親愛なる浮気症へ | ナノ

「ペンギン…あれちゃんとうまくいってんのか?」
「いってないのか?」

もちろんと言うか、外出先はペンギンの家だ。そこでうだうだと話をしながら浮気のフリについての効果を問う。きょとん、とこちらを見つめるペンギンに何と言ったらいいか分からなくなり、あーだとか、んーだとか唸っていたらポケットに入れていた携帯がいきなり震えて驚く。もちろん相手は、見なくても分かった。

「ユースタス?」
「…ん」
「気になるくらいなら外出さなきゃいいのになー、あいつも器用なんだか不器用なんだか…」
「………」

やれやれと溜息を吐いたペンギンを尻目に表示画面をじっと見つめる。今日もまた長々と切れる様子はないそれに、ふいっと視線をそらした。やっぱり見ていたら出たくなってしまう。

「出れば?」
「え?」
「や、もういい頃合いじゃないかと思って。そういう影をちらつかせるさ。出て、今忙しいから、みたいな感じで切ってよ」

俺、女声だそうか?と笑ったペンギンが、ねぇローくん、とすり寄ってきたから眉根を寄せて距離を取った。やめろと言えば楽しそうに笑う。

「ほんといい性格してるよなお前…」
「知ってたー」

着信は一度切れて、そうして一分とかからずにまたかかってきた。いまさらになって焦るなんてこいつも遅いよなーなんてペンギンは笑うけど、俺は未だにユースタス屋が何を考えているのか分からないでいる。

「ほら、早くでろって」
「分かってる…静かにしろよ」

にやにや笑うペンギンを目で制し、電話に出るともしもしと呟く。いつもはすぐに反応のあるユースタス屋が、今日は違った。たっぷり間をおいて、漸く返事が返ってくる。今まで聞いたこともないような低い声だった。

「おい?ユースタ、」
『…今、どこにいる?』
「どこって、別にどこでも…」
『場所言え、迎えに行く』
「なに、急に…迎えとかいらねぇから…じゃあもう少ししたら帰る、」
『いいから場所言え』
「だからいいって、」
『ロー…頼む、心配なんだ』
「はっ…んだよ、それ」

心配、だぁ?

『ロー?』
「っ、知らねぇ!勝手に心配してろ!」
『ちょ、おい、ロー!』

ユースタス屋の言葉も聞かず、怒りにまかせて電話を切る。どうしようもない苛立ちが襲ってきて、腹の底からむかついた。心配、だ?都合いいのもいい加減にしろよ、何が心配だよ!
自分は遅くになっても帰ってこないことだってあるくせに、その回数だって遥かに俺より多いくせに。なのに俺はだめで自分はいいのかよ。心配だから迎えに行く、心配だから帰ってこい、そんなの心配を使った言い訳だ。心配なんて、ほんとはしてないくせに…。

「ロー、大丈夫か…?」
「わり、ペンギン。ちょっと頭冷やしてくる」

立ち上がるとペンギンが不安そうな目で見つめてきたけど、大丈夫、とそれだけ言うと玄関を出る。初夏と言えど夜は少し肌寒い。時計を見れば二十一時を少し過ぎたところだった。
街灯に照らされた道をぽつぽつ歩く。別にどこに行くわけでもない。でもペンギンの家には今はまだ戻る気になれなかったし、ましてユースタス屋のいる家に帰る気はさらさらなかった。だからといって行く当てのない俺は、気づいたら公園に来ていた。ここの公園も、前はよく来たな、なんて思いながら手前のブランコに腰掛ける。ほんの少しの街灯に照らされた夜の公園は少し不気味だったけれど、別に気にするほどじゃない。
思い出深いと言ってしまえばそうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。思い出と言うには少しつらいものしかないのかもしれない。どちらにせよこの公園にはよく来ていた。ユースタス屋と喧嘩した時に、よく。
喧嘩と言ってももちろんユースタス屋の浮気を発見した俺が、一方的に怒って怒鳴って部屋を飛び出してここに逃げ出して。追いかけて俺を見つけたユースタス屋が土下座せんばかりの勢いで謝って、それで結局は許して…。でも、その頃はそうやって必死なユースタス屋を見ると、やっぱり愛されてるんだなぁ俺は、なんて浅はかなことを思ったりもした。

