似たようなものならいくらでもある。でもあの赤は目立つしなかなか見かけないから。だからもしかして幻覚まで見えてきたんじゃないかとため息を吐いた。
いつの間にこんなにユースタス屋のことが好きになっていたんだろう。
何でこんなに好きなのに素直に言えなかったんだろう。(言える機会はいくらでもあったのに。)
今更気づくなんて本当に馬鹿だ。なんて、これも何回思ったか分からない。
自嘲気味に笑みを浮かべてふと顔を上げるとあの赤がぼんやりと視界の端に映った。
見間違えるはずのない、見慣れた鮮やかな赤。
ため息を一つ吐くと意識の外に追いやるように首を振った。あれが、まさかユースタス屋かもしれない、なんて馬鹿げた考えを捨てるために。
今さっき忘れようと決心したばかりなのに。やっぱり駄目なのかと滲んでいく視界に目を擦った。
期待している自分が嫌だった。
もしかしたらあれはユースタス屋なんじゃないのかと期待している自分が消えてなくなればいいと思った。でも思いとは裏腹に心音は高鳴るばかり。もしあれがユースタス屋だったら。そればっかり考える。
ユースタス屋がいなくなってから気付いた想いは大きすぎて後悔するには十分だった。願わくはもう二度と後悔したくない。そう思えば一歩踏み出すのは簡単なことで。
一歩が二歩になり二歩が三歩になりどんどん足が赤を目指して進んでいく。
終いには走り出して誰かにぶつかるのも気にしないで人混みを掻き分けて前へ前へ前へ。足が勝手に進んでいく。
これが最後のチャンス。
ユースタス屋を忘れないための最後のチャンス。
振り向いたその赤がユースタス屋のものじゃなかったら俺は二度とユースタス屋の影を追わずに生きていく。忘れるんだ。全部。
でも本当は忘れたくない。
近づいていく。
息が切れるのも気にならないぐらい速く速く速く。
あともう少し。
でも触れるのが恐い。
確かめてしまえばもう後戻りは出来ない。幻想の中でユースタス屋を待つことも出来ない。
でも確かめなければ俺は前に進めない。
一瞬生まれた戸惑いに引っ込めた指を叱咤して、一つ息を吸うと指を伸ばしてその背に触れた。
「…ユースタス屋?」