main | ナノ

 愛らしさが武器です

疲れて帰ってきて、玄関のドアを開ければそこには可愛い恋人。満面の笑みでお帰りなさい、なんて言われたら疲れも吹っ飛んでしまう。

というような「お出迎え」は定番中の定番としてよく持ち上げられているが、何度も言う通りトラファルガーはそんな可愛いこと滅多にしない。「あ、お帰り」程度のものを洗濯物を取り込んだついでに言ってくるだけ。
そういう「お出迎え」的なものをしてもらえるとこちらとしては新婚っぽくてものすごくいいと思うのだが、前にそれを言ったらトラファルガーに問答無用で殴られた。だけど寝言は寝て言えと言ってそっぽを向いてしまった顔が耳まで赤かったので、結局何も言わずににやにやしてたら余計怒られたんだけど。でも可愛いからいいか、なんて。

まあつまり何が言いたいかというと、これは現実か?

「お帰りユースタス屋」
「…ただいま?」
「なんで疑問系なんだよ」
「だってお前がわざわざ出迎えるとか珍しすぎて…」

そう、そうなのだ。いつも通りドアを開けて今日も疲れたなとか思ってたら、そこにトラファルガーがいたのだ。しかもそれだけでは済まなくて、なんとそのまま玄関先で抱きつかれたのだ。これはもう現実かどうか怪しいレベルまできてるだろうと一瞬で弾けた脳内でもそれだけは何とか考えることが出来た。

「…いやか?」
「んな訳ねェだろ!」

トラファルガーの突飛な行動にあれやこれやと理由をつけて考え込んでいたら下からじっと見つめられて反射的に見つめ返す。そしたら首を傾げながら少し不安そうな声色で尋ねられて慌てて首を振った。思わず語気の強まる俺にトラファルガーは珍しく嬉しそうに笑うと早く中に入ろうと腕を引いてきた。どうしたんだろうかこれは。何か物凄くいいことでもあったのだろうか、と上機嫌なトラファルガーに腕を引かれつつ思う。あ、さっき抱きしめてキスでもしときゃよかったな、とその背中を見つめながらふと思った。そしたらそのままベッドまで運べたのに。でも珍しく可愛いこいつを観察するのもいいかもしれない。

そう思ってリビングに入ると何かちょっと普通とは違う匂いがして眉根を寄せた。何か…何だろう…。
でも後ろに回ったトラファルガーにスーツの上着を脱がされて新婚っぽいなという考えに脳内がすぐさま占領される。ユースタス屋すぐ投げるから、ネクタイも、と手を出したトラファルガーに渡すとじっと見つめた。そしたら不思議そうに首を傾げられて。

「なに?」

や、なに?ってそれ俺のセリフだからな。どうしたのお前今日可愛すぎじゃね?
といったような言葉が瞬時に頭に浮かんだがそれを言ったらトラファルガーの機嫌を損ねてしまうような気がしたので何でもないと軽く首を振っておくだけにした。どことなく訝しげな視線を投げ掛けられたが、トラファルガーは特にそれ以上何も聞いてこなかった。


「トラファルガー、こっち来いよ」
「夕飯は?」
「食うよ。もうちょいしたら」
ソファに座るとスーツを掛けて戻ってきたトラファルガーを呼び寄せた。なに?と再度目前で首を傾げるのでその腕を引っ張ると自分と向い合わせに座らせる。その体勢をいいことにトラファルガーをぎゅっと抱き締めた。

「ユースタス屋?なんだよいきなり」
「んー…」

お前が可愛すぎるんだよ、と言おうとしてやっぱりやめる。その代わり、ちゅ、と額にキスを落とした。その次は目尻に、頬に、鼻に、唇に。ほんのりと頬を赤く染めて擽ったいと身を捩るトラファルガーの首筋に吸い付く。そのままべろりと舐めると小さくトラファルガーの体が震えた。いつもならやめろ馬鹿とぐいぐい押し退けようとするくせに。今日に限ってユースタス屋、と顔を赤くしてくいくいと弱く髪を掴むだけなのだからいよいよおかしい。

「なぁ、お前さ…」
「んっ…なに…?」
「今日なんかあったのか?」

顔を上げると少し潤んだ瞳に堪らず問いかけた。これは本格的に何かあったんだとしか思えなくて、案の定何かあるのか不意に黙ってしまったトラファルガーをじっと見つめる。言ってみな?と頬を緩く撫でるとトラファルガーはちらりとこちらを見て少しだけ申し訳なさそうな顔をしてみせた。

「…帰ってきてテレビつけたら、ちょうど料理番組がやっててな」
「?それで?」
「簡単リゾットっていうから、美味しそうだったし、じゃあ今日これ作ろーとか思って」
「…うん」
「でも全然…簡単じゃなかった…」
「つまり失敗したと?」
「まあ…あと皿二枚割った」
「お前…」
伏し目がちにぽつりぽつり語り出すトラファルガーに何かと思えばこれだ。入ってきた
瞬間のあの刺激臭はこれだったんだなと思いながら、あ、俺死んだな、と思った。
トラファルガーの「ちょっと失敗した」でも物凄い破壊力なのに、失敗しただなんてはっきり言い切れるのは相当ヤバいだろ。しかも今までの態度はその失敗したがためのものだったと思うと、三回ぐらいは余裕で死ねる破壊力を持ってると考えるのが妥当の気がする。

「ユースタス屋…やっぱ出前とかとって、」
「別に失敗しただけで食えるんだろ?出前とか今からとんの面倒くせェし、お前のがいいな」

でも何だかんだ言っていつものあのふてぶてしさもなくシュンとした様を見てるとやっぱりその案に肖ることはでなきなくて、わざわざ飛びこぶなんて馬鹿だなと思いながら気付いたらその言葉が口をついて出ていた。別に無理しなくても…と不安そうな色を浮かべる瞳に可愛いな畜生とか思いながらそっと頬にキスをする。無理なんかしてねェと言えば少し頬を赤くして擽ったそうに笑ったトラファルガーに俺も頬を緩めた。
やっぱり俺はトラファルガーに甘いらしい。




[ novel top ]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -