ピンポーンと家のチャイムが鳴った。バタバタと母親が廊下を小走りに駆ける音がする。俺はその日兄貴と一緒にゲームをしてた。その日はちょうど休みの日で、俺もこいつも特にすることがなくて暇だったんだ。
玄関で母親が誰かと話している声が時折聞こえたが全く興味のなかった俺らはゲームに夢中。そのとき名前を呼ぶ声が聞こえた。こっちに来なさいとお呼ばれを受ける。ゲームを放り出して素直に行く俺とは違って兄貴はコントローラーを握ったままだった。一人で行けばお兄ちゃん連れてきて、とか言われるし、面倒くさいと思いながらも部屋に戻る。
「早く来いよ。なんかだれか来てるから」
「めんど」
視線は画面に釘付けで、簡潔に言われた言葉に顔を顰める。ムカついたのでその時の俺はブチッとゲームの電源を切ってやった。
「あ、てめぇっ!」
「早く来ないのがわるい」
今から考えると俺もなかなか短気だ。怒った兄貴を放っておいて部屋から出れば後ろからいくらか物騒な言葉が聞こえてきたが無視した。そうすれば暫くして不機嫌そうな顔をしながら階段を降りてきて。
ほら、早くおいで、と母親に招かれて玄関に並んだ俺らの前には知らない女の人が立っていた。今日から隣に引越してきたの、よろしくね、と笑いかけられてどんな顔をすればいいか分からず頷く。兄貴は相変わらず不機嫌そうな顔をしていて失礼な奴だと思った。
「こら、ちゃんと挨拶しなさい」
不意に女の人が後ろを振り向いてそう言った。誰に言ってんのかと思えば、その後ろにはどうやら俺らと同じぐらいか少し下の子どもがいるようだった。そいつは戸惑ったように女の人の陰に隠れて顔を出すとちらりと俺と兄貴二人に視線を寄越す。そして瞬きを二回。
「…おなじ顔」
「同じじゃわりぃか」きっとこのやりとりはお互い話してる母親たちには聞こえてないだろうけど、それでも初めて会った奴に喧嘩売ってるとしか思えないその口調はどうなんだ。何だかこいつひ弱そうだし泣かれそう、と思ったがそんなことはなく、ふるふると首を振るとわるくないとにこりと笑った。
「名前は?」
「「ユースタス・キッド」」
「…おなじ名前」
今度は兄貴がわりぃかと聞く前に悪くないと言って笑う。何が面白いのかは知らないが笑うとかわいいのでおどおどしてないでもっと笑えばいいと思った。
「おまえの名前は?」
「トラファルガー・ロー」
俺が聞けば素直に答える。相変わらず半分は陰に隠れたままだけど。それから兄貴が何か言おうと口を開けば、じゃあそろそろ、とトラファルガーの母親が頭を軽く下げて、それから俺たちに笑いかけた。玄関から出る際にトラファルガーはこちらを振り向くと、またね、と笑いながら小さく手を振って出ていった。
「な、あいつかわいくねぇ?」
「笑うとな」
閉まった玄関を見つめたまま兄貴がそう言ったので軽く頷く。
そのあともう少し歳食ってからあの時兄貴を呼びに行ったことを後悔した。