鼻につくような甘ったるい香水の匂いと、小さく聞こえる笑い声。歩を進めれば聞いたこともないような少し高めの声が聞こえて、それにぴくりと口元が引きつる。
落ち着け俺。あいつの女癖の悪さは今に始まったことじゃない。
「あれ…キッドの友達?ねぇ、誰か来てるよぉ」
やっぱり無理。死ね。
そもそも俺だって聖人じゃないんだから限度ってもんがある。
別にあいつの浮気自体いまに始まったことじゃないし何回言っても無駄なのは知っているから、それなら怒るのが馬鹿らしいぐらいだけども。
でも無理。イライラしないなんて、ましてやそれを受け入れるなんて絶対無理。それを受け入れたってことはイコール俺がユースタス屋を嫌いになったってことだから。
あーもう本当ムカつく。
「ロー!待てって!」
「……なに」
名前を呼ばれて腕を掴まれて、腹立ち紛れに発した言葉は予想以上に冷たく鋭く尖っていた。それに、イライラしてんだなぁ、と何故か客観的に見てとった。
それでも反応し返すだけマシ。本当に腹が立ってどうしようもないぐらいなら絶対相手になんてしないから。
「ちょっと…待てよ」
「だからなに」
何故かぐいっと腕を引かれて歩みを止められる。それに眉根を寄せてユースタス屋を振り返ればどこか焦ったような顔をしていた。
その顔もこれで見るのは一体何回目だろうか。
「さっきのは、その、ただの…」
「友達?」
「ああ、それだ、仕事先で知り合った」
「そんな奴とキスできるんだな、お前は」
「…いや、……見てたのか?」
「ばっちり」
死ねば?と言って腕を振り払えばまた慌ててひき止められる。
まず言い訳をするところがムカつく。マジで死ね。俺に構ってないでさっさとそいつの所へ行けばいいんだ。
「俺今日帰らないから好きにすれば?」
「帰らないって…じゃあどうするつもりだよ」
「別にどうも。……あ、ドレーク屋のとこにでも泊めてもら」
「まてまて俺が悪かったから!んな奴のとこなんて行くな!」
自分のことは棚にあげて、都合のいい奴め。
じっと睨み付ければ悪かった、ともう一度。騙されるな、俺。だからこれで一体何回目だ。
「知らない、お前が悪いんだから」
そう言ってふいっと顔を背ければ、ロー、と情けない声で名前を呼ばれる。
何だもう。謝るぐらいなら最初からするなっつーの。
「大体何回目だと思ってんだよ。初めてならまだしも」
「そりゃ……でも愛してるのはローだけだから」
クソッ、都合のいい舌め。どの口が愛してるとかほざきやがる。
いつも通りのパターンだとそう言ったユースタス屋にキスされて結局それに絆された俺が最後には許してやる。という何とも情けないもの。
でもここは橋の上で。横には止まることなく走る車。あまり人通りのないそこで時折すれ違う人たちが不思議そうにこちらを見たり見て見ぬフリをしたり。
世間の風潮を考えるとここでキスするのはまず無理だから今日は絆されることもない。ざまぁみやがれ、と心中で舌を出すとくるりとユースタス屋に背を向けた。そしたらぐいっと腕を引かれて、え?
「んぅっ!?」
え、え?ちょっとマジで何考えてんだこいつ。
俺に覆い被さってきて唇を塞いだユースタス屋に目を見開くとばっちり目が合ってにやりと笑われた。何だこいつ調子に乗りやがってムカつく!
でも実際問題このキスに流されている俺もいるわけで。ちゅくちゅくと口腔を舐め回す舌にどんどん体から力が抜けていく。息苦しくなって胸元を叩くとやっと解放されて息を吐いた。飲み込みきれずに溢れた唾液を拭うユースタス屋をきっと睨みつける。
「っ、なに考えてんだよこんなとこで!」
「別にいいだろ見せつけとけば」
そう言って囁かれたユースタス屋の言葉にどんどん顔が赤くなっていくのが分かる。それに顔真っ赤、と笑われて慌てて唇を服の裾で拭うとユースタス屋を睨み付けた。でもユースタス屋は特に気にとめてないようで。どうやらもう許されたと思ったらしい。
もちろんそんなの大間違いだ。こんなキスの一つや二つで俺が絆されると思ったら―…。
「…ロー、おいで」
「……っ」
悔しいムカつく餓鬼扱いしやがって。
でも一番ムカつくのはその伸ばされた腕を拒めない俺自身だ。伸ばされたユースタス屋の腕と甘い笑顔を拒めない自分に苛々しながらでも結局はその手をとってしまうのだから。