死ねばいいのに! | ナノ

(時間軸としては後の方。ちゃんと付き合っているのかもしれない。)


「トラファルガー、俺に何か渡すものとかねェの」
「ないけど」
「恋人に渡すべきもんがあるだろ」
「いや?」

先程から落ち着きなくチラチラと向けられていた視線を無視する俺に焦れたのか、もう待ってられないというように問い詰めるユースタス屋に目も合わせず首を振った。それに、はぁ、と溜め息を吐いた自称恋人は不機嫌そうだ。
眉間に寄った皺を尻目に見つめたテレビには、こっちにまで甘い香りが漂いそうなほどのチョコの山と、これが一番売れてるんですねーとか何とか言ってるリポーター。

そう、ご察しの通り今日は某聖職者がお亡くなりになられた日、もといバレンタインデー。企業の策略に快く乗ってくれる女の子たちがチョコを買い漁る日のことだ。

「用意とかするだろフツー」
「なんで俺がお前にあげなきゃいけねぇの?」

そしてユースタス屋が用意されていないチョコの存在に拗ねる日でもある。

別に忘れていたというわけでもないけれど、俺には関係ないかなって知っていながらただスルーしただけだ。それを言われもなく責められるのは腑に落ちない。
大体当たり前に貰えるって思ってるから悪いんだ。ほしいなら土下座して頼み込んだ挙句、材料費を払うぐらいのことは最低でもしてほしいよな。

だけどユースタス屋はそれを「恋人なら」の一言で片付ける。恋人なら用意して当たり前ってか。馬鹿言ってんじゃねぇ。

「あーあ」
「おいそこに寝るな」
「お前からのチョコ期待してたのに」
「知るか。ってか起きろよ」

相変わらず不機嫌そうな顔をしたユースタス屋が寝転がった先、俺の腿の上。いわゆる膝枕状態で文句を垂れるユースタス屋に脚を軽く揺すって邪魔だと告げる。だが降りていく気配は微塵も感じられず、無理矢理引き剥がそうとしてやっぱりやめた。
テレビを見つめる横顔は拗ねたままで、 思った以上に餓鬼くさかったから。

「…そんなに?」
「あ?」
「そんなにほしかったのか?」
「そりゃほしかったに決まってんだろ」

俺を見上げるユースタス屋の顔は怪訝そうで、意味が分からない。別に何か特別ってわけでもない、恋人から貰うただのチョコがそんなに魅力的に見えるのだろうか。
たとえ今日じゃなくて別の日に渡されたとしても同じ恋人から貰ったチョコには変わりないし、日にちが違うだけでそれと同じ話じゃないか。何をそんなに今日にこだわるんだか。

それに、ただチョコがほしいだけならユースタス屋は俺から無理に貰わなくても平気なはず。

「…鞄の中にあるやつで十分だろ」

だって他の子からいっぱい貰っていたから。

学校で何度か見つけたユースタス屋は必ず女の子からチョコを渡されていた。あんな奴のどこがいいんだか知らないが、顔はいいのでそこそこモテるらしい。
強引で男らしいのが好きだって騒いでいたクラスの女の子があげているのも見た。そんな子たちにユースタス屋は人気があった。

何度か見つけたユースタス屋とは必ず目があった。それを即行でそらしてしまって、そのたびに何だか居心地が悪い気分になった。

俺がいるのに、って言ってるみたいで。

もちろん実際はそんなことミクロ単位でも思ってなかったけど、ただ何となく見たくなかっただけで、そう思われてたら勘違いも甚だしいなってそれだけ。
それだけで、別に意味もないのに。

「なんだよ、嫉妬か?」

そう言って笑いながら頬を撫でたユースタス屋に爆発しそうになった。


「そ、んな訳あるか!大体俺がお前に嫉妬するとか意味分かんねぇし!」
「ならそんな慌てることねェだろ。図星?」
「違う!」
「ぅおっ、いきなり立ち上がんじゃねェよ!」

にやにや笑ったユースタス屋に頬が熱くなっていくのが分かって、急いで否定すればさらに笑われる。そんなはずはないのに何故か恥ずかしくなり、それを振り切るように立ち上がるとユースタス屋は驚いたような声を上げた。
その声にはっとしてユースタス屋を睨みつけると出来るだけ離れたソファの端に座る。何とか気持ちを落ち着けようと、頬に集中した熱が下がるように念じながら息を吐いた。

「ったく…相変わらずだな、お前は」
「…うるさい」
「嫌ならチョコ貰うなって、言やよかったろ」
「だから別に…関係ないし。貰いたきゃ勝手に貰ってろ」
「よく言うぜ。何で貰うんだよ、みたいな顔して俺のこと見てたくせに」
「見てねぇよ自意識過剰が!」

呆れたような、全てお見通しだと言わんばかりのユースタス屋に、いい加減にしろよ、と頬を抓る。そうするとどこか間抜けな顔と声でやめろと手を掴まれて、少し笑いそうになってぐっと堪えた。多分笑ったら流されるし、第一俺はそんなこと思ってねぇという思いも込めて。
少し力を込めればさすがに痛かったらしく、無理矢理引き剥がされる。そしてその腕を強く引かれたと思った瞬間ユースタス屋に抱きしめられた。

