「じゃあいつもあそこに座ってたのってユースタス屋だったのか?」
「ああ」
お前本当周り見てねェのな、と呆れたようにユースタス屋が言う。その言葉に眉根を寄せた。
だってしょうがないだろ。集中してるときは周りになんて気がいかないんだから。
「でもそれと名前は関係ないじゃん」
「…まあそんなお前のことだから覚えてねェんだろうけど」
「は?…なんだよ、なにかあるのか?」
「別に何も」
そう言うとユースタス屋はふいっと顔を背けた。それでもしつこく問いただせば、俺だけ覚えててムカつくから言わない、と。どうやら俺はそのことをすっかり忘れているというのが前提らしい。そんなの、言ってみなきゃ分からないのに。(言われなきゃ分からないという時点で怪しいのかもしれないけど。)
「言えば思い出すかもしれないだろ!」
「言っても絶対思い出さない。大体印象に残るようなことじゃねェし」
「なんだよ、そんなの言わなきゃ」
分からないだろ、と。
そう言おうとして形作られた唇に、ユースタス屋の指がそっと触れる。
「お前さ、ちょっと喋りすぎ」
いいからもう黙れ、と呟いた表情はどことなく真剣味を帯びていた。それに俺は何故か振り払うことも出来ずに黙って見つめて、そのまま。
ユースタス屋の赤い瞳に見つめられると、まるでその瞳の奥に吸い込まれるようにして、何かに囚われたみたいに、体の自由がきかなくなる。自分の体なのに指一本と動かせなくなるのだからおかしな話だ、なんて。
柔らかく触れた唇に、抵抗出来ない自分がいた。ユースタス屋を引き剥がすために肩に置かれたはずの手は、何故か役目を果たさずに握り締めることしか出来ないでいる。
不意に舌先に触れた感覚に、びくりと体が揺れる。触れてはすぐに離れる唇以外、俺はユースタス屋を知らないから。だからこんなとき、どうすればいいのか分からない。
「っ、んぁ…ふっ…」
何だかもう訳が分からなくなって眉根を寄せた。何で俺はユースタス屋相手にこんなことを許してるんだ。どうしてどうして。その四文字が頭の中をぐるぐる回る。
ちゅ、と音がして、唇が離れたときにはすでに頭がぼーっとしていて、気がついたら視界も反転していた。ソファに押し倒された体は相変わらずいうことをきいてくれなくて、仕方ないから俺は黙ってユースタス屋を見つめた。
ギッ、とソファが鈍い音を立てる。
少しでも動けば、触れてしまいそうな。
「ずっと言おうと思ってたんだけど…お前さ、俺のことどう思ってんの?」
一番聞かれたくなかった言葉が、ユースタス屋の唇をついて出る。
それにふいっと視線をそらすと目を伏せた。
「どう、って…分かんねぇよ、そんなの」
どう思ってるか、なんて…そんなの俺が知りたい。