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 素直になれないと二枚舌

(書類管轄課×新薬研究課)


うっとりとビーカーを見つめた後に感嘆のため息を吐いた。何だって俺はこんなに天才なんだろう。
この掌で生まれた無味無臭、無色透明の液体が試験管の中で小さく揺れる。早く効果を試したくて堪らない。

「あの、先輩。ユースタスが来てますけど…どうしますか?」
「通せ」
「え、いいんですか?その、実験は…?」
「ちょうど今しがた終わったところだ。……いいか、お前ら。ちゃんとタイミングよくあいつを押さえるんだぞ」
「うぅ…先輩、俺は恐ろしいですよ…」

泣きべそをかくシャチに、ペンギンにも伝えておけ、準備しろ、と言い放つとユースタス屋を研究室に通させる。扉を開けて入ってきたユースタス屋は、今にもぶちギレそうなほど青い血管を浮き立たせていた。まさに般若の形相。さすが陰で鬼の管轄課長と呼ばれているだけある。おー恐い恐い。

「トラファルガー!てんめェ…ちゃんと仕事しやがれ!いつまで期限延ばす気だ!!」
「そんな怒んなよ、ユースタス屋。俺もいろいろ立て込んでてだな…」
「てめェが立て込んでんのは書類にねェ変な薬ばっか作ってるからだろうが!」

今にも口から火を吹き出しそうな勢いで捲し立てるユースタス屋にくすくす笑うとさらに眉間に皺が寄る。視界の隅で呆れたような顔したペンギンとその後ろに隠れて震えるシャチに、ユースタス屋にバレないように手招きした。

「大体お前はいつもいつも…!」
「だぁからそんな怒んなって。ほら、たった今一つばかり完成したからさ」

俺だってちゃんと仕事はしてるんだぜ、と置いていた試験管を手に持ってユースタス屋にアピール。そうすればユースタス屋の顔からは少しばかり怒りが消え、代わりに疲れたように溜め息を吐かれた。

「報告は紙の上でしろ。…ったく、出来てんならとっとと書類寄越しやがれ」

一々怒らすんじゃねェよ、と呟くユースタス屋。じりじりとにじりよってくる後ろの二人にはまだ気が付いていない。悪い悪いと適当に謝って、呆れた顔したユースタス屋を尻目に目で二人に合図を送る。俺の合図を受けとった忠実な部下たちは、計画通りユースタス屋に飛びかかって腕を後ろに押さえつけた。

「はぁあ!?何してンだてめェら!」
「ユースタス…悪く思うな。室長命令だ」
「ごめんなさいごめんなさい、怒るならロー先輩にお願いします!!」
「お前ら呆気なく俺を売りすぎだろ…」
「トラファルガー、てんめェェェ…!!」
「おお、恐い」

暴れるユースタス屋を必死に押さえつけるペンとシャチ。シャチに至っては半泣きだ。それを見て笑っていたら早くしてくださいよ!とベソかいたシャチに叫ばれる。俺は試験管を手で遊ばせながら肩を竦めると、ユースタス屋の鼻を摘まんでやった。

「ちょっっっと薬の効果が知りたいだけだから、な?」
「ふざっけんな!薬の効果なんざ、てめェが一番よく知ってるだろうが!!」
「大丈夫、ほらユースタス屋強い子だから。味もしねぇし水を飲むと思って…」

完全にキレたユースタス屋がまた怒鳴ろうと口を開けたのをいいことに、俺はその液体を素早くユースタス屋の口に放り込むと、鼻を摘まんだまま空いている片手でユースタス屋の口を塞ぐ。こうなれば飲み込むしかない。獰猛な虎のようにこちらを睨み付けてくるユースタス屋にニヤニヤ笑うと飲むように促す。大丈夫だユースタス屋、なんて猫なで声を使って。

しかし予想に反したことに、ユースタス屋は最早恐怖のあまり号泣しているシャチの腕を振りほどいてしまった。シャチ、てめぇ、と怒鳴る暇もなく、分が悪いと思ったのか呆気なく手を離したペンギンのせいでユースタス屋は完全に自由の身。かくして俺は忠実な部下の裏切りにより身の危険に曝されることとなり、

「ちょ、ユースタス屋…まて、んっ!?」

怒りのあまり笑うユースタス屋に腕を引かれ、そのまま唇にキス。何でもないときなら大歓迎だが、無理矢理抉じ開けられた唇から流れ込んできたぬるい液体に嫌な汗が背筋を流れる。助けを求めようと原因であるあのバカ二人を呼ぼうとすれば、いない。自らに危険が及ぶのを恐れて早々に逃げ出したようだ。相変わらず俺を裏切るのはうまいんだ、本当。
そんなことを考えている間に俺の口内は先程ユースタス屋に差し上げたはずの液体で一杯になり、終いには凶悪な舌が俺に飲ませようとして喉奥をつついてくる始末。どんなに押しても叩いても離れないユースタス屋にドッと冷や汗が押し寄せるわけだが、どうしようもないもんで。早く飲めと言いたげなユースタス屋の視線を全身で受け止めつつ、俺は必死で解毒剤の調合を考えながらゴクリと喉を鳴らしたのだった。

「…てめェは気を抜くとすぐこれだ」
「っ、死ね、ユースタス屋のくせに…!」

噎せ返る俺にイライラしたように呟くユースタス屋。それをキッと睨み付けながら早くここから追い出すことだけを考える。しかし出ていけと怒鳴る前に距離をつめたユースタス屋が、ビーカーやらフラスコやらでごちゃごちゃになっている机の上にそれらを押し退けて無理矢理スペースを作るとその上に俺を座らせた。トン、と背に触れる壁の感触、目の前にはユースタス屋。逃げられないことを知った俺に、本日二回目の冷や汗タイムがやってきた。