「馬鹿お前…力込めすぎだっての」
「ユースタス屋が悪いんだろ」

はぁ、と抱きしめる腕とは反対側の手で抓った頬を撫でたユースタス屋が眉根を寄せて呟く。
調子に乗るからだ、と憎たらしい態度をとったのに、ユースタス屋はそんな俺を見てふっと笑うとぎゅっと強く抱き締めてきた。

「あー、本当素直じゃねェの」
「…そりゃ悪かったな」
「全くだ。…でもそこも好きだからしょうがねェな」
「っ?!、な、に言って…」
「そうやってすぐ真っ赤になるとこも」
「、ばか…見んな!」
「はは、かわいーなお前」

予想しなかった言葉が鼓膜を擽って、目を見開く。顔を覗くユースタス屋から逃れるように深く深く肩に顔を埋めて首を振った。
もう喋んな、と出てきたのは先程に比べたら幾分か弱い声で。頭を撫でるユースタス屋に心臓の音がひどく煩く聞こえて、ユースタス屋にまで聞こえてるんじゃないかって錯覚してしまうほど。

恥ずかしくて一人だったらきっと唸ってる。苦手なんだよ、こういういかにも恋人ですって雰囲気。
だってずっと無理矢理の恋人でやってきたし、俺はただ嫌がってればそれでよかったから楽だったし、それに慣れてる。普段もそんな感じだから今更日常的に甘える甘えられるの関係なんて出来ない。
だからふとしたときのこういう雰囲気にはどうしようもなく弱い。流される。そして思いとは正反対にその中に幸せを見いだしてる自分が馬鹿みたいに乙女で、嫌い。

「寝言は寝て言いやがれ…」
「んな照れんなって」
「誰が!」

精一杯の強がりを言いながら、言葉とは真逆の態度でユースタス屋にぎゅっと抱きつく。そんな俺をからかう口調と相反するように抱き締める腕は暖かくて優しいから、全く調子が狂う。

ぶつぶつ文句を言い続ける俺を宥めるように頭を一撫ですると、ユースタス屋は立ち上がって何やら自分の鞄を漁り出した。急に離れていった存在に眉根を寄せながらその様子を見つめる。
少しして何か目当てのものを見つけたらしく、あったあったと口にするユースタス屋の手にはラッピングされた四角い箱が握られていた。

「ほらよ」
「…え、これって、」
「まあお前がチョコなんて買うわけないからな。だから俺から」

一応期待だけはしてみたけどな、と言って肩を竦めたユースタス屋に本当のことなので反論出来ず、大人しくその言葉を確かめるようにラッピングのリボンを解く。
しゅるりとリボンが解けて、箱を開ければそこには一つずつ区切って与えられた場所に鎮座しているトリュフたち。鼻腔を擽る甘い香りに思わずユースタス屋を見やる。

「何だよ、まさかいらないとか言わねェよな?」
「言わない…けど、びっくりしただけだ」
「ならありがたく食えよ。俺から貰えるなんて早々ないぜ?」

相変わらず自信満々な口調でそう言ったユースタス屋にちょっとムッとして、言い返そうと口を開いてやっぱり閉じる。その代わり行儀よく並ぶトリュフを一粒摘まむとそっと口に運んだ。
甘い味に、柔らかい感触。舌に触れるとすぐに溶けてしまって、深く味わおうとすればするほど余韻を残して消えていく。

「うまいか?」
「…甘い」

素直に言えないのはいつものことで、そんな俺に苦笑したユースタス屋にもう一粒口に含む。蕩けていく甘さを感じながら少しだけ頬が熱くなった。
この男がどんな顔してこれを買ったのかと想像するといやにおかしいが、悪くない。悪くないと思った。

「ユースタス屋、」

もう一粒摘んで、目線を上げるとユースタス屋の赤い唇にそっと押し付ける。何も言わずに開かれた唇にチョコを転がして、そのまま頬に両手を添えてキスをした。
この甘ったるい味を、密かに満たされていく幸福感を、分けてやるのも悪くない。柄じゃないけど、たまにはこんな日があってもいいだろう。

ちゅ、と唇を離せば甘い唾液が糸を引く。カフェオレみたいな色をしたそれがぷつりと切れて、ユースタス屋が目を細めた。
俺にしては珍しく文句も言わず、逃げずにもう一度今度は触れるだけのキス。するりと首に腕を回して、触れそうな距離でそっと囁く。

「…ホワイトデー、期待してろ」

少し驚いたように見開かれたユースタス屋の瞳がすぐに弧を描いて、今度はユースタス屋からのキス。
そりゃ楽しみだな、と囁かれて、まだ残っている口の中の甘さが倍になっていくような気がした。



チョコレート・キス



そのあと案の定ユースタス屋が調子に乗ったので一発殴ってやった。やっぱりいつも通りが一番いいな。




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