親愛なる浮気症へ | ナノ

カーテンから洩れる明りが瞼を突き、徐に目を開ける。今日は土曜日だ。時間を見れば十時を少し過ぎた頃。もうそろそろ起きてもいい頃合いなのかもしれないが、その考えとは裏腹に体は睡眠を欲していた。どうせ休みだ、怠惰に過ごしてもいいだろう…そう思って隣にいるはずのローを抱えなおそうとしたが、いない。シーツの表面をなぞればまだ少し温かかった。起きる気などさらさらなかったが、寝ぼけ眼を擦り、リビングに行けばわたわたと慌てている様子のローが目に入った。

「あ、ユースタス屋起きたのか。じゃあ俺行ってくるから」
「行くって、どこに」
「大学。昨日言ったろ、今日は前休講だったときの補講」
「…あぁ」

そういやそんなこと言っていたかもしれない。はっきりしない頭で考えれば、もう忘れたのかよとローの呆れた声がする。休んじまえばいいのに、と言えば、出席とる科目だから出るときっぱり返された。せっかく今日は一日中ローをベッドに引き摺りこんでやろうと思ったのに。

「…いつ帰ってくる?」
「昼過ぎくらい?そんな遅くはならねぇから」
「ん、気をつけてな」

玄関で靴紐を結ぶローを尻目に欠伸。立ち上がってそのまま出て行こうとしたもんだから、その腕を掴むと自分の方に引き寄せた。

「うわっ、ユースタス屋?」
「忘れもん」
「はっ、!?」

何だと言いたげなローの顎を掴んでこちらに向かせると触れるだけのキスをした。見開かれた瞳がおもしろくて、いたずらに下唇を甘噛みしてやれば慌てたローに振り払われる。

「朝から盛んなバカ!」
「盛ってねェよ、いってらっしゃいのちゅーだろ」
「んなのいらねーよ!」

そうは言っても顔赤くなってるし、ほんと可愛いよなーこいつ。キスなんて数えきれねェくらいしてるし、それ以上のこともしてんのに。些細なことで恥ずかしがる姿は本当に可愛くてからかい甲斐がある。バカ!と叫びながらも行ってくると律儀に伝えたローに笑って、閉まるドアを見送った。

ローが帰ってくるまで暇だしすることもないし、もう一眠りしようか…なんて寝室に戻り、ベッドにもぐろうとしたときだ。不意にけたたましい着信音が鳴り響く。ちらりと元凶を見つめたが、ほっとくことに決めた俺は寝返りをうつと携帯に背を向けた。しかしなかなか鳴り止まない。暫くしてやっと鳴り終ったと思ったらまたすぐさま着信音が鳴り響く。その繰り返しが三度目に達した時、いい加減うるさくなって電話に出た、ら。

「もしも、」
『ちょっとキッド、あんた今なにしてんのよ!』
「何って…家にいる」
『はぁ?!あんたもしかして今日の約束、忘れてんじゃないでしょうね!』
「約束…?…あ、」

電話の向こうからキンと耳を突く高い声がして顔を顰めたが、向こうの声と問われた内容に今日の予定をふと思い出す。あぁ、そうだ、すっかり忘れてた。そう言えば今日の十時に予定が入っていた気もする。土曜日空いてるかって聞かれて空いてるって答えて、んでデートに誘われて…そうだったそうだった、忘れてた。

「…わり、準備するからちょっと待っててくんねェ?」
『もう!早く来てよね!』
「あぁ、じゃあまたあとで」

怒ったような甘えたような声を聞きながら電話を切ると、一度もぐったはずのベッドからもう一度抜け出して風呂場へ向かう。めんどくせェなと思ったがどうせローが帰ってくるまでは暇だし、暇つぶしにはいいだろう。
シャワーを浴び、簡単に髪をセットして服を着替えると家を出る。時計を見れば約束時間から三十分以上オーバーしていた。プライド高そうだったし、面倒くせェことにならなきゃいいんだけどと思いつつ家を出た。


待ち合わせ場所に着いてみるとやっぱり女はイライラしていたが、そこは何とかうまく取り繕って機嫌をとる。俺に非があるとはいえ、いつまでもイライラされちゃこっちだって面倒だ。

「そう言えばどうして遅れたの?寝坊?」
「あぁ、今日のこと考えてたら浮かれて寝つけなかったんだよ。んで寝坊しちまった、ごめんな」
「ふふ、なにそれ。子供みたい」

しょうがないから許してあげるけど、責任とって今日は楽しませてね、なんて擦り寄る姿に相槌を打って笑う。やっぱり顔は好みだ。目元がローに似てる。性格は微妙だけどな、我儘言ってもローみたいに可愛くねェし。
てかローいま何してんだろうな、授業中だろうなきっと。早く会いてェな…。明日はどうしようかな、どっか出掛けてもいいんだけど今日できなかった分家にいたい気分だ。昼近くまで寝て、起きて飯食って、ローが見たがってたDVDでも借りて見るかな…。

「ねぇ、キッド?」
「ん、…、何?」
「これ、可愛くない?」

とりとめもないことを考えていたら急に名前を呼ばれて現実世界に引き戻される。いつの間にかアクセサリーショップに入っていたらしい。ネックレスやら指輪やらを弄る女を尻目に適当に相槌を打つと、その隣にあるメンズコーナーをちらりと見た。俺好みのはあまりなくて正直興味はなかったが、シンプルなシルバーアクセサリーのコーナーに目が行った。
俺の見ているもの気づいたのか、こういうのが好きなの?意外、とはしゃぐ女の声を聞きながら、ピアスやリングに目を通す。これとか、ローに似合いそうだ。あいつは基本的にシンプルなのが好きだからな。見れば見るほどどれが似合いそうか、これをつけたらいいんじゃないかと考えだして、声を掛けられるまですっかり女の存在を忘れていた。あいつのこと考えだすと本当きりねぇよな、と思いながら一つピアスを買った。

「キッドってピアスしてたっけ?」
「いや、しようかなと思って」

早く家に帰ってこれをローに渡してつけてやりたい。きっと似合うだろうな。どんな反応をするのだろう。喜ぶだろうか、照れるだろうか。あーほんと早く授業終わらねェかな。メールしてもきっと見ないよな…。
ああだこうだと喋りかけられるのを適当に流しながら、ポケットに突っ込んだピアスの袋を弄る。腕に絡む細い指がローの指と重なる。俺を向いて笑う顔がローの笑顔に重なる。半歩歩く歩調に合わせて歩く。ローが半歩前を行くときは楽しいことがあるときだ。何かが楽しくて、抑えようとするけれど抑えられなくて俺の半歩前を行く。そうして早くと言わんばかりに振り向いて笑った顔が可愛くてどうしようもないといつも思う。その度に抱き締めたくなるんだけど、外ではくっつくなって言われてるからな…恥ずかしがる姿も可愛いけど。

「キッド…ちょっと、キッド!」
「…あ?」
「なによ、さっきからぼーっとして。話聞いてた?」
「あー、わりぃ」

少し不機嫌そうな顔で睨まれ、面倒くせェなと思う。これがローだったら拗ねた顔も可愛いんだけどなぁ…いや、それ以前にローの話を聞かないなんてないか。なんて、考えていたらまた蔑ろにしてしまいそうだったので、わりぃ聞いてなかったと言おうとすれば、不意に携帯が震える。出たら余計機嫌悪くなるんだろうなと思いながらも、ちらりと画面を確認する。その表示された名前に、そんな考えは即行でどうでもよくなってすぐに出た。

『もしもし、ユースタス屋?』
「おー、どした?授業終ったか?」
『そ、んで今から帰るんだけどオムライス食いたい』
「そりゃまた唐突だな」
『だから卵買って来てくんねぇ?ちょうど切らしてるし』
「で、作るのは俺なんだよな?」
『もちろん』
「はは、りょーかい。ワガママ姫の仰せのままに」
『だからそういうのやめろって。姫じゃねーし!』
「だってそうだろ」
『言ってろバーカ。…じゃあ電車乗るから切るな』
「ん、また後でな」

ローの拗ねたような口調に笑って電話を切れば、ちょっと!とひどく苛立ったような声が聞こえた。そういえばこいつ、電話中もなんかごちゃごちゃ言ってたな…相手にしなかったけど。ローとの時間を邪魔されたくねェし。

「なんなのよ、話の途中で…!誰と電話してたのよ!」
「ん?恋人。俺用事出来たし、わりぃけど帰るわ」
「なっ、…ちょ、待ちなさいよ!なによ、恋人って…!あんた浮気してたの!?」
「はぁ?浮気?」

少し顔がいいと思ったらすぐこれだ。往来でキーキー喚く女が煩くて仕方がない。腕を掴み、俺を睨みつけながら怒りで息を荒くする。そんな姿に溜息を吐いた。今すぐ帰ってローに会いたいってのに。勘違い女はこれだから疲れる。

「俺、お前と付き合ってるなんて言ったか?」

腕を放し、冷めた目で見つめれば、女は口をぱくぱくさせていたが、次第に状況を把握したのか顔を真っ赤にさせて震えだした。面倒なことにならないうちに退散しようと、じゃあ俺行くからと告げようとすれば手に持っていたジュースを勢いよくぶっかけられた。

