死ねばいいのに! | ナノ

無事にバイトも終わり、着替え終わると荷物を纏める。女装姿と労働からの開放感といったらないが、この扉の先に待ち構えている人物とそのあとのなし崩し的な展開を予想して俺はただ憂鬱だった。それでもいつまでもここにいるわけにもいかない。ボニー屋には帰ると挨拶もしたし、何よりここにいる理由がない。腹を括ろう。
よし、と深呼吸を一つして、気持ちを固めると目の前の扉を開く。案の定、そこにはユースタス屋が待っていた。

「お疲れさま」
「…ドーモ」
「帰ろうぜ」
「…ん」

夜ということもあって外は肌寒かった。どのくらいここにいたのだろうか、でもそんなに待ってないのかもしれない、なんてどうでもいいことをぼんやり考えながら、壁に寄りかかっていた体を起こすと帰路につくユースタス屋の背中を追い掛けた。

「初バイトはどうだった?」
「腰が痛い」
「何だそりゃ」
「ずっと中腰でケーキ詰めてたんだよ」

超痛ぇ、と腰に触れるとユースタス屋は笑った。何と言うか、普通、だ。
もっとあのことについて何か言われると思ったのに。というかこいつの性格からして詰られると思ったのに。まあ何もないのが一番平穏でいいけど、でも構えてただけ拍子抜けって感じだった。だってあんなこと言われりゃ誰だって…ま、いいや、気にしないでおこう。それもまた俺をからかうだけのものだったのかもしれないし。こいつは性格が悪いから。
でも実際はそうやって俺が油断していただけだったんだけど。



「お前本当に甘いもの好きな…」
「まあな」

俺の家に着くとユースタス屋が先程買ったケーキを出してくれた。
店に来た時、何を買ったかまでは分からなかったので中を覗いてみる。ユースタス屋が来た時は他に誰もいないのをいいことに、ひたすら羞恥と嫌悪と戦っていたから知らないのだ。

一つは生クリームたっぷりの…ショートケーキか?多分。見た感じすげぇ甘そうでそれだけで酔いそうになる。きっとユースタス屋が食べるんだろう。
あの顔で、とは毎回思うが、初めて甘いものが好きだと知った時、(まだ今よりも仲が悪かったので)腹癒せに爆笑して馬鹿にしてやったらコーヒーにスティックシュガーを七本ぐらい入れられた。なかなかユースタス屋も餓鬼だと思うけど俺も十分餓鬼だったし、何より飲まないことによる敗北感に襲われるのが嫌で一気飲みしたら普通に吐きそうになった。今から考えても馬鹿だなと思う。
もう一つはブルーベリータルト。俺は甘いものがあまり好きではないし、それはユースタス屋も知っているからだろう。フルーツ系のタルトなら俺も食えた。

ユースタス屋はついでに紅茶も用意してくれた。俺の家なのにユースタス屋の方が勝手が分かっていると思うと複雑だがこの際気にしない。
紅茶を一口飲めば冷えた体にじんわりと熱が行き渡る。先程十二分に甘ったるい空間で働いていたのでケーキは出来れば見たくないが、まあいいかなとフォークで刺すと口に運んだ。
うん、確かに人気があるだけなかなか美味い。

「あーん」
「…なに」
「一口」
「やらねぇよ」
「してくれてもいいだろ?」

隣に座ったユースタス屋が不意に口を開ける。その口に喉元まで手を突っ込んでやろうかと思ったが、強請るユースタス屋が、一口だけ、と念を押すので仕方なくその口にケーキを運んでやった。やらないとうるさいからな、仕方なく。

「ん、美味いな」
「人気あるらしいし、あの店。…食わないのか?」
「食うよ。…なー、ずっと気になってたんだけどこれ何?」
「あ、それ…!」

ぱくぱくと食べ続けて俺はもう残り半分だというのに、ユースタス屋は自分のケーキに手をつける素振りも見せない。食うと宣言したあとも四隅に置いておいた紙袋に興味を示し、引き寄せて中身を見ようとしていた。
それに顔を上げてその存在に気付くと、慌てて引き寄せようとしたがそれよりも早くユースタス屋が取り上げてしまう。黙ってその中を見つめるユースタス屋に、居心地が悪いと同時に先程どこかへ追いやったはずの嫌な予感が頭を擡げてきて少しだけ距離をとった。

「貰ってきたのか?」
「んな訳ねぇだろ!いらないからってボニー屋に無理矢理押し付けられたんだ」

ユースタス屋が覗いた紙袋の中身は、こんなの貰ったってしょうがないのに、いらなかったら捨ててくれとか言われて押し付けられたミニスカサンタの衣装だった。
いらないのなんて分かっているだろうにわざわざ押し付けてきたボニー屋に嫌がらせかと思ったが、適当に捨てときゃいいかと放っておいたのが裏目に出てしまったらしい。見つかる前に処分しておけばよかったものを。
俺の後悔をよそに、ふーんと気のない返事をしたユースタス屋は紙袋から衣装を取り出してまじまじとそれ見つめている。見つめるその瞳が細められ、唇が緩く弧を描いたのに、俺はぞくりと背筋を震わせた。

「ユースタ」
「着てみろよこれ」
「…は?」
「着ろって。今すぐ」
「なんでもっかい着なきゃなんねぇんだよ!」
「何でも、に決まってんだろ」
「はぁ?!なに勝手なこと…っ、んっ、ぅ?!」

出た。何様俺様キッド様状態のこいつが。
嫌な予感は元からしていたので距離はとっていたが、服を片手に詰め寄ってくるユースタス屋に本気を感じて思いっきり後退ると腕を引かれていきなりキスされる。やばい、流される。
キスされた瞬間思ったのはそんな受身の考えで、いままで散々流されてきた俺の脳味噌がどんなにフル回転しても頭の片隅で諦めろの文字が浮かぶ。それでもどうにか逃れようと精一杯押し返したらより強く抱き締められて結局抵抗も出来ない。無駄に馬鹿力なユースタス屋に力では勝てる気がしなかった。

「っ…んっ、ぅ、ふっぁ…」

再三言うが俺はユースタス屋のキスにかなり弱い。
ムカつくけど本当にユースタス屋はキスが上手で、されてしまうとすぐに何も考えられなくなってしまうのだ。だからいつもは注意しているのに肝心なとこでうまく逃げられた試しがない。今だって。

すぐに唇を閉じたはずなのに、それよりも早く開いていた隙間から容易に舌が入り込んできて、ユースタス屋の思うままに舌を絡められる。いきなり強く吸わるとびくりと肩が跳ねて、優しく甘噛みされて角度を変えて何度も何度も求められると腰が震えて目尻に涙が浮んだ。だんだんと頭もぼんやりしてきて、深く絡められる舌がひどく熱い。

「っぁ、はっ…、ぁ…やっ…」

上顎をなぞられると体からどんどん力が抜けていって、堪え切れなくなってユースタス屋の服をぎゅっと掴んだ。そしたら軽く唇を啄むようにしてキスを落とされ、唇を離される。
ぼやけた視界で何とか呼吸を落ち着けようと荒く息を吐けば、耳にぬるりとした生暖かい感触が走って背筋が震えた。

「あっ…ゃだ、ユー…っ!」
「相変わらず耳弱いな」
「ふぁ、ぁ…っ」

縁をなぞるようして舌を這わされ、時折中にまで入ってくる舌にびくりと体が跳ねる。耳元でそっと囁かれ、耳朶を甘噛みされて、もう一方はユースタス屋の指が優しく擽るものだから良からぬ熱がどんどん下腹部に堪っていて俺は緩く首を振った。
やばい、このままだと本当に気持ちよくなってしまう。

「ゃ、だっ…」
「じゃあ着てくれる?」
「ぁっ…も、着る、から…離し…っ」

だからぼそりと耳元で囁かれてた言葉に、バカスタス、禿げろお前なんて、と思いながらもこくりと頷いた。むしろ頷くしかなかった。
こんなのは狡いと思いつつも、従わざるをえない自分に腹が立ってユースタス屋をキッと睨み付ける。でもこいつはそれも軽く受け流してしまうのだから気に食わない。何をしたっていつもユースタス屋の方が俺より一枚上手なことも結局従ってしまう自分も好きになれる気はしなかった。



「…っ、これで満足かよ」

潔く腹を括ったとはいえやはり羞恥は拭いきれず、赤く染まった顔を見られないよう俯き様にぼそりと呟いた。
そしたらわざわざ顔を上げさせられて、似合ってる、としっかり目を見つめながら言われて顔から火が出そうになった。それを知っててわざとやってるんだから、こいつ本当に性格が悪い。

「俺の恋人は可愛くていいな」
「っ、ば、かじゃねぇ?」

ちゅ、と額にキスされて満足そうな表情で赤くなった顔を覗き込まれる。そのセリフに暴言を返すのが精一杯で、見るなと言うよう視線をそらすと、もう脱ぐからな!と着て五分も経たずに服に手をかけた。

「まあ待てよ。せっかくなんだし楽しもうぜ?」
「は、なに言って…っ!」

にやりと笑ったユースタス屋に改めて背筋に悪寒が走り、それに逃げ出そうとすれば足首を掴んで引き寄せられる。見事にバランスを崩した俺はもれなくフローリングに頭を打ち付け、鈍い衝撃が頭に響いた。
ユースタス屋てめぇ、とか思っていたら不意に目の前を影が覆って暗くなる。見ればユースタス屋が俺の上に覆い被さっていた。

「