーキャー言いながら物色して、叶う訳ないと知りながらも買っていくんだろう。しかし男には無縁だな。おまじないが無縁というより、可愛らしい見た目が無縁だ。
ゆっくりと店内を見て回り、カウンターの前までくると、レジの隣にも小さな籠が置いてあることに気づく。カードには『片思いが叶うキャンディ』と書かれている。まさに今の自分にぴったりなキャンディだ。どちらかと言えば片思いを忘れられる、の方がいいのかもしれないけど、と思いながらキャンディを一つ手に取る。ピンク色に包まれた棒つきキャンディ。こんなので恋が叶ったら、なぁ。

「一つどうだ」
「ひっ…!」

カゴに戻そうとしたところでいきなり声を掛けられびくりと肩が震える。口端から出た間抜けな声に羞恥を覚えながらも驚かすなと顔を上げた。

「ああ、急にすまない。驚いたか?」
「いや、別に…」
「それ、どうだ。効果は保証する」
「あ、はぁ…」

いつの間に来ていたのだろう。レジの前に立った店員は、俺をじっと見つめながら無表情で告げる。まるでこの店にはふさわしくない無表情な顔、声。しかも可愛らしい女の店員ではなく、男ときたもんだ。眉の当たりには変な、刺青?正直圧倒される。しかし店員はお構いなしにブロンドの長い髪を靡かせながら、じっと俺を見つめている。

「この店で一番売れててな。すぐなくなるんだ。アンタは運がいい」

いや別に俺買うなんて一言も言ってないんだけど。てかこの店人来るんだ。
じっと見つめてくる店員に、はぁ、としか返す言葉がない。ちょっと怖い。この店実は怪しいんじゃないのか。

「どんな相手でも落とせるぞ。効果は保証する」

またそれか…でもそれって結構怖くね?どんな相手でも落とせるって…。じっと見つめてくる店員に乾いた笑い声を出す。どうでもいいから、早く店から出たかった。







「結局買っちまった…」

チリンチリンと店を出て、ポケットに入れたキャンディに溜息。二百円くらいならいいか、別に、と思ったし早く帰りたかったから勢いで買ってしまった。断ることも出来たけど、なんか、呪われそうだし。
キャンディを掌で転がし、目の前に浮かべる人物はただ一人。頭の中に思い描いて、首を振るとすぐに打ち消す。興味はある、けどこんな得体の知れないものを食わすわけにはいかない。それに叶わなくたっていいって決めたはずだ。

(決めたはずなんだけどな…。)

ハァっと溜息を吐くと、ごみ箱に捨てるはずだったキャンディをそっとポケットにしまった。




[ novel top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -