なんて無謀な恋をする人 | ナノ

家に帰るとやっぱりユースタス屋はいた。ただいま、と言えば、お帰り、と返される。ここ最近でやっと自然になってきた、いつもどおりの光景。
でもやっぱりどこか物足りない。講義中もウジウジそのことばかり考えていて俺はどこの乙女だと自分で自分にため息を吐いた。(実際キャスに今日の先輩なんだか恋する乙女みたいですよと言われたときは殴った。遠慮せずにグーで。)

大体何だってんだ俺は。自分のことなのに好きか嫌いの二択もはっきりできないのか。そもそも般若心経を大音量で流してた頃の俺はどこ行ったんだ。
確かにその頃はユースタス屋が嫌い(というか別に好きではない。早く成仏してほしいと思っていた。)で、そのためならお隣さんからの苦情というリスクも厭わなかったのに。

あーもうなんで、どうして、と考えても結局答えは見つからない。ふと、そうやって考えるってことは結局相手に絆されてるのよ、と昨日見た映画の女のセリフを思い出した。ちくしょうあんな映画見るんじゃなかった…。

「…おい」
「………」
「トラファルガー?」
「………」
「…トラファルガー!」
「……あ、…え?なに?」
「なに?じゃねェよ」

お前最近ボーっとしすぎじゃねェ?とユースタス屋はため息を吐いた。
確かに最近じゃユースタス屋が呼びかけてもすぐに反応しないしあれやこれやととりとめもないことを考えているうちはボーっとしていることが多い。お前最近ちゃんと寝てるか?と不意に近づいてきたユースタス屋に目の下をなぞられて一瞬で思考回路が停止する。

わ、近い。

思ったのはそんなありきたりのことで。いつもならちゃんと寝てるからとか適当な言葉を返して肩を押すけど、今そんなことをしたらもったいないような気がした。
実際最近はそんなに寝ていない。俺の僅かな睡眠時間までユースタス屋のことが頭の中に割り入ってきて、本当ムカつくぐらい。そう思うと何だかだんだん腹が立ってきて、何で俺ばっかこんなに悩んで考えなきゃいけないんだ、とか。それもこれも、


「俺を避けるお前が悪い…」


気づいたときには声に出ていて慌てて口を押さえたけどもう遅かった。小さな呟きだったとは言えこんな至近距離で聞き逃すはずがない。何で声に出しちまったんだろう、とか後悔しながらユースタス屋の顔は見れなくて俯いた。

「別に避けてねェけど…?」
「嘘だ。…だって、お前、」

首を傾げたユースタス屋をきっと睨みつけるがすぐに視線を下ろした。それよりも今自分が言おうとしたことに動揺を隠し切れないでいる。触らないじゃん、なんてそんなユースタス屋に触ってほしいのが前提みたいな言い方。一体俺の舌は何考えてるんだ自分でもよく分からない。

あちらこちらと視線を彷徨わせる挙動不審な俺に何だよ言えよとユースタス屋は続きを促す。でもこんなこと言える訳ない。でも言わないうちは、きっと俺の中にある蟠りは消えない。なんてそう思ったらだんだん訳が分からなくなってきて。


「なっ、おま…泣いてんのか?」
「っ、泣いてねぇ!」

気づいたら視界が歪んで頬を生暖かいものが伝っていた。それをユースタス屋に見られたことが恥ずかしくてどうしようもなくて強引に拭うけど止まらない。ゴシゴシ擦っていたら不意にユースタス屋の腕が俺の腕を掴むと擦ると腫れるぞと言って止めさせた。それでも涙は止まらなくて。見られないように俯けばユースタス屋の手が優しく顔を上げさせる。ちゅっと目尻にキスをされて、何で泣いてんのか教えてくんねェ?と優しい声で呟かれる。
俺もズルイけどユースタス屋も大概ズルイ。そんな声でそんなこと言われたら拒否なんて出来なくなる。

「お前が…っ」
「ん?」
「っ…俺に、触らないから…!」

半ばやけくそでそう言い切るとユースタス屋は吃驚したような顔をした。そりゃそんな表情したくもなるよな、と何となく冷静に考えながら力の抜けたユースタス屋の腕を振り払って涙を拭うと俯いた。やばい、ユースタス屋の顔が恐くて見れない。

なぁ、と呼びかけたユースタス屋にも相変わらず俯いて、そうすればこっち向けよとまた優しく呟かれる。それに恐る恐る顔を上げると予想以上にユースタス屋が近くて、後ろはもう壁だから距離をとることもできない。何を言われるのか恐くて聞きたくないけど逃げることはユースタス屋が許さなかった。


「お前、俺のこと好きなの?」

じっと赤い瞳に見つめられて視線をそらすことも出来ない。分からない、と考える暇もなく聞かれたらそう答える、くせになってしまったようなその回答を口に出そうとして、ユースタス屋の指が唇に触れる。

「分からない、は無しな」
「……っ」

牽制されてしまった答えに意識の外で眉根を下げた。俺がここ数日考えてまともに出なかった答えを本人の目の前でポンッと出せる訳がない。でもユースタス屋は俺の答えを聞くまで逃がす気はないらしく、じっと俺の言葉を待っている。
好きか嫌いかで聞かれれば嫌いじゃない。それはもう決まっていた。でも好きかと聞かれると…分からない。

というか、恐い。
自分の素直な気持ちをユースタス屋に伝えるのが。


黙って俯いていたら、はぁ、とため息が聞こえた。もういい、と言った言葉は、俺の頭を撫でた掌は、優しかったのに、何だか突き放されているように感じた。呆れたのかもしれない。
そう思うと何だかなりふり構っていられなくて、無意識的に離れていくユースタス屋の服を掴むと引き止めた。何?と振り返ったユースタス屋に俯いたまま掴んだ服に力を込めた。

「…トラファルガー?」
「…、き…かも…」
「いま何て、」
「だから!……すき、かも」

言ってしまった。
掴んでいた服を離すと、今度は俺が逃げる番だ。でもその前にユースタス屋に抱き締められて、うまく息が出来なくなる。
何を言われるか恐くて目をぎゅっと瞑っていれば不意に唇に触れた柔らかい感触に目を見開く。

「かも、は余計だな」

視界一杯に広がったのは、そういって笑うユースタス屋。唇に触れたのは、今まで散々されてきたその中で、一番優しいキスだった。


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