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「ユースタス屋ァ!馬鹿野郎、降ろしやがれ!」
「あー…うっせェな、ギャーギャー騒ぐな」

喚く二億の男を担ぎながら真っ昼間の大通りを闊歩する三億越えの男に広場は一時騒然となった。

原因を作り出した当の本人、キッドはさして気にもしていない様子で聞こえる喚き声に眉根を寄せる。対してローは同じ男に軽々しく担がれるという屈辱的な体勢に足をバタつかせ、好奇心を覗かせてこちらを見つめる瞳を射殺すように睨み付けてはギリギリと歯を食い縛った。
道行く者々が退いては道を開ける様子は見慣れたものだが今回は事情が違う。誰彼もが驚きに見開かれた目を隠しもせず後退る、それにローは見せもんじゃねぇと悪態を吐いた。

「降ろせって言ってんだろ!」
「ちったぁ黙っとけ」

バタバタと暴れるローに眉根を寄せ、うんざりしたような顔をしながら並みより幾分か小振りなその尻をパシリと叩く。それに小さく肩を揺らしたのも束の間で、一団の船長が公衆の面前で尻を叩かれるというあるまじき屈辱に、ローはわなわなと肩を震わすと先程よりも一層口汚く罵った。そうして提言された賭けに乗ってしまった間抜けな自分を心底恨んだ。
キッドとはつい先ほどまで一緒に酒屋にいた。
ローがたまたま一人で飲んでいたところにキッドがやって来たのだ。何故か向こうも一人きりで、キッドはローを早々に見つけるとその唇に弧を描いた。
それを見つけたローはまだ一口も飲んでいないグラスを気にもせずに立ち上がった。ここ数日間での経験上、キッドに絡まれていい思いはしたことがなかったのだ。内容は最悪なものしかない。

海賊である以上、長い船旅を続けていく上でも、同性愛者紛いの者がいるということは承知していた。承知はしていたが、その対象が自分に向けられるとなると話は別だ。自分にそちらの気は微塵もない。
それなのにいきなり路地裏に引き摺り込まれ、「俺のものになれ」などと利己心の塊であるような発言をされて目を見開いたのも束の間、無理矢理にキスをされて、舌が、手が、それぞれあるまじきところへと侵入してくれば、さすがの二億も危機を感じずにはいられないというものだ。どうしてその場を切り抜けたかは知らないが(何せ必死だった)、とにかくそれ以来ローはキッドをひどく警戒していた。
警戒していて正解、と言った方がいいのかもしれない。一度両腕からすり抜けられたからといって、それで終わる男ではないのだ。迫られたのはもう何回目か分からない。

そんな経験を踏まえているのだ。同じく空間にいたいと思うわけがない。
だがもちろんキッドがそう簡単に逃がすはずも無かった。

ローがキッドの傍を通り過ぎる、その瞬間に「賭けをしよう」と耳元で囁かれたのだ。
お前が賭けに勝ったら二度とお前には近寄らない、その代わり俺が勝ったら俺の好きにさせてもらう。そう言ったキッドのその提言は、確かにローにとってやってみるだけの価値はあった。だがそれで負ければ自分はきっと終わる。そう考えると簡単には決められない。

ニヤつくキッドの顔を睨みつけながら聞いた賭けの内容は至極簡単なものだ。
ちょうど二人から離れた一番奥の席には飲んでいる男が二人いた。酒の量から考えると飲み比べでもしているのだろう。真っ赤な顔でふらふらとジョッキを持ちながら呂律の回らない舌で何か喋っている。
それをキッドは指差したのだ。どっちが先に潰れるのか賭けよう、と。
もちろんそれをローが疑わないはずがない。もしかしたらキッドの回し者かもしれないし、自分の部下かもしれないのだ。そうローの表情が物語っていたのか、キッドはその二人との関係性をすぐさま否定した。だが口先だけならいくらでも言える。キッドのその言葉が真実が虚構か、それを見分けることもローにとっては賭けだった。一人悠々と手近の椅子に腰掛けたキッドをローはじっと見つめる。ぐっと唇を噛むとローはキッドの向かいに座ってぶっきらぼうに左側の男を指差した。
それがすべての事の発端だった。

賭けに勝ったのは結局キッド。それから三十分ほどで左の男は酔い潰れて眠ってしまった。それにキッドは何も言わず、ただニヤリと口端にあくどい笑みを浮かべてローの腕を掴んだだけだったが、その先は知れている。もちろん負けたとはいえローが抵抗も無く大人しく従うはずがない。離せ!と叫んでも、キッドは聞く耳を持たなかったが。


