50000hitリクエスト | ナノ



(学パロ)


ショート始めるぞー、と間延びした声で教室に入ってきたドレーク屋が教壇に立つと、ガヤガヤと煩かった周りが少し静かになった。その代わりに、今日は皆に連絡があるんだ云々と言った言葉にひそひそとした囁き声が教室中に広まる。
何を言われるか、なんて当に知っていて、むしろこの日を楽しみにしていた奴の方が多いんじゃないだろうか。案の定今日からうちのクラスに転入生がくると言うお決まりの台詞に、ひそひそ声は余計浸透していった。
もちろん、数あるクラスの中で俺たちのクラスが選ばれた理由も、皆大体検討をつけていた。誰が嗅ぎ付けたか知らないが、転入生というのがどうやら帰国子女らしいこと。担当教科が英語で、かつクラスを受け持っている教師がドレーク屋しかいなかったこと。数日前からそれらを合わせて推測していた俺たちのクラスは、すでに転入生を受け入れる雰囲気というのが出来上がっていた。

「じゃあ、ユースタス。こっちに」

その言葉に全員がドアの方を見つめた。俺は別に興味もなかったが、ドレーク屋にそう呼ばれて入ってきた転入生が、何と言うか真っ赤な男で、少し驚いた。
少し語弊がある気もするが、男は真っ赤という表現で別に間違ってはいない。真っ赤というのは髪色のことで、あれは地毛なんだろうかとふと思う。肌も白くて鼻梁がすっと通っていて、女が騒ぎそうなタイプの男だった。眉毛ないけど。

そいつはなかなか流暢に、ユースタス・キッドです、よろしくお願いしますと言うと途端クラスがガヤガヤと騒がしくなった。それを遮るようにドレーク屋が声を張り上げると、俺の隣の空いた席を指し示す。

「じゃあユースタスはトラファルガーの隣に座ってくれ。お前たち、ユースタスは先日日本に来たばかりで分からないことも多いだろうから、ちゃんと教えてやるんだぞ。仲良くするように」

当たり障りのない言葉を全員を見回して言ったドレーク屋に、小学生かよと思う。そんなのいちいち言わなくたって、恐らくクラスの奴らは皆それを承知して接するだろう。
真っ赤な男、もといユースタス屋は、周りの視線を一心に受けながらも特に気にした様子もなく俺の隣の席に着く。ドレーク屋はまだ何か言っていたが、奴は小声で流暢に話し掛けてきた。何故か英語で。

「Nice to meet you. What's your name? Are you an exchange student?」
「日本語で話せボケ」
「…悪い。喋れるのかと思って」
「見た目で判断してんじゃねぇ」

この手の出来事には慣れたものだった。俺は俗に言うハーフってやつで、父親の血を濃く受け継いだせいか知らんが、どう見ても日本人の典型的な部類から外れている。そのくせ俺は日本語しか知らない、英語なんて授業で習ったそこそこ程度のものしか分からない。
そんな「いかにも」な俺をドレーク屋が指名してきたもんだから、てっきり自分と同じような境遇だと思ったのだろう。いい迷惑だ。

「じゃあハーフ?」
「そ、英語喋れないから二度と英語で話しかけんな」
「…ふーん。分かった」

呆気なくそう言うと、ユースタス屋はそれっきり黙ってしまった。全くどこの国にもある話だが、人種差別者と勘違いされても困る。だからと言ってだんまりを決め込んだユースタス屋に何か話題を振るのも面倒臭く、明日の授業変更について話し出したドレーク屋を尻目にじっとグラウンドの方を見つめた。

SHRが終わってドレーク屋が教室から出て行くとクラスは再度騒がしくなった。俺の隣ではクラスの奴らが四、五人ユースタス屋を囲むようにして質問攻めにするのに忙しい。何でこっちに来たの?日本語上手なんだな!やっぱり向こうが恋しい?などなど、上げだしたらきりがない。
それにいちいち、ユースタス屋は丁寧に答えていた。時折言葉を選ぶような素振りを見せながら、それでも流暢に口から吐いて出る言葉はこっちで生活していく分には問題なさそうに見えた。
時折、ちららちとこちらに視線を寄越すユースタス屋には気付かないふりをして、何だか雨が降りそうだなぁとグランドを見つめながらぼんやり思った。



「トラファルガー、悪いけど教科書、見せてもらってもいいか?」

一限は現代文だった。現文ってのは教師によりけりで、話がうまい奴だとなかなか面白い。一本調子の奴だと最悪で、ただ単に眠気を促進するものでしかない。とクラスの誰だったかが言っていた。俺には特に関係ないがうちのクラスの担当は最悪らしく、開始から五分と経たずに舟を漕ぎ始める奴が続出している。

「…別に、いいけど」

俺は存外素気ないとも取れる態度で簡潔にそう言うと、少し机を寄せた。ありがとう、と笑ったユースタス屋はきっといい奴なんだろうなとも思う。別に思ったからってどうってことないが、珍しく少しだけ話してみようという気分になった。

「なんで教科書ねぇの?」
「買い忘れたんだ」

こっちに来たのはもう日曜の夕方近くで、時間が無かったのだと言う。今日買いに行かなきゃなんだ、と教科書に目を落としながら呟いたユースタス屋の横顔をそっと見つめた。
切れ長の目は長い睫に縁取られていて、睫も赤ければ奥に覗く瞳も赤い。白い肌によく生える。やっぱり地毛なのか、と思っていたらふとユースタス屋と目が合った。

「珍しい?」
「は?」
「じろじろ見てくるから」
「…ああ、悪い」

お前だって同じようなもんなのに、と苦笑するユースタス屋に全然違うと否定した。
俺はユースタス屋みたいな派手な髪色とは違って濃い藍色でどちらかと言えば地味だし、肌もユースタス屋と比べれば幾分浅黒い。確かに瞳も睫も同じような藍色をしていたが、そんな俺は自分のことがあまり好きではなった。

「…それにしても上手だな、日本語」
「ああ、一応こっちに来る前に勉強しといたんだ。もともと、俺の生まれは日本だし」
「マジで?なんでこっちに?」
「あー、親の、…ほら、親がここに用事があって、ついて来た。何て言うだ?こう言うとき」
「用事…都合?親の都合ってことだろ?」
「ツ、ゴ、ウ…ツゴウって言うのか。お前はずっとここで暮らしてるの?」
「五歳までは俺も外国にいたけど。そっから戻ってきて、あとはずっと日本」
「そっか。俺は六歳までこっちにいたけど、でも話さないと忘れるな」

確かに話さないと忘れる。俺も断片的だが向こうで過ごした記憶はあるし、だけどだからと言って今はもう話せない。そういう意味でも俺は日本しか知らなかった。
それからはお互い他愛もない話をした。時折ユースタス屋が現文の教科書を指差して、これはどういう意味なんだ、と言うのに答えたり、さっきの「ツゴウ」の漢字を教えてくれと言うから教えたり。
話してみるとやっぱりユースタス屋はいい奴で、存外に面白かった。一限の間中ずっと喋りまくって、ネタの尽きない自分に我ながら感心しつつ、結局俺たちはすぐに意気投合することになった。




ユースタス屋が来てからもう半年は経っただろうか。もうすっかりクラスの雰囲気に馴染んでいて、学校生活には特に問題もない。最初は俺のグループに入っていたけど、いつしか二人だけでいることも多くなった。俺らはまるで最初からそうしていたみたいにツルんで一緒に過ごしていた。クラスの奴らはそんな俺とユースタス屋の色のコントラストが対照的で面白いとか言ってたけど。実際二人で行動するとよく目立った。


「あー、もうムリ!分かんねェ」
「諦めんなよ一問目で」

季節は春から秋へと移行していて、文化祭も終わった俺たちに待ち受けているのは中間テストだった。俺は数学がヤバいというユースタス屋に頼まれて、今こうしてユースタス屋の家で数学を教えている、のだが、相当数学が嫌いらしい。問題集を開いてはみたものの、憎々しげな顔で見つめるだけでシャーペンは動かなかった。

「嫌だなーとか思ってると解けるもんも解けなくなるぞ」
「だって分かんねェ。ここ、どうすんの?」
「ここは…――」

ユースタス屋が指差した問題を、出来る限り丁寧に教えてやる。教えると同時に一緒に解いていけば、少しはユースタス屋も理解したのか、納得したような顔でシャーペンを動かし始めた。まあそれが最後まで続けばいいんだけど。

「…、で分かったか?」
「あぁ、ありがとな」
「じゃあこれ、同じようなやつだから解いてみろよ」
「やってみる」

くるくると回していたシャーペンを掴み直すとユースタス屋はルーズリーフに教えたとおりの手順で数式を書いてく。別にこんなの基礎問題だから、公式を覚えて当てはめちまえばそれで終わり。大して難しくもないだろう。ユースタス屋もやっとそれに気づいたのか、スラスラと問題を解いていった。

「…っと、出来た」
「ん、あってるな。覚えちまえば簡単だろ?」
「だな。これで数学はカンペキか…」
「言っとくけどこれしかやらねぇでテスト臨んだら、お前赤点だからな」
「…デスヨネ」

嫌そうな顔をして次のページを捲ったユースタス屋に思わず苦笑が洩れる。それでも赤点を取って補習を受ける方が嫌なのか、結局は渋々問題に向かいだした。

「なー、範囲ってどこまで?」
「121とかそんぐらい」
「は!?長っ!」
「別に、半分取れればいんだろ」
「まぁそうだけど…うわーやる気失せた…」
「ちゃんとやれよ」
「やるけど、ちょっと休憩」

まだ初めて一時間ぐらいしか経ってないのにもう休憩か。呆れたような視線を向ければ、別にいいだろと唇を尖らせる。それが「キッド」みたいで面白かったけど言ったら不機嫌になるだろうからやめといた。

「お前は何してんの?」
「発音とアクセント」
「…テストに出んの?」
「ドレーク屋は出すんだよ、毎回こっからランダムに」
「それしかやらないとか、余裕だな」
「まぁな。ほら、休んでる暇があったらとっとと勉強した方がいいぞ」
「いま休憩したばっかだろー」

休憩体勢のユースタス屋に余裕の笑みを浮かべると、ムカつくわーとか言いながらも、再びシャーペンを手にとってそこそこに勉強をしだした。
ちなみに俺は最後の仕上げ的な意味でこれをやってるわけじゃない。発音とアクセントが壊滅的に出来ないからやってるだけだ。その分野は普通点取り問題のはずなのに、なぜか俺はその二つがどうしても苦手で悉く外すのだ。十点しか配点はないけれど、当たって精々一、二問でいつも二点か四点。満点取りたいじゃん、苦手はなくしたいじゃん。学年一位だぞ?というわけでいつも無駄に力を入れるのだが、これがなかなか当たらない。

「ユースタス屋、これ言って」
「innate?何で?」
「聞きながらやった方がいいって言うし」
「電辞使えば」
「探すの面倒だしユースタス屋が言った方が早い」

数学教えてやっただろ、と付け加えてパラパラと単語帳を捲り、目に付いたのを適当にユースタス屋に発音させていった。なんというか、さすがネイテブなだけあって綺麗な発音だ。電辞なんかよりもよっぽど頭に残るかもなーなんて思いながらユースタス屋に発音させたり、逆にまた分からないと言ったユースタス屋に数学を教えたりした。なかなか有意義に勉強できたと思う。


「ユースタス屋、次これ」
「まだやんのか…」
「いいだろ、早く」
「…faculty」

気づいたらそれなりに時間が経っていて、ユースタス屋は結構問題を解き終わっていたらしく、そんな自分に満足したのか、続きはまた明日とか言って勉強するのをやめたようだ。今はベッドの下に寄りかかってテレビを見ている。俺は勝手にユースタス屋のベッドに寝転がりながら単語帳を眺め、時折ユースタス屋に発音させていた。
いい加減指定された単語を発音するのが面倒臭くなってきたのか、ユースタス屋からはもう読ませるなオーラが漂っていた。仕方がないので俺は単語帳を閉じるとそのままユースタス屋の枕に顔を埋める。そう言えば今何時だろう。結構時間経ったと思うけど、そろそろ帰らなきゃだよなぁと考えてたら、何だかだんだん眠くなってきた。

「…おい、トラファルガー。寝るなよ?」
「んー」
「絶対寝るだろ…」

ハァ、とユースタス屋が溜息をついたような気もしたが、俺はふかふかなベッドでうとうとするのに忙しい。だけど、寝るなって、と言ったユースタス屋にゴロリと仰向けに寝転がされて突然の灯りに目がチカチカした。

「邪魔すんな…」

それでだけ呟いてユースタス屋に背を向けると背後から少し困ったような声がした。五分だけ、と言ったつもりだが、どうやらユースタス屋には聞こえていなかったらしく控え目に肩を揺さぶられる。それでも反応しない俺に諦めたのか、ユースタス屋はゆっくりと頭を撫でた。

「泊まってく?」
「…ん、」

ユースタス屋の手が気持ちいい。うつらうつらした頭でそんなことを考えていたら、不意に呟かれた言葉に自分でも無意識のうちに頷いていた。
迷惑かもしれないと思う反面、昨日の寝不足が重なって一度眠る体勢になった体ではどうにも起きれる気がしない。ユースタス屋には悪いけど、俺は遠慮なくその言葉に甘えたい気分だった。

「泊まるなら泊まるでいいけど、飯は?風呂も入んなきゃだろ?親にも、電話するとか…」
「んー…、うるさ、ぃ…」
「なぁ、せめて制服脱げって」
「…ぬがして」

髪を弄りながら、何度も呟くユースタス屋の声が最早子守唄にしか聞こえない。なぁ、と窘めるように声をかけられて再び催促された俺は、けれど真面目に取り合う気も起きなくて、それだけ呟くと結局は抗うことなく深い眠りへと落ちていった。





「んっ…」

外から聞こえる穏やかな鳥の鳴き声と、カーテンの隙間から入り込んだ光に目を細める。そのままぼーっとした頭で天井を見つめた。
少しずつ、昨日のことを思い出す。結局俺はあのあと朝まで爆睡したってわけだ。ふとクローゼットの方を見ると俺の分の制服がかけてあって、多分最後の言葉通りユースタス屋が脱がしてくれたんだろうとぼんやり考える。今は制服の代わりにスウェットを着ていた。ぶかぶかなのも多分ユースタス屋のものだからなんだろう。

つか、ユースタス屋は…?

俺はふと、自分がベッドを占領していることに気がついて、この部屋の主である人物をぐるりと探す。けれど見つけるのにそう時間はかからなかった。

「お前もここで寝てたのかよ…」

不意に後ろで何かが擦れる音がして、振り返ればそこに俺に背を向けて眠っているユースタス屋がいた。何か悪いことしたな、とその姿を見てぼんやり思う。いきなり眠りだした友人泊めてベッド半分貸すとか。俺なら泊めてやってもいいけど絶対ベッドから蹴落とすもんな。

「ん〜、っ」

そんなユースタス屋の後姿をまじまじ観察していれば、ごろりと寝転がってこちらを向く。何か向かい合うと近いな…なんて考えながら少し距離を取ると、薄ら目を開けたユースタス屋を見つめた。

「起きたか?ユースタス屋、昨日は悪かっ…」

まぁ素直に謝罪と礼を言おうとしたら、急にぐいっと腕を引かれて驚いた。え、なに、とかそんなことを思う暇もなく、腰に巻きつく暖かい感触にユースタス屋の腕だと気がつくのにそう時間はかからなかった。あれ、もしかして俺抱き締められてる…?呆然とそう思う頃には、額にちゅっと触れる柔らかい感触。目を見開いたのは言うまでもない。

「Good moring, Law.」

へらりと笑ったユースタス屋に思わず右ストレートをかました俺は別に悪くないと思う。



「お前なんなんだよホント…!」
「だから悪かったって」

ユースタス屋が焼いてくれたパンにジャムを塗りながら呟くと、ユースタス屋は苦い顔をして頬を撫でた。ほんのりと赤くなった頬は、寝起きの体で避けられるはずもなくまともに食らった結果だった。
朝一の出来事にむちゃくちゃ驚愕して、思わず右ストレート繰り出して、目が覚めたらしいユースタス屋にシャワー借りて、やっと落ち着いてきたからぶつくさ文句を言っている。今はこの最後の状態だ。
ユースタス屋曰く、無意識、らしい。無意識であんなことするとかマジで何なんだ。天然タラシってやつか。天然タラシってやつなのか。

「やっぱりここじゃなくて唇がよかった?」
「は?」
「kiss」
「そういう問題じゃねぇ!」

だんっとテーブルを叩いた俺に、ユースタス屋はパンを齧りながら笑う。つか向こうではこういうの、当たり前だったのかな…。逆にお前何でそんな気にしてんの?みたいな感じだったら、それはそれで嫌だ。

「てか…ユースタス屋って、他の奴にもああいうことするのか?」
「…ナイショ」

楽しそうに笑ったユースタス屋の、はぐらかすようなその答えが気に食わなくて、俺はそれ以上追求にせずに黙ってパンを食べた。

Next


[ novel top ]




[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -