なんて無謀な恋をする人 | ナノ

頭のどこか奥で何か音が聞こえる。次第に大きくなっていくそれ。あまりの鬱陶しさに寝返りを打つ、と同時にそれは最大となった。

即効で携帯のボタンを押すとアラームを解除する。時間を見れば講義が始まるまでには二時間ほどの余裕があった。(まだ一時間は寝ていても平気なはず。)
心地好い睡魔に襲われてもう一度寝返りを打つ。ぐいっと手元のシーツを引き寄せた。

ふと、その時に自分の手首が目に入る。それはまだ微睡みを引き摺っていた頭を覚醒させるには十分だった。

赤くなり痣のようにも見える五本指の痕跡。手首にはきっちりと、握り締められた痕がついている。

そこで漸く昨日(いや、今日か)の出来事を思い出した。何で忘れてたんだろう。てか俺、暢気に寝てたよな。

いきなり服の中に手が入ってきたあの後、確かに右手首を握られたような気もする。だがそのあとは…不思議なことに何も覚えていない。(願いが叶って気絶でもしたんだろうか。)
とりあえずその出来事が夢でも何でもなく、現実であるという嫌な事実だけは分かった。

すっかり目覚めた頭はもう一度眠る気にもなれず、恐る恐る洗面所へ向かうと首筋を見やる。確かに掴まれたはずのそこは、何故だか無傷に近かった。
そう、あくまで無傷に近いだけであって決して無傷な訳ではない。首筋や肩に散りばめられた、赤い痕。

俺だってもう餓鬼じゃないんだから、虫に刺されたんだろうな、なんて暢気なことは言ってられない。最近の幽霊は狙った相手にキスマークをつけるのが流行っているのだろうか。それともやはり…人間の仕業、なのだろうか。(それだけは本気で勘弁してほしい。)

どうしたって付けられたそれは簡単に消えない。脱がなければ分かりずらい位置にあることが不幸中の幸いだろうか。なるべく自分でも見ないようにして(若干泣きそうになりながらも)ため息を吐くと支度を始めた。



「聞きましたよ先輩!取り憑かれてるってマジっすか?!」
「………」
「あー…すまない」

騒ぎ立てるシャチはこの際どうでもいい。俺はペンギンを睨み付けると奴は眉根を下げて謝罪の言葉を口にした。
まあ知られてしまったなら仕方ない、と言えるほどこの事に対して俺は寛大ではなかった。(しかも相手はシャチだ。)

根掘り葉掘り詳しく聞き出そうとするシャチに顔を顰める。嫌そうにすれば自ら引き下がるのがこいつだ、いつもなら。だが自分の興味があるところはこれでいてなかなかしつこい。(だから知られたくなかったのに。)

「で、最近はどうなんだ?」
「見ろよこれ」

とりあえずシャチの存在を無視することで話を進める。ぐいっと服の肩口を引っ張るとペンギンに見せてやった。

「まさかその幽霊につけられた、とか言わないよな…?」
「残念ながらそのまさかだ」

多分、と付け足して服を戻す。ペンギンは何とも形容しがたい顔をしていた。それにシャチが口を挟む。

「それってもしかして淫魔かなんかじゃないですか?」
「なんだそれ」
「エロい幽霊」

また無駄な知識が増えちまったなぁ、とシャチの言葉に思わず遠くを眺めた。頭が痛い、いろんな意味で。

「それって対策?みたいのあるのか?」
「さぁ?もし先輩に直で憑いてるわけじゃないなら引っ越せばいいと思うけど…」

でも引っ越して駄目ならホントに取り憑かれてるよね、と悪びれもなくオカルトマニアは言った。そんな二人の会話を他人事のように黙って聞く。当事者のくせして非常に関わりたくないものがそこにはあった。

「どうしても駄目になったらやっぱり引っ越した方がいいと思いますよ?」
「…ああ」

適当に頷くとコーヒーカップに口をつける。ペンギンは相変わらず複雑そうな顔で。

「なあ、ロー」
「なんだ?」
「…それって本当に幽霊、だよな?」
「それ以外になにがあるんだよ?」

眉根を寄せて聞けばペンギンは気まずそうに口篭る。(またこのパターンか。)
こういう時のペンギンから発せられる言葉は大体にして最悪のもの、だったりする。

「あ!もしかしてストーカ」
「ない、絶対ない、ないったらない」

ペンギンが口を開く前にシャチが思いついたとばかりに言ってのける。言い終わらないうちに即効で否定した。そんな変態で勝手に人の部屋に入って襲ってくるようなストーカーがいるなら俺は泣く。そいつはきっと頭が大分イカれてるに違いない。

「分かりませんよ?もしかしたら執念深いストーカーの生霊だったりして…」

女って怖いですもんね、と楽しそうに(悪気はないだろうけど)言ったシャチに手元のコーヒーをぶっかけようか少し迷った。






「熱っ!?」
「おっと悪い…手が滑った」
「なんですかそのわざとらしい棒読み!」


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