「なんでそうやって分かりきっているのに人の傷口を抉るような…」
隣で携帯を弄るペンギンが、すげぇ当たってる、と笑いながら画面の文章を読んでいく。確かに当たってるから俺は全然笑えない。むしろあえて知らされた、分かりきった事実に項垂れる勢いだ。
いきなりペンギンに質問に答えろとか言われたから、とりあえず答えたら彼氏の浮気力診断とか。他人事だと思いやがって。
「てか俺的にはまだ付き合ってたってのが驚き」
「別にどうだっていいだろ」
「ローもなかなか物好きだよなー。あんな奴さっさと別れればいいのに」
「それが出来たらとっくにしてる」
「確かに」
ははっと笑ったペンギンを睨み付けるとため息を一つ。本当別れられるならとっくに別れてるっつーの、あんな野郎。
でもそれができないからこっちは困ってんだろうが。
「そんな好きなの?」
「…じゃなきゃ付き合わない」
「だよなぁ。どこがいいのあいつの」
「別に…どこがいいとかそんなの…」
「あるだろフツー」
ねぇの?と怪訝そうな顔をしたペンギンにすっと視線をそらす。じゃあお前は?と苦し紛れに問い掛ければふにゃっと笑いながら優しいところ、なんて。いいな、簡単に言えて。何て思ってしまってる俺も俺だけど。
「で、どこが好きだって?」
「………部」
「え?」
「だから!……全部」
「…え?全部?」
「…ん」
「好き?あいつが?浮気してるのに?」
「…まあ」
「今ローが俺の部屋にいる理由が、あいつが部屋に女連れ込んでイチャイチャしてて入れないからなのに?」
「…ほっとけ」
「重症だな」
ふいっと視線をそらした俺にペンギンがぼそりと呟く。そんなの自分が一番よく知っている。だけど驚いたように目を見開かれて、はたまた呆れ返るようにため息を吐かれればさすがに居心地だって悪くなる。
「ローこんな好きなのになぁ…。ユースタスって何?やっぱ遊ばれてんじゃない?」
「んなことない。…多分」
「多分かよ」
愛されている自信がない訳ではないけれど、言い切れるかと言われたら別の話だ。ユースタス屋は誰にでもおんなじようなことを言うから信じていいのか分からないときがある。
俯いたまま黙ってしまった俺にペンギンが一つため息を吐いた。そして気合いを入れるように、よし、と呟くとじっとこちらを見つめてきて。そして一言。
「ロー、浮気しよう」
「…は?」
「目には目を、歯には歯を、だ。ユースタスは絶対一度痛い目にあうべきだと思うんだ」
どこか意気込んだようなペンギンにそう言われて、大分突拍子な話だと思わず眉根を寄せる。てか浮気?俺が?そもそも誰と?
いまさら他の女と付き合うなんて嫌だしましてや男となんてあり得ない。要はユースタス屋のように何でもかんでもいいようにできないのだ、俺は。
「無理だ。浮気なんて」
「別に本当にしろとは言ってない。フリでいいんだよフリで」
してるフリしてあいつ騙して反省させよう。そう言ったペンギンは何かいい悪戯でも思いついた餓鬼のように瞳をキラキラと輝かせていた。ちなみに俺には悪い予感しかしない。
「フリとか…うまくいくのか?そんなんで…」
「それはやってみなきゃ分かんないだろ」
若干遠慮がちに言った言葉はペンギンの強い後押しで掻き消された。一抹の不安を覚えな
がらも、それでもユースタス屋に仕返し出来るのだと思うと結局その作戦にのってしまう俺もなの俺だけど。
***
「ロー、携帯鳴ってたぞ」
「あ、マジ?ありがと」
作戦その一
ユースタス屋以外と連絡をとりまくる。
浮気のフリするならユースタス屋の真似した方が簡単なんじゃないかと思ったが、ペンギンに言わせるとなかなか高度?らしいので大人しくペンギンの言うことに従った。結果がこれ。
携帯を弄りながら履歴を確認するが、もちろん相手はペンギンだ。何だか知らないが全面的協力を得てしまったので、こうして「浮気相手役」として電話やらメールをくれたりする。もちろん内容は何でもない他愛なものなんだけど、それはユースタス屋に携帯を見せなければ分からないから問題ない。
「…誰としてんの?」
「別に。友達」
「最近多くね?」
「そ?」
このユースタス屋の態度はその効果とみていいんだろうか。確かに俺はメールより電話派だから電話はするけどメールはあまりしない。それはユースタス屋相手にでもそう。そんな俺が一日何件もメールを続けていたらそりゃ疑うかもな。
ペンギンに返信し終わったあとにちょうどシャチからもメール。その内容があまりにシャチらしく、ドジで、思わずくすりと笑ってしまう。
そんな携帯を弄りながら笑う俺を見て、ユースタス屋が不機嫌そうに眉根を寄せたことなんて知らずに。
「…あ、ペンギン」
「ユースタスから着信?」
「ん。出て、」
「よくない」
「ですよねー」
作戦その二
帰宅時刻を不規則にした上でユースタス屋からの着信に出ない。
携帯を弄り倒して早一週間。そろそろユースタス屋も何かおかしいと勘づく頃だろうか。これで何も思われなかったらやってる俺がただの馬鹿だ。でもとりあえずペンギンがまだ楽しそうに協力してくれているので救いはなくはないけれど。
携帯を弄り倒すとほぼ同時に、大学が終わったら真っ直ぐ帰るのを止めてペンギンと街中をぶらぶらすることにした。何でも帰宅時刻を今までの規則的なものから不規則なものにしたいらしい。ユースタス屋が帰ってきたらいつもいるはずの俺がいない訳だからこうして電話をくれるんだけど、その着信もペンギンによって見守ることしか出来ないでいる。
「…着信長くね?」
「だな。あ、やっと切れた」
ユースタス屋の電話に出なくなったのもこれで何度目だろうか。やっと切れたそれを無造作に鞄の奥底にしまった。だって見たら出たくなるし。
「……うわ。すげぇ着信きてる」
「あ、本当だ。これ帰ったら面白くなりそう」
「お前…」
そろそろ帰るかとファミレスから出ると鞄の奥底にしまっていた携帯を取り出す。案の定画面いっぱいに履歴が出て、ひょいと覗いたペンギンの無責任な発言にため息を吐いた。頑張れよ!でもまだバラすなよー、と他人事のように手を振るペンギンを無視して別れると、とりあえず急ぎ足で家へと帰った。浮気のフリって本当大変だと思う。早くユースタス屋に会いたくて堪らないのに、会ったら何でもないような態度をとらなきゃいけないんだから。
「ただいま」
「ロー、何で何も出ねェんだよ」
「あ、ごめん。図書館で勉強してたら集中して気付けなくて」
「閉館って二十時じゃねェの?もう過ぎてんだけど」
部屋に入ると同時に開口一番に聞かれた言葉に適当なその場しのぎの嘘を吐くと、すっと目を細めたユースタス屋に問われて目をそらす。あ、やべ。そういやそうだった。
「そのまんま飯食いに行って遅くなった」
「誰と?」
「友達に決まってるだろ」
「大学の?」
「そ。…なに、ユースタス屋、今日おかしくね?」
「…別に。最近お前と全然連絡つかないから、」
「だからたまたまだって。今度からちゃんと出るから。…俺、風呂入ってくるわ」
するりと横を通り過ぎるとこの話はもう終わりだと言うように話題をすり替える。ユースタス屋は腑に落ちないような顔をしながらも、それ以上は何も言ってこなかった。
「…ロー?どこ行くんだ?」
「ちょっと出かけてくる。多分遅くなるから先寝てて」
作戦その三
夜にかけての外出。
あれからユースタス屋の態度はやはりいつもと少し変わったものであるのには違いないが、それだけだった。問いただしはするけれど、だからといってやめろとか出掛けるなとかユースタス屋は言わない。何だか腑に落ちないような顔をしながらも結局は何も言わずに終わる。
自分も浮気しているだけあって寛容なのか、はたまたそこまで追求するほど興味がないのか。俺がユースタス屋に仕返しするためにのった計画なのに俺の方が不安になるとか馬鹿みたいだ。
そういえば最近はまともに顔も見てないなとか思ったり。いろんなことを考えていくうちにまともに見れなくなって、視線があってもすぐにふいっとそらしたりして、何だか不自然。
分かった、と気のない返事を寄越したユースタス屋に嫌な思いを振り払うよう頭を振ると玄関をあとにした。
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