初まりは些細なことだった。閉めたはずのドアが開いてるだとかテレビが勝手に付いてるだとか、そのぐらいの。ホラー映画でいうなら序章となるべき場面。そこから様々な異変が起きていき、それに巻き込まれて…と続くのだろう。映画なら。
そもそも俺は幽霊なんて非科学的な存在は信じないタイプだ。目の錯覚、脳の幻覚、身体的疲労が生み出したただの妄想。
だから全部気のせいか、偶々だろうってことで今までの奇怪現象も見ないふり(流石に消したはずのテレビが家に帰って来た時、付いてたのにはビビったけど。消し忘れってことで自分を無理矢理納得させた。)をしてきた訳なんだ、が。
その虚勢は先日、シャワーを浴びているときに打ち砕かれた。確かレポートで煮詰まってめちゃくちゃ忙しかったときの話だ。シャワーを浴びてる途中で、何故か知らないが勝手にそれが止まるのだ。体を打ち付ける水滴が不意に止まったかと思えば何故かコックが閉まっている。不思議に思いながらコックを捻る。暫くするとキュッ、と音がしてまた勝手に止まる。流石に二回目も続けば気持ち悪くなって(だってまるで誰かが閉めてるみたいで)すぐに出てとっとと寝た。その時はレポートなんて気にしてられなかったが次の日になって死にそうな思いで書き上げたのを覚えてる。
「で、どう思う?」
「どう思うって言われてもな…」
俺に聞かれてもよく分からない。とペンギンは困ったような顔をして言った。まあその気持ちも分かる。俺だってこんなこと言われたら気のせいだろ、で済ましてしまうだろうし。この手の話は当事者でなければなかなか理解されがたい。
「…あ、シャチに聞くのはどうだ?」
「それは遠慮しとく」
ペンギンの言葉に顔を顰めると首を振った。確かにキャスはこっち方面の話にやたら詳しい。だからこそあいつにだけは言いたくなかった。絶対騒ぎ立てる決まってる。それでいてきっと話を大きくしてくれるだろう。この間の痛手(変な降霊実験に付き合わされたときの話だ)はまだ忘れていない。あのオカルトマニアめ。
「気になるなら部屋を変えたらどうだ?」
「あー…それは最終手段」
だってあのマンションすげぇ立地条件いいんだもん。まだ新しくて綺麗で広いし、それでいて周りの物件に比べて格安だったんだぜ?
とペンギンに言えば眉間に皺を寄せられた。どうかしたのか?と聞けば酷く言いにくそうな顔をして目を逸らす。
「なんだよ、その顔」
「いや…その物件ってすごく良い割りに格安だったんだよな?」
「ああ、そりゃもう家賃めちゃくちゃ安いぜ。しかもその一部屋だけ」
「……それって多分…訳有り物件…とかじゃないのか…?」
そこに済んでいた人が自殺しただとかそこで殺人があった、とか。
出来れば言わないでほしかった言葉がペンギンの口を吐いて流れるように溢れ出る。(俺が欲しかった言葉はあんまり気に病むなとかそんな簡単なものだったのに。)
こちらを窺うように見つめた瞳が俺の表情に気付いたらしく、慌てて口を噤むと、例えばの話だ、と取り繕うように言ってのけた。
「いや、別にいい…最初に提示されたときは俺も同じこと思った、し」
「…まあ、その、何だ…あまり気に病むなよ?」
今頃言っても遅ぇよ、と思ったがただ黙って頷くだけにした。
別にビビってなんかねぇし幽霊なんてのは存在しない(と思いたい)し気に病むようなことなんて一つもない。(強がりじゃねぇからな!)
…ただやっぱりあの部屋にはあまり戻りたくなかった。