ロー誕2011 | ナノ

人生お先真っ暗とはこういうことを言うんだろう。

大逆転を計るために有り金を全部叩いた賭けに負けた。女神はとうとう俺に微笑まなかったらしい。今まで楽して生きてきたツケが回ってきたのだろうか。無一文だ。それだけならまだしも、生憎と借金が膨大に残っていた。もちろん返せる気はしない。なので適当にその場を逃げ出そうとして黒尽くめの奴ら相手に暴れていたら、不意に後頭部に衝撃が走った。どうやら奴らのうちの誰かに鈍器でおもいっきり殴られたようで、それからは記憶がない。
そして気がついたときには辺りは真っ暗で何も見えず、手足がぎっちりと縛ってあるどころか口枷までされていた。つまり俺はあっさりと連行されちまったって訳だ。布の擦れる感触と時折揺れる体に、何かに入れられて運ばれていることは分かったが、それだけだった。ここがどこなのか、どこに向かっているのかも分からない。とりあえず今現時点で五体満足なことに息を吐く。目覚めたら手足がないとか洒落にならねェ。

しかし、だ。俺の行く先一つでもっと洒落にならねェことが待ち受けているわけで、気は抜けない。一体俺はどうなるんだと真っ暗闇を見つめていたら、不意に体の揺れが止まった。続いてカチャッと何かを開けるような音がし、いきなり浮遊感に包まれる。どうやら足と頭を持たれてどこかに運ばれているらしい。恐らく車のトランクにでも入れられて運ばれていたのだろう。しかしこのままどこへ行くのか。いっせーのーで、で海に投げ込まれたりするのだろうか。それはさすがに生きて帰れる気がしない。
だが予想と反して投げ飛ばされた先は硬い床だった。薄い布ではガードしきれず、ガンッとおもいっきり頭をぶつけて軽く呻く。どうやら俺はもうどこぞの建物の中に運び込まれたらしい。

「フッフッ、ご苦労だったな。下がっていいぞ」

不意に聞こえてきた男の声に身を強張らせる。当たり前だが聞いたことのない声だ。今からこいつに臓器でも売られたりするんだろうか。マジで嫌だ。絶対逃げる。隙を見つけて逃げ出してやる。
腹を決めてじっと身構えていたら、男が誰かの名前を呼んだ。もちろんその名にも身に覚えはない。恐らくそいつも男、だろうか。呼ばれたそいつは何も答えず、その代わり硬質な足音だけが響いた。

「開けてみろ」

男が言う。名前を呼んだ奴に対してだろう。それを合図に足音が頭上近くまで聞こえた。
ジジ、とジッパーを下げるような音がして、改めてでかいボストンバックのようなものにでも入れられているのだろうと気づく。ゆっくり下がっていくそれが眩しいくらいの光を取り入れ、暗闇にいた俺は目を細めた。そしてその光を背にして覗き込んできた手の主に、思わず呆気にとられた。

「………」

くりくりとした大きな藍色の瞳と、まだ丸みのある滑らかな頬。どう考えても、まだ十になったかならないかぐらいの餓鬼だった。
暫く俺はその餓鬼とじっと見つめあった。そいつは特に感情のこもらない目で俺を見つめ、俺は絶対の窮地に立たされているというのに好奇心丸出しでその餓鬼を見つめた。それに終止符を打ったのはあの男の笑い声で、俺は声の方に視線を向ける。

「どうだ?気に入ったか、ロー」

そいつは室内だと言うのに悪趣味なサングラスをかけ、ピンク色のこれまた悪趣味な羽コートを羽織っていた。その男は俺に見向きもせずに餓鬼に尋ねている。どうやらこの餓鬼はローと言うらしい。男とは正反対に物静かで、何も喋らない、ように見える。この男の息子だろうか。それにしてもこの男は一体誰だ。やっぱり組織のボス的なアレなのか。俺、結構ヤバいとこに手ェだしたもんなァ。
つうか気に入ったかって何だ、気に入ったかって。この餓鬼に何かされんのか、俺は。次に何をするのか、されるのか、男と餓鬼を交互に見ていればまた男の笑い声が聞こえた。

「お前への誕生日プレゼントだからな…こいつはもうお前のだ。好きにしていいぞ。壊しても構わねェ」
「………」
「何だ、気に入らねェか?」
「………」
「フッフッフッ!相変わらず分かりにくい餓鬼だ」

男が餓鬼の頭を撫でたがそいつは何も言わず、ただ腕に抱え持っていた白熊で顔を半分ほど隠しながらじっとこちらを見つめていた。

「ロー、こいつは何も調教されてねェから下手すると噛みつかれるぞ。自分で飼えるか?」
「…できる」
「フッフッ、何だ気に入ったのか」

餓鬼はちらりと男に視線を向けると小さく頷いた。どうやら俺はこの餓鬼に『飼われる』らしい。金がねェから俺自体を売られたのか。
いいのか、悪いのか、よく分からない。男は餓鬼の頭を撫でるとどこかへ行ってしまった。残ったのは俺とこいつだけ。正直言ってこんな餓鬼、拘束が解かれればなんてことない。即行で逃げられる。しかしあの男が親だとしたら何を考えてるんだろうか。どう考えても窮地に立たされ何をしでかすか分かんねェ大の大人と餓鬼を一緒にするなんて頭がイカれてやがる。少々目の前の餓鬼を憐れんでいたら、不意に餓鬼はパンッと手を叩いた。
何をするんだろうかと思っていれば、扉からお付きの者と思われる男たちが出てきた。ザッと二十人。

「お呼びでしょうか、坊っちゃん」
「へやに運んで」
「了解致しました」

餓鬼は俺を指差すと、その男たちがやってきて、ジッパーをまた上まで閉められる。そして浮遊感。面倒なので暴れずにいたら案外早く下ろされた。なかなか丁寧な手付きだったのは、俺がもうこいつのモノとして扱われている証拠だろうか。

「あっち、行ってて」
「ですが二人きりには…」
「大丈夫だから」

何やら最もらしい言葉が聞こえたが、餓鬼はそれを跳ね退けたようだ。馬鹿だな、と思うと同時に扉の閉まる音がする。次いで足音。どうやら俺はソファか何かの上に下ろされたらしい。ギシ、と軋む音がし、またジッパーを下げられる。今度は全てだ。そしてシャキリ、と餓鬼の手に持たれた鋏。どうしたってその鋏でグチャグチャにされる絵しか想像できなかったが、予想に反して切られたのは腕を拘束していた縄だった。
シャキ、と切られ、縄がぱらぱらと落ちていく。足の方の縄も切られ、俺は口枷を外すと軽く手首や足首を揉んだ。こんな悠長にしている場合じゃないかもしれないが、相手が餓鬼というだけあってついつい気も緩んでしまう。

「………」

餓鬼はじっと俺を見つめていたが、不意にどこかへ駆けていった。戻ってきたときにはガラスのコップに水を入れていて、それ俺に突き出してきた。

「あげる」
「…いや、」
「なにも入ってないよ」

拒んだ俺に気付いたらしい。鋭い餓鬼はコップに口をつけてこくりと一口飲んで見せた。そして再度突き出され、仕方なく受け取る。とは言っても喉が渇いていたのは事実だ。水をゆっくり口に含むと飲み干す。どうやら言っていたことは本当らしく、ただの水だった。

「名前は?」
「…キッドだ。ユースタス・キッド」
「どうしてここに来たの?」
「金が返せなくてな、多分売られた」
「ふーん」

事務的な会話だった。特に興味がある訳でもないようで、餓鬼はそれだけ言うとソファを降りる。何をするのか見守っていれば机の引き出しから画用紙とクレヨン取り出した。そしてそのまま床に寝転がり、いわゆるお絵描き。俺は何をするでもなく、脚をぶらぶら揺らしながら絵を描くその姿を黙って見つめていた。

「お前は…」
「おまえじゃない、ロー」
「…ロー、ほったらかしといていいのか。逃げるぞ?」

自分でも何言ってんだとは思ったが、そう問わずにはいられないほど呆気なく俺は自由の身になったのだ。外には見張りが立っているかもしれないが、そのくらいはどうにでも出来る。こいつはただの餓鬼だから問題外だ。
拍子抜けするほどトントン拍子に進めば誰だって不安になるわけで、まさにその状態だった。拍子抜けするほど簡単に脱出可能。

「…べつに、いいよ」

でも、とローは続けた。

「今日だけいっしょにいて。明日はいなくてもいいから」

描く手を止め、じっと俺を見つめる瞳を見返す。そこには餓鬼には似合わない寂しさとか物憂う気な色が湛えられていて、何だかどうしようもなく居心地が悪くなった。

「…友達、いないのか」
「うん、学校行ってないから。ここにね、先生いっぱいいるんだ」
「屋敷から出たことは?」
「あんまりないや。出かけてもみんなついてくるし、好きなとこ行けないからつまんない」
「…寂しくねェの?」
「考えたことないから、よく分かんない」

不自由はしてないけれど、自由はない。そんな感じだった。
詳しい事情は知らないが、それでも世間一般で見ればこいつが「可哀想な奴」ってことはすぐ分かった。今日だけでも一緒にいてくれという願いが、何だか健気なものにすら思える。そう言ってなんかの罠だったら笑えるけどな。なら、今すぐ出て行けば問題はないのだが。
何故だかそんな気も起きなくて、まあいいかという気持ちになる。いつでも逃げられるということが逆に安心感を与えているのではないかと思うとヤバイ兆候丸出しだったが、それでも今すぐ立ち去る気にはならなかった。色々と今後の身の振り方も考えなければいけないし、と今まで思ったこともないようなことを言い訳にしている自分がいる。同情なのかと聞かれたら、多分頷いた。俺とは一番無縁な感情だと思っていたが、案外近くにいたようだ。

しかし何もすることがないので、ローの話し相手になることにした。時折ローは俺に話しかけてきたので俺もそれに答え、俺からも質問したりした。
話して分かったことは、いつも肌身離さず持っている白熊が大好きだということ。ピーマンと人参が嫌いなこと。あのピンク野郎はやはり父親で、そいつとはあまり話したことがないから苦手だということ。絵を描くのと本を読むのが好きだということ。自由に外に出てみたいこと。友達がほしいこと、…他にもたくさんあった。
俺はそれに適当に相槌を打ちながら聞いていた。それでも別によかったようだ。話を聞いてくれる相手がいるだけで嬉しいとローは言った。相変わらず餓鬼に似合わないセリフだ。

「おなか、空かない?」

その言葉でふと時計を見る。確かにもう夕食時で、それを認識した途端腹が減る。
ローは聞いてきたくせに答えを聞かずに壁にかけている受話器を取った。すぐに駆けつけてきた男は、先程ローが俺を部屋まで運べと言った相手だった。

「お呼びでしょうか、坊ちゃん」
「ごはん、ここに持ってきて。ユースタス屋の分も」
「夕食の準備ならすでに広間で整っております。アレにもきちんと夕食をお出ししますので…」
「ここで食べる」
「ですが旦那様が久方ぶりにご帰宅されたのですよ?旦那様が悲しみます」
「知らない。早く持ってきて」

早く、とローが再度催促すると、男はあからさまに溜息を吐いて部屋を出て行った。俺は何とも複雑な気分だ。懐かれるのは別に構わないが、アレって。やはり立ち居地はこいつの所有物なのか。
しかしあの男もあの男で、何とも思わないものなのか。何も拘束されていない俺とこいつが一緒にいることを。それとも何か?俺の考えが間違っているのか?安全思考過ぎるのか?
そんなことはないと思いつつも、この屋敷の住民の感覚が分からなすぎて何だか俺が間違っているような気がしてきた。この部屋には相変わらず二人だけだし、ローはやっぱりのんきに絵を描いている。これで監視カメラでも仕掛けられているなら別だが、と思う俺はやはり間違ってはいないはず。

暫くするとコンコンとノック音が響き、ローの入出許可を合図に男が夕食を運んできた。テーブルの上に一人分の夕食が置かれ、ちらりとローの方を見やる。

「お食事をご一緒されるのですか?」
「うん、置いといて」
「床に零したやつを食べさせればいいのに…」

男はぶつぶつと何か心外なことを呟きながら、もう一人分の夕食もテーブルの上に乗せる。そして、どうぞごゆっくり、と一礼すると部屋を出て行った。

「…失礼だな、あいつ」
「ペンギンはなんでも思ったことを口に出しちゃうんだ。悪気はないから」

いやどう考えても今のは悪気も悪意もありまくりだったろ、と思ったが席に着いたローが手招きするので何も言わずに俺も席に着いた。目の前の夕食はさすが金持ちなだけあって豪勢だ。ローは器用にナイフとフォークを使って口に運んでいく。