「結局、いつもおんなじだ…」

謝るユースタス屋を許して、もうするななんて口先だけの約束をして。でもやっぱり心のどこかで俺は愛されてるなんて思ったりして。他の奴らとは違うんだって。それが本当かどうかも、分からないくせに。
はぁ、と溜息を吐く。不思議と悲しくはなかった。それは諦めに似ていた。
ヴヴヴ、とポケットにしまっていた携帯が不意に震える。画面を見なくても分かる。取り出して、名前を確認して、まだ何か言うことがあるのだろうこと画面を見ながらぼんやり思った。このままでなければ諦めるだろうか、それともまた何度もかかってくるのだろうか。嫌なら電源を切ってしまえばいいとも思ったが、もう一度だけ、という気持ちもあった。結局は俺も馬鹿だ。やっぱり繋がりを断ちきれないでいるんだから。これに出たら、あとはもう出ない―なんて言い訳じみたことを思いながら電話に出た。

「もしも、」
『お前いま第一公園にいるだろ!』
「いるけど、なに…」
『いいから、そこで待ってろ!今から行く!』
「ちょ、ユースタ、」

プツッ、ツーツー…。突然の出来事に切れた携帯を見つめながら唖然とした。どうしてこの場所が分かったんだろう。ペンギンにでも聞いたのか。いやでもペンギンに場所は伝えてない。それよりも来るって…どこか別の場所に隠れた方がいいだろうか、それとも…。
行くか行くまいか、立ったり座ったりしながら考える。でもどうせユースタス屋が来たところで俺が絆されて許して終わりだ。それなら、たまには別の展開を望んでもいいんじゃないだろうか。それに、俺にここに待っている義理はない。繋がりを断ち切れないのはさっきの電話で自覚している。いい加減自分からも行動を起こさないと…。そう思ってもう一度立ち上がろうとしたときに、公園の入り口に見知った人影を見つけた。

「ロー!」

叫ぶ声を聞いたとき、反射的に体が動いてユースタス屋に背を向けて駆け出した。でもやっぱり考えあぐねていた時間の方が長かったせいか、そんなに距離も離れていなかった俺はあっさりと捕まってしまった。

「っ、んで逃げんだよ!」
「放せ!」

がしっと腕を強く掴まれ、荒い息をしながらも問い詰めるユースタス屋から離れようと足掻く。けれど手首を握る手は強く、いくら振り払っても解けない。放せ、ともう一度言おうとして、腕を引っ張られると強くユースタス屋に抱き締められた。

「逃げんな…頼むから」

もう離さないと言いたげに強く強く抱き締めるその腕とは正反対に、小さく呟くような声。いつものへらへらしたユースタス屋からは想像もできないようなその弱弱しい声に、一瞬息が詰まった。
でも、とその想いを振り払う。決めたんだ、今日は流されてやる気はない。

「なぁ、ロー…どうしたんだよ…」
「………」
「ここ最近…不安だった。お前の様子がいつもと違って…」
「………」
「何か俺に隠してんだろ…?」
「……別に、なにも」
「嘘吐け!最近のお前は…、ローは…っ、」
「…他に好きな人が出来たみたい、って?」

今度はユースタス屋が息を飲む番だった。耳元で明確に聞こえるその音に、分かりやすさに笑みがこぼれる。少しいい気分だった。いつも俺はそんな気持ちでいたことを、いい機会だ、今日ここで知ればいい。
自分から言葉を告げたわりには何も言わず黙っていれば、ユースタス屋の握り締める腕にさらに力が入る。多分、本当のことを話すなら今だ。今までの態度についても。そう思っているのに、まだもう少し、と思っている自分がいる。

「そう…なのか?」
「うん、そう……って言ったら、どうする?」

ぽつり、呟く。
もちろん嘘だけどそれをユースタス屋は知らない。

「っ、やめろ、どこの誰だか知らねェが、」
「なんで?だってユースタス屋だって浮気してんだから、これでおあいこじゃん」
「俺はよくてもお前は駄目なんだよ!」
「はぁ…?んだそれ…意味分かんねぇし」

少し痛い目を見させるだけのつもりだったけど、あわよくばユースタス屋の浮気を止めさせようと思っている俺には、そのあまりに自分勝手な解釈が気に食わず思わず眉根を寄せる。だけど、お前は駄目なんだよ、と再度呟かれた声色があまりにも頼りげなくて。

「なんでダメなんだよ。別に、」
「お前を独り占めしていいのは俺だけだ。他の奴には渡さない」
「…ユースタス屋、我儘だ」
「知ってる」
「自分は浮気してるくせに」
「……」
「不公平だ…だって、俺ばっかお前のこと好きみたいで、」
「んなことねェ。きっと俺の頭ん中覗いたらお前引くぞ」
「んなの…言うだけタダだ」

やばい。泣きそうかも。
そう思ったときにはぐにゃりと視界が歪んでいて、ユースタス屋に顔が見られない体勢でよかった、と思ったら。

「…ロー」
「ゃっ、見んな…っ」

するりと頬を撫でられて、無理矢理顔を上げさせられる。それに顔をそらそうとしてもユースタス屋が許してくれなくて。
やばい。今瞬きしたら涙溢れる。

「本当は…お前が携帯弄ってんの見てずっと苛々してた。帰って来たらいつもいるはずのお前がいないのもすげぇ嫌で…出掛けるのも、行くなって止めたかった」
「なら…そうすればよかっただろっ…」
「だな…でも、俺がなんか言ってお前に嫌われたらって思ったら何も言えなくて…」

お前はまだ大学生で遊び盛りだし、それを俺に止める権利はないから。そう言ったユースタス屋の顔が歪む。でもこうなるなら形振り構わず止めておけばよかった、なんて。

「ばっかじゃねぇの!そんなので嫌いになってたら、もうとっくに嫌いになってるっつーの!」
「ほんとそうだよな…何も言えねェわ」
「…っ、ばかすたす屋…!」
「ごめん、ごめんな、ロー。…でも、俺お前に捨てられたら死んじまう。頼むから俺だけにしとけよ」

ちゅ、と顔中に優しくキスを落とされて、目尻に浮かんだ涙を舐め取られる。
何だよそれ。ズルいじゃんか。そうやってユースタス屋はいつも俺のことを上手く丸め込むんだ。
今だって。

「……他に好きなやつ、とか」
「ん?」
「別に……いないし」
「え、じゃあ今までのは?何?つかさっき、」
「あれはいるって言ったらどうする?って言っただけだろ。それに今までのは全部ペンギンに付き合ってただけで…って、ユースタス屋!」

ああ、またこれだ。今日は流されないって決めたのに、結局絆されてしまった。
少し視線をそらしてぼそりと呟くと、不意にユースタス屋に今まで以上に強く抱き締められて、その力強さに慌ててしまう。

「んだよ…マジよかった、ホント…俺、とうとうローに捨てられたかと…」

耳元に降る声はひどく情けない。よかった、と何度も呟く姿は飼い主に捨てられまいと必死になる犬みたいで、犬耳があったらぺたんこにしょげかえってるのが容易に想像できておかしくなった。

「ばぁか。捨てるならとっくに捨ててる」

だからそれが出来ないからこっちは困ってるってのに…。そのぐらい、今までの俺を見れば簡単に分かるだろ。悔しいけど、お前のことがそれ以上に好きだから。
けど、まぁ。

「この先ユースタス屋よりいい奴が現れて、俺がそいつに惚れるとも限らねぇからな」
「は!?何だよそれ!」
「むしろ愛想尽かさない方がおかしいんだぞ?そこはきっちり頭に入れとけよ」

お前は俺だけのものだろうが、なんて焦って騒ぐユースタス屋を尻目にくすくす笑う。これでちょっとは反省するといいんだけど。




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