なんて無謀な恋をする人 | ナノ

あれから、ユースタス屋がいなくなってから、一週間が経った。

ユースタス屋が現れる前は当たり前だった独りきりも寂しく感じて、この部屋だってひどく広く感じるのだから相当だ。これがいつも通りなのだと言い聞かせても空いた右隣に虚しさを感じるだけで。

だからこれは夢なんだと。俺は何か悪い夢を見ていて、目が覚めれば「いつも通り」ユースタス屋が隣にいてくれるんだと。
何度そう思ったか分からない。何度そう願ったか分からない。
その度にこうして同じ朝を繰り返している。笑えないし救えない。



人混みは昔から嫌いだった。
あのごちゃごちゃして煩い、人の溢れた空間が嫌いで仕方ない。普段なら早足になるその通りも重たい足を引き摺るようにしてゆっくり歩くのは今は人混みすら気にならないから。溢れでるため息を隠しもせずに俯いたまま歩いていく。

このままじゃダメなのも分かっている。このままユースタス屋のことを引き摺るのもあることないこと考えるのも無い物ねだりをすることも。いつかまたユースタス屋がひょっこり戻ってきてくれるんじゃないかって思うことも、全部、ぜんぶ。

結局俺は一番いい方法を知っている。
忘れること。ユースタス屋のことを忘れること。俺より大きな手も優しいキスも意地悪な顔も笑った顔も好きだと言ってくれたことも全部ぜんぶ忘れること。
なかったことにして、そうすれば俺はもう何も思い悩むことはない。

忘れたい。だけど忘れたくない。どっちも俺を苦しめる。
なら、どちらも一緒なら、忘れよう。きっぱり忘れてなかったことにしよう。きっと長く夢に浮かされていたんだ。ただ、それだけ。


そう思ったのに。


鬱陶しくすれ違う人混みの中で、不意にあの見慣れた赤を見つけたような気がした。


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