「いいのか?あのピンク野郎とメシ食わなくて」
「うん。だっていっしょに食べても、こーんなテーブル広いから、しゃべったりしないんだ」

つまんないし、とローはフォークを噛んだ。ユースタス屋といっしょにいるほうがいいんだ、と続いた言葉に自分が大分懐かれていることを知る。ちなみに懐かれるようなことなど何もしていない上にまだ会ってから半日も経ってない。
何だかなァと思いながらも、目前の夕飯を口に運んだ。

夕飯も食べ終わり、ローは風呂に入るといって備え付けのバスルームへと入った。そこで改めて部屋を見回す。部屋というよりは、一つの家だ。ここで生活したって、何ら問題のないように思えた。
ベッドルームがあり、バスルームがあり、キッチン付きのリビングがあり、何か必要なものがあればホテル宜しく電話一つで呼び寄せられる。まるでここに軟禁されているようだ。
ソファに座ってそんなことを暫く考えていたら、ローに声を掛けられた。どうやらあがったらしく、入ってきていいよと言われて俺も入る。まぁ想像していたがバスルームも負けず劣らず豪勢だった。どこもかしこもこんなだだっ広い空間にいつも一人でいるのかと思うと、それはそれでいいとも言えないだろう。しかもローはまだ子どもだ。
何だか俺、あいつのことばかり考えてるな。自分に苦笑すると、バスタブの中へ身を沈めた。

あがって出てみるとそこには俺の着ていた服がなく、代わりにバスローブしか置いてなかったので仕方なくそれを着る。部屋に戻るとローはテレビを見ていたが、俺が出てきたことに気づくとテレビを消して俺の腕を引いた。

「寝るか?」
「…うん」

ふぁ、と欠伸を洩らし、目を擦るローを抱きかかえる。そのまま寝室まで運び、ローをベッドの上に寝かせてはたと気づく。俺は一体どこで眠ればいいんだ。
それに気づいたのか、ローはポンポンと自分の隣を叩いた。確かにキングサイズともとれるようなベッドだ、一緒に寝たって何の問題もない、が。

「ユースタス屋も、いっしょに…」

如何せん眠る時間が早すぎる気がする。けれどローは腕を放す気がないらしく、仕方なく俺もその隣に横になった。そうすれば擦り寄ってくるローに苦笑する。こんなに呆気なく心を開いていいのだろうか。それともやはり、寂しかったのだろうか。
うとうとと夢と現実を行ったり来たりするローの頭をそっと撫でる。もう寝ろ、と呟くとローはゆっくりと顔を上げた。

「にげるなら、寝てるあいだににげてね」

ぜったいだよ、と言ったローの顔が泣きそうで少し困った。




あの後、泣き出しそうなローに何も言わずに背を撫でていたが、俺もいつの間にか寝てしまったらしい。朝起きて、ローがまだすやすやと眠っているのを確認してホッと息を吐く。それから、迷うことでもないのに少し迷ってしまった。出て行くか、まだもう少し、ここにいるか。
昨日会ったばかりの餓鬼に、何を俺はそんなに思い入れているんだろうと思ったが、それでも何となくこいつを一人にして自分だけ出て行くのは気が引けた。同情かと聞かれれば、多分違うと答える。同情だけで人生を棒に振るってしまうかもしれないことをするほど俺はお人好じゃないはずだ。それなら何なのか。答えが出るまで、もう少しここにいてもいいだろうか。

「んっ…」

じっとローを見つめていたら、長い睫が揺れ、ぱちぱちと目が開かれる。最初はぼんやりと俺を見つめていたが、次第に意識がはっきりしたのか、大きな目をくりくりさせて俺を見つめてきた。ぺたり、と頬に触れる小さな手。まるで確かめるように。

「…にげなかったの?」
「逃げようと思ったんだけどな、ローが起きちまったからもう駄目だ」

そう言って頬を撫でると、ローはひどく嬉しそうに笑った。




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