親愛なる浮気症へ | ナノ


程好く暖かい部屋の中央には冬を象徴する炬燵。入って寛ぎながらテレビを見ているユースタス屋。つまらないお笑い番組だな、と蜜柑を弄りながらその隣に座る俺。いつもの光景。

時刻、二十時五十一分。
今日も変わらず俺の腸は煮え繰り返っていた。


「…今日さーユースタス屋仕事で昼頃いなかったじゃん?」
「おー、それがどうかしたのか?」

指で弄っていた蜜柑を手に取ると皮を剥く。現れ出る黄色い果実。
ちらりとユースタス屋を見ればテレビに夢中で見向きもしない。

「確か十三時かそんぐらいだったかな?ピンポーンとかいって、見たら誰か来てるわけ」

記憶をなぞるように紡いだ言葉に、ぴくりとユースタス屋の肩が小さく揺れる。
押し売りか何かか?なんて聞いてくるその声には平静の後ろに焦燥が見え隠れしていた。

「俺もそう思ったけど違った。なんかかわいー女の子がいてさ、俺が出た瞬間『あれ、友達?キッドはぁ?』って間延びした声がなんかすげぇ馬鹿そうなの」
「………」
「俺寝てたしまだ眠たいし早く帰ってほしかったから、仕事だからいないって言ったんだけど」

そしてここでわざと一息いれる。
この時点ですでに、俺の目にはユースタス屋は萎縮しているように見えた。
俺よりでかい図体が常より幾分小さく見える。視線はもうテレビを捉えていなかった。

気まずそうな沈黙を破って、そしたらその子なんて言ったと思う?と聞けばユースタス屋は小さく首を横に振った。

「…皆目検討もつきません」
「『これで三回目じゃん!今日デートするってちゃんと約束したのにぃ!』」

どんどん小さくなっていくユースタス屋に蜜柑を一粒口に含んで声真似。
お前あの子とそんなに仲いいんだ、と言えば今まで黙っていたユースタス屋が途端に騒ぎ出す。

「いやいやいや、勘違いだって。俺は何度も断ってんのにそいつがしつこく誘ってきて」
「なんだっけなあ、あの子の名前。レイちゃんだったっけ?」
「ちょ…何で知って…」

耳にタコができるほど聞き慣れた言い訳を軽くスルーすると、わざとらしくその子の名前を呟いた。その瞬間ぶわっと一気に汗が吹き出そうなほど焦りが浮かんだ顔色に分かりやすくて反吐が出る。

「せっかく来たんだしあがってく?って言ったら普通に教えてくれた」

尻の軽い女だよな、と蜜柑をもう一粒口に含んだ。
ユースタス屋の顔色は白いけどさらに白くなっているような気がする。あんな男のどこがいいの?ってのも聞いてみたんだ、と続けざまに言うとユースタス屋は蒼白くなった顔を強張らせた。

「『キッドって優しいしねー結構マメなんだよ?どうやったら女の子がキュンとくるか分かるっていうかぁ…扱い上手?なんか今まで付き合った中で一番いいかも〜って思えるんだよねぇ』だってさ。おんなじように付き合ってても考えの差異ってあるんだな」
「……あの、トラファルガーさん、」
「しかもそれ聞いたとき、俺いつからユースタス屋と別れてたんだろうって思ったし」

気安くユースタス屋を語るあの悦に浸った声色を真似すると、抑えていたはずの怒りがふつふつと沸き上がる。
その元凶とも言えるそいつに冷たい視線を送ると眉根を下げて必死に頭を下げられた。いつの間にか正座している。

「いや、あの…本当すみません、つい出来心で、」
「謝ってすんだら警察いらねぇんだよ糞が。で?いつから別れてたか教えてくれる?それ聞いたら俺出てくから、ここ」
「頼むからそれだけは…!ローと別れた記憶も別れる予定もないし、あいつとはもう連絡も取らねェから!」
「それで三日後には違う女連れてくるんだろ?」

この間メアドを消してやったっていうのにもうこれだ、こいつの言うことは信用できない。
バッサリ切ってやると反論出来ないのか、ユースタス屋は言葉に詰まったような顔をした。情けない顔。

「ロー…俺にはお前だけだって」

情けない言葉。
その手のセリフ、一体この一週間で、この一ヶ月で、こいつと付き合ってきた中でどれほど聞いただろうか。どれほどユースタス屋は女を連れてきて、その度に俺は慰められただろうか。
あ、やばい、怒りよりも悲しみのバロメーターが上がってきた。

「…もう寝る。お前なんか知らない」

女々しすぎて笑える。本当に情けないのってきっと俺の方。だって別れよう、ってその一言がこんな体たらくを見せつけられていても言えないんだから。
馬鹿らしい。怒る気も失せたし、もう寝て、何にも考えたくない。ユースタス屋の馬鹿。

立ち上がろうとしたら手を掴まれてぐいっと引っ張られると抱き寄せられた。離せと暴れれば、優しく頬を撫でられて目尻にキスされる。また泣いてるんだ。馬鹿じゃねぇの、俺。ユースタス屋の何倍も馬鹿。馬鹿、だけど。

「っ…、お前が、悪いんだ」
「…ごめん」
「ユースタス屋は…!」

俺のものじゃないのかよ。

なんて、そんなこと言えるわけない。俺がそう言ったことで困るユースタス屋なんて見たくないし、そもそも豪語するだけの勇気がない。ユースタス屋の「愛してる」は皆のもの。きっと皆にそう言ってるんだ。俺だけ例外なんてことはない。

なのに。

「…俺は、お前だけのものだよ」

なのに、何でそういうこと、言うかなあ。人が必死で我慢してるっていうのに。何でそんな優しい声で笑いながら言うの。ユースタス屋のせいで、涙止まらなくなった。

ユースタス屋は俺のほしがる言葉をいつだってくれた。きっと慣れてるんだ。こういうことに。
俺は悔しいけどそれに絆されて、苦しいのが分かってても脱け出せなくて、雁字搦めになったところをユースタス屋の言葉で救われて。繰り返し。馬鹿みたい。馬鹿。

「…お前なんか、いつか絶対別れてやる」
「…嫌だって言ったら?」
「拒否権なんてないから」
「そりゃ…きついな」
「知るか。…お前が悪いんだ」
「ん…ごめんな?」
「ごめんで済んだら警察いらないって何回言わせんだ」
「そうだった、な。…ちゃんと許してもらえるように努力する」
「…ばーか」
「うん」
「……でも、すき」
「俺も好きだよ、ロー」

一番の大馬鹿者は、きっと俺だ。




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