そうしてキッドに担がれ、公衆の面前で晒されるという羞恥を噛み締めながら辿り着いた場所は路地の奥にある簡素な宿屋だった。

扉を開けて入った瞬間驚いたような店の主人に形式的な話をするのも時間が惜しい。徐に取り出した札束を主人に放り投げて、空いてる部屋使うぞ、とそれだけ言うと主人は何度も首を立てに振った。おいユースタス屋!とローは未だ暴れている。果たしていつまでその抵抗は続くのかと、キッドは威勢のいい獲物に密かに唇を舐めた。



「おらよ。ご希望通り降ろしてやったぜ?」

ボスン、と軽く反動をつけて降ろされ、その上からキッドが覆い被さるように腕をつく。降ろされた場所ものしかかる野郎も最悪だ、とローは毒づいた。

「退きやがれ!」
「誰が。お前もいい加減諦めれよ。負けたのはお前だ」
「ふざけっ…!な、どこ触って、っ」
「あー、うるせェな。黙っとけ」
「てめっ、んっ!んんー!」

するりとパーカーの隙間から入ってきた腕に目を見開いたのも束の間、不意に唇を塞がれて見開いた目を更に開く。必死に肩を押すローのその様子にキッドは眉根を寄せながら、腰と後頭部に腕を回して逃れられないようにぎゅっと抱き締めた。
堅く閉ざしたはずの唇をいとも容易に抉じ開けられ、ローは背に冷たい汗が流れるのを感じた。このままじゃ駄目だ、とは思っていてもガッチリとホールドされ、しかもぴたりと寄せ合わされた体には強く押し返す隙間もない。
くちゅ、と無遠慮な舌が口腔を荒らす様にローは思わず舌を奥に引っ込めた。ここまでくると最早怒りも嫌悪も通り越して怯えと焦りしか見当たらない。奥に引っ込めた舌が易々と肉厚なそれに絡め取られる様に警告はより一層強く鳴り響いた。

「ん、んぅ!んーっ!」
「…って」
「はっ…てめ、消されたいのか!」

絡め取られる舌にぞくりと背中が震えて慌ててその舌に噛み付いた。危うく流されるところだった、とごしごし唇を拭いながらキッドを睨みつける。
だがキッドは口腔に感じる鉄の味に顔を顰めただけで何も言わない。その代わりにお返しとばかりにガリッとローの肩口に噛み付いた。

「つぁ…!離せ!」
「本当うるせェなお前。静かに出来ないのかよ」
「出来るわけないだろ!いい加減に…っ!」
「そりゃこっちのセリフだ」

いい加減大人しくしてろ、とキッドは耳元で囁くと腰布を外して暴れるローの腕を一纏めに縛り上げてしまう。体格差があるから当たり前だろうが、キッドのほうがローよりは力が強い。無理矢理押さえ込まれて頭上で縛られた腕をさらにベッドヘッドに括り付けられ動かせなくされれてしまえばもうロクな抵抗も出来ない。
どうにかこうにか拘束を解こうと躍起になるローを尻目にキッドはするりとパーカーを捲り上げた。ひやりとした冷気が体を纏う様子にローは自由な口と足で何とかキッドに抵抗しようとするが無意味に近いそれにキッドは口端をつり上げるだけで。

「っ、本当にやめろ…!」
「負けたのはお前だろって。それに乗ったのもお前だ。ちゃんと選ばせてもやったし、あいつらのことを俺は知らねェ。運が悪かったと思って潔く諦めろ」
「んなこと出来る訳…っ、ぁ!」

冷静に状況を把握している頭ではキッドの言い分が正しいのだと理解してはいても、やはり自分の失くしたくもないバックヴァージンの危機となると話は違いすぎる。たとえ往生際が悪いと言われてもだ。

当のキッドはギリギリと睨みつけてくるローをさらりと受け流しながら露になった乳首を軽く指で弾いた。途端にびくりとローの体が揺れ、それに唇が弧を描く。
ローにとっては最低の事実でも、キッドにとってはずっと望んでいたものをやっと手に入れたのだ。しかも限りなく合法に近いやり方で。
このチャンスをわざわざ逃せるはずが無い。

痛くはしねェよ、と耳元で囁くとローはここにきて初めて、泣きそうな顔をしながら頭を振った。だがもちろんやめる気はない。結局はその表情ですらもキッドを煽るものでしかなかった。

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