「あのー…ユースタス屋、さん?」
「てめェは本当にロクでもねェが…そのロクでもねェ奴が作った薬を飲ませちまったのは俺だしな。効果は俺が代わりに見届けてやるよ」

にぃ、と凶悪に笑う。あとで落とし前はつけるからとりあえずこの場は引き下がってくれとも言えず、先程とはうってかわって楽しそうなユースタス屋をただ睨み付ける他にない。
今の俺は下手に口を開くことが出来ない。だってこの薬の効果といったら…。

「で、これは一体どういう薬なんだ?」
「無味無臭、無色透明の自白剤。一般に出回ってるようなクソみたいなモンじゃねぇから、意識はしっかりしたままだ。自分でコントロール出来なくてべらべら喋っちまう」
「あぁ…確かにそんなのが上からのご注文であったな。…それで、何でそれを俺に飲ませようとしたのかな?」
「素直じゃないユースタス屋のために素直にさせてやろうと思って。それにほら、今日お前の誕生日じゃん。だからプレゼント?…まぁ実際はまだ試験段階の薬だから、強いユースタス屋に実験台になってもらおうかなっつうのが本当」
「ンなもん俺で実験すんじゃねェよ…でも、確かにこの薬を飲んだ状態のお前はある意味最高のプレゼントだな」

素直、なんだろ?とユースタス屋がくつくつ笑う。
俺は自分の素晴らしい脳味噌をこれほどまでに恨んだことはない。あの馬鹿二人にユースタス屋捕獲を任せたことも、だ。しかしべらべら喋る口を本当に抑えられない。全く天才にも程があるぜ。

「効果はどのくらい持つんだ?」
「まだ試験段階だから長くて半日だな。…つかこんなところで油売ってねぇで早く戻った方がいいんじゃねぇの?ユースタス課長サマ」
「優秀なトラファルガー室長なら分かるだろ?俺には有能で融通の利く右腕がいてだな」
「…キラー屋かわいそう」
「お前ンとこの部下だって同じようなもんだろ」

それに、こんな状況で仕事戻るなんて嘘だろ?と笑ったユースタス屋がするりと腰を撫でる。ああ、本当最悪だ。だれか俺の口ガムテープで塞いでくんねぇかな。この際ユースタス屋が大好きなSMにだって付き合ってやっていいから。

「俺にギャグボール使っていいんだぞ?」
「冗談。…だけど口塞がれると面倒だから手は縛っとくか」
「はっ!?お前それこそ冗談…やめっ、離せ!」
「暴れんなって。お前が大人しくしてりゃすぐ終わる」
「死ねボケカス変態野郎…!」
「お互い様だな」

俺は当然ながら力じゃユースタス屋に敵わない。しかもユースタス屋のためにわざわざ、そうわざわざこの薬に筋弛緩の要素まで取り入れたんだ。だって力じゃユースタス屋に敵わないから。だからもう本当ほぼ無抵抗。頭が回りすぎるのも大変だな。数時間前の俺を殴って気絶させたい。

俺の力ない抵抗に馬鹿なユースタス屋でも何か別な薬が入っていると気付いたのか、ニヤニヤ笑いながら縛る必要なかったかもな、なんて言う。だが縛る、ユースタス屋はそういう男だった。だってSM好きだもんな。緊縛とか本当好きなんだよこいつ。

「勘弁してくれ…」
「いや、こんなお前が目の前にいて手を出さない方がおかしい」

猫耳以来だよなァ、お前の失態がいい方向に向いたの。なんてユースタス屋は笑う。この期に及んで俺の消し去りたい過去まで持ち出してくるとはいい度胸だ。覚えてろ、ユースタス屋。夜道の背後には精々気をつけることだな。

「っ、ぁ…て、ユースタス屋、マジ、やめ…!」
「いいじゃねェか、俺だってたまにはお前の可愛い言葉聞きてェし…」

なァ?と囁いたユースタス屋にふつふつと沸き上がる疑問。大体俺が素直になるイコール可愛い言葉が聞けるって思考回路がおかしいだろ。ユースタス屋とは体だけだからとか、そろそろ終わりにしようとか、俺が言ったらどうする気なんだ。薬使ってるから本音ってことだぞ?まぁそんなこと微塵も思わないで、愛されてると疑わないユースタス屋の発言が俺の素直な言葉よりむず痒いと思うけどな!素面で言いやがって。
などと思いつつ、このままでは本気でヤバいと逃げ出そうとするがもちろん、縛られている上に無抵抗な体では小さく揺れることぐらいしか出来ず、白衣の中のパーカーに呆気なくユースタス屋の左手を迎え入れる。寝言は寝て言えとも言えず、そのまま曖昧な動きで胸を撫でられる。その間右手は執拗に腿を撫で回していた。

「ハハッ…乳首、撫でてるだけなのにもう硬くなってきたな」
「っ、ぅるせ…」
「好きだろ、ここ弄られんの」
「ふ、ぁ…あっ、……っ、す、き…」

さすが俺の作った薬、強力にも程がある。言わない、ということが出来ない。精々二、三秒沈黙を守れるだけだ。ここまでくると強力通り越して凶悪だな。提出書には厳重注意と書いておこう、とぼやけた視界で思った。しかし外見の様子と内部の冷静さが一致しねぇ。

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