なんて無謀な恋をする人 | ナノ

(キッドがローを知った理由)

窓際の席を好んで座る名前も知らない彼をいつの間にか目で追っていた。



提出期限ギリギリになって手をつけていないレポートの存在に気づき、こりゃまずいと思って図書館に行ったのが初めてだった。
元々静かな所で勉強するのが苦手な俺にとって図書館は言わずもがな静かすぎた。時折聞こえる紙の擦れる音とカリカリと物を書く音だけがやけに耳につく。どうせ家にいても進まないと思ってきたのだが、やっぱり帰ろうかな、なんて考える。とりあえず適当な所に座って少しやって捗らなかったら帰ろう。そう思って座った机には、斜め向かいにすでに先客がいた。それが初めてあいつを間近で見たとき。

伏し目がちな瞳に長い睫毛が影を作る。陽に照らされた藍色の髪に同じ男とは思えない細さが病的な雰囲気を醸し出した。真剣な表情にすらりとした指が紙の上を滑る。おかしな話だが、何だかとても綺麗だと思った。

結局その日はレポートもロクに進まず時折手元の資料に目を落としては彼ばかり見つめていた。それでも彼は相当集中しているらしく(或いは集中すると周りが見えなくなるタイプなのか)俺の視線に気付くことはなかった。

その日から俺は毎日図書館に通い詰めた。

自分でも気持ち悪いと思ったが気付いたら足が図書館に向かって動いているのだ。そして窓際の彼の斜め向かいに座っている。話したことなど一度もないし、名前は当たり前だけど学部も何年なのかも知らない。
だけどそれでもよかった。


それから数日経って、俺が資料となる本を探していたときの話だ。不意に彼が俺の視界に入る。どうやら同じように本を探しているらしい。条件反射で目で追ってしまう自分が悲しい。
手早く探し求めていた本を見付けると、少し向こうで彼も目当ての本を見付けたのか、取ろうと手を伸ばしているのが見えた。どうやら届かないらしい。きょろきょろと脚立を探す彼を見かねて手を伸ばす。

「あ、」
「これでいいのか?」

『世界の白熊解剖図鑑』…訳分かんねェ本借りるんだな。背表紙に書いてある書籍名に内心ツッコミを入れながら本を渡す。

「ありがとう」

そうすれば彼は、ふわりと嬉しそうに笑ってその場を去った。その後ろ姿を見つめながら、思わず口を手で押さえる。何だあの笑顔、反則過ぎる。



「…あ」

にやけそうになる顔を必死で堪えると、ふと床に何かが落ちていることに気付いた。拾って見ればそれは惑うことなく彼の学生証で。
届けようと席に戻れば彼はもう帰ったあとだった。まあいい、どうせ明日も来るだろうし。その時渡せばいいだろう。

「…トラファルガー・ロー、か」

ちらりと名前を確認すると無造作にポケットに突っ込んだ。明日が楽しみだ、なんて。これから起こることも知らずに。






「あ!これ、なんで…」
「あ?」
「ユースタス屋って本当に俺のストーカーだったんだ…キモい…」
「待て待て待て」

寝室に飾ってあるテレビをベッドに座りながらぼーっと眺めていたら、てっきり寝入ったとばかり思っていたトラファルガーが隣でもぞりと動いた。ふわっ、と欠伸をしたと同時にサイドテーブルに何かを見付けたのか、それを見付けた途端唇に手を当てて残念そうな視線を俺に向けるとすっと距離を取った。

「だってこれ俺の学生証じゃん。なくしたと思ってたのに…なんでユースタス屋持ってんの」
「…あー」

どうやらトラファルガーが発見したのは自分の学生証らしい。確かにそれは俺が持っていたもので、あとで返そうと思ったのをすっかり忘れてポケットに入れっぱなしだったのを思い出し、つい昨日そこに置いておいたのだ。

「図書館で拾ったんだ。届けようと思ったけどお前もう帰ってたし。次の日渡そうと思ってたのにその帰り道に事故るし」

昨日思い出して出しといたと言うと、ユースタス屋運ねぇとトラファルガーはケラケラ笑った。見つかるなら再発行しなきゃよかったなーと言ったこいつの頭を何となしに撫でる。俺がどう思ってずっとお前を見てきたかなんてお前は全然知らないんだろうけど、今こうしてお前に触れ合えること自体奇跡なんだよな、とか柄にもないことを考えていたら不意にトラファルガーにキスされた。

「…どうしたんだ急に」
「別に」

触れてすぐ離れるものだったけど唇が熱い。驚いてトラファルガーを見れば、しちゃ悪いかよとそっぽを向かれた。その赤い耳がどうしようもなく可愛く思えて、理由何かどうでもよくなって(俺も大概現金だ)後ろからぎゅっとトラファルガーを抱き締めた。



「な、もう一回」
「…調子乗んな」

それでも振り向いてキスしてくれるトラファルガーが愛しい。お前に知っていてほしいのはそれだけで十分だ。


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