死ねばいいのに! | ナノ

「…何してんだ?オッサン」

不意にすぐ後ろでドスの利いた低い声が聞こえた。それと同時に俺の尻を触っていた手がバッと離れる。無理に首だけ動かして見るとちらりと視界に赤色の髪が映った。どうやら俺の尻を撫で回していたのはオッサンらしいがそのオッサンもこの角度からじゃよく見えない。ただその男に手を掴まれて、いやっこれは…、としどろもどろになりながら小声で話す声が聞こえた。

「いい歳こいて何してんだ。虚しくねェのかよ」

うーん、誰だか知らないがなかなか口が悪い。オッサンの声がさらに小さくなり、終いにはボソボソと独り言のようになってしまった。そんな俺たちの異変に気付いたのか、少し周りが広くなった空間を作ったまま電車が揺れる。
ガタン、と音がしてドアが開いた。どうやらどこぞの駅に着いたらしい。

その男はオッサンの手首を掴んだままさっさと降りてしまった。当の俺も予定の駅がそこだったので電車から降りる。俺を触っていたオッサンはハゲ眼鏡だった。激しく気色悪い。帰ったら風呂入ろう、と固く心に誓いながらオッサンを駅員に引き渡す男をぼんやり見つめた。この場合は何かお礼を言った方がいいんだろうか。多分言った方がいいよなぁと思っていたら不意にその男と目が合った。

…あ、俺あいつ知ってる。



「平気か?」
「え、あ、うん。さっきはありがと」

こちらに歩み寄ってきた男が俺に訊ねる。
俺こいつ知ってる。名前は確かユースタス・キッド。何故知っているかと言えばこいつは俺と同じ学校だからだ。あと有名。喧嘩上等で人相悪くて何か聞いたところによると性格も悪いとか何とか。とにかく悪い噂しかない。
だから意外と言えば意外。痴漢にあった子、助けたりするんだなとか思ってたら、ユースタス屋のじろじろと探るような目付きに気付いた。上から下まで見つめられて、すっと目を細められる。思わず眉根を寄せた。

でもあんまり話して男だとバレるのも嫌なので、もう帰ろうと思い、ありがとうともう一度言おうとすれば不意に腕を掴まれる。驚いて呆気にとられていたらそのまま引き摺られて、いつの間にか男子トイレが目前に迫っていた。

「ちょ、なに…離せよ!」

いま一応俺女の子な訳ですし!とか思って腕を引っ張っるも無駄で、しかも男子トイレに入らされるだけでなく、あろうことかトイレの個室に押し入れられた。奴の行動が謎過ぎて、突発的なその行動に、一体何なんだと眉根を寄せて口を開こうとすれば。


カシャッ


「……な、」
「トラファルガー・ローの女装姿、激写」
「!!」

不意に聞こえたシャッター音に訳が分からずパチリと瞬きすると、にやにやと携帯を見つめながら笑ったユースタス屋が呟く。それに思わず目を見開いた。
は…何でこいつ俺のこと知って…ていうか何で俺だって分かって…!とパニックになりそうな頭を必死で押さえ付ける。そうだ、何も確証はないのだ。しかも女子たちだって俺の女装は完璧だと自画自賛していた。だからここは人違いを装って上手くシラをきろう。俺ならいける。

「…人違いじゃないですか?」
「お前さぁ、鞄開けっぱとかマジ不用心だぜ」
「あ!それ俺の学生……っ!」
「ふぅん。『俺の』?」

若干裏声を使いつつ、視線をそらして言ってみたが、ユースタス屋がひらひらと示す四角い物体に何かと視線を投げればそこには紛れもなく俺の学生証があって。何でお前が持っているんだと、叫んだ瞬間に気がついて慌てて口を押さえた。だけどもう遅くて、にやにや笑いながらユースタス屋が俺を見つめる。

「お前女装の趣味とかあったのか?」
「なっ…違ぇよ馬鹿野郎!いいからそれ返せ!あとそれ消せ!」
「嫌だ。…って言ったらどうする?」
「…っ!」

ハッ、と馬鹿にしたように笑ったユースタス屋をキッと睨み付ける。だけど全く気にしてないようでカチカチと携帯を弄りながら、どうしようかな、と笑う。

「大体なんで俺のこと…!」
「お前校内で有名じゃん。天才トラファルガーくん…で、だ」
「……」
「何の理由か知らないがとりあえず女装したこの画像」
「早く消せ!」
「やだね。ただし考えてやってもいい。条件付きで」

にぃっと悪どい笑みを浮かべたユースタス屋にあの噂は間違っていなかったのだと確信する。何で俺がこんな目に…!だけどあの画像は消してもらわなきゃ俺の沽券にも関わるわけで。ぐっと唇を噛み締める。

「…どうすりゃいいんだ」
「まあそう睨むなって。…そうだな」

顎に手を当てて考え込むようなポーズをとるが相変わらずにやにやと笑いながら俺を見つめてくる様子には真面目に考えているようにはこれっぽっちも思えない。早くしろ!と叫びだしたくなるような気持ちを抑えて睨みつつ答えを待った。
不意に奴が俺に覆い被さるように壁に手をつく。予想以上の近い距離に後退りしようとしたが後ろは壁だ。何なんだ、と思っていたら、その毒々しい唇から吐き出された言葉に思わず目を見開いた。


「俺と付き合え」
「……は?」


…誰かこれは夢だと言ってくれ。




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