「っ…最低!!」

ビシャッ、と見事な放物線を描いて顔とシャツを盛大に濡らした女は、そう言い放つと急ぎ足でどこかへ行ってしまった。俺は往来の真ん中でぽたぽたジュースを垂らしていたが、やっぱり面倒くせぇことになったなと溜息を吐くととりあえずトイレに向かった。今すぐローに会いたいってのに。



「おかえり、ユースタ…って、なんで濡れてんの?」
「ジュースぶっかけられた」
「はぁ?」

近くのスーパーで卵を買って急いで帰ると、ローの方が先に帰っていたらしい。出迎えた先で怪訝そうな顔をされたが何も言わずにタオルと替えの服を出してくれた。さっきのギャーギャー煩い女とは大違いだ。やっぱりローが一番可愛い。
「で、なんだよジュースぶっかけられたっ、て………女か?」

べたつくからシャワーを浴びに行って、風呂から出るとぽたぽた水滴の落ちる髪を適当に拭う。見かねたローが呆れたように髪を拭いてくれた。その心地よい感覚に身を委ねていれば、先程の疑問をぶつけられる。ただ疑問は途中で確信に変わったように声になり、俺は髪の毛をきつく引っ張られた。

「痛っ、ロー禿げる!」
「おーおー禿げちまえ。どーせ女だろまた?」
「違ったらどうすんだよ」
「違うのか?」
「…いえ、チガイマセン」

どうせここで嘘を吐いてもロクなことがないのは知っていたから正直に白状する。

「お前ほんっとろくでもねぇな…浮気しといてなおかつその浮気相手からもジュースぶっかけられるようなことするってどんだけだよ…」
「違ェよ!何かそいつに付き合って出かけただけなのに、ローからの電話でたら今の誰とか聞くから、恋人って言ったら勝手にキレられただけだって」

ていうか浮気じゃない、まじで。等々弁解したが日ごろの行いが悪いせいか白い目で見られるだけで終わってしまった。ローはぶつぶつ文句を言って拗ねてしまったので、もうここは全力で機嫌を取るしかない。と、そこでポケットの中の存在を思い出した。

「ロー、これ」
「…?ピアス?」
「そ、さっきお前に似合うと思って買ってきたんだ」
「機嫌取り?」
「違ェよ。あとでじゃ貰ってくれなそうだから今渡す」

あとで渡したらどうせこれもその女と買ったんだろ、とか蒸し返されそうだからな。俺がとやかく言われるのはいいが、せっかくローのことだけを考えて選んだピアスに、あの女の存在を焼き付けられては堪らない。確かにあいつは一緒にいたが、いただけだ。いるだけなら空気と同じだろ。

「…こんなんじゃ許さねぇからな」

ローはぶすりと呟く。そうは言っても、俺がピアスを外して新しくつけても何も言わない。拗ねた顔は少し赤くなっていて顔が緩んだ。

「あー…」
「?」
「やっぱ俺、お前のこと好きだ」
「な、っ」
「好きだ、ロー。愛してる」

耳につけられたピアスをなぞり、頬を手を滑らす。なら浮気すんなバカ、死ねって怒られたけどローにとっては全くその通りだと思う。だからごめんと謝って、好きだと言う。抱き締める。

でもやっぱりほかの女の所へ行くのはやめられない。あんな奴らといたって鬱陶しいだけだし、我儘はローのと違って煩いだけだ。傍にいてもあいつらを見ていない。介してみているのはローのことだけだ。
それでもやめないのはこうしてローが怒ってくれるから、拗ねてくれるから、泣いてくれるから。その表情を見るたびに俺は愛されてるんだなって実感する。
バカだよな、こんなこと続けてたらいつか捨てられるぞって言われても文句は言えねェ。だけどこいつは俺より年下で、世間的に見ればまだまだ子供で、これから先の未来に何があるか分からない。俺との関係は気の迷いだったといつしかそう思う日が来るかもしれない。俺にはそれを止める手立ても、こいつの未来を奪う権利もないから。だからせめて今だけでも、こうして一分毎に愛を自覚したい。やっていることが最低なのは分かっているけれど、そうして俺のために流れる涙が堪らなく愛しいのだ。

「…好きだ」

こんなことしたらもっと怒られるんだろうなと思いながらも、あれこれ文句を言うローの唇を塞ぐ。文句なら後で聞く。お前の気の済むようにしていいから、この抑えられない俺の気持ちをどうにかしてくれ。
どうせなら最低で最高の恋人になって、一生お前の心を縛り付けたいよ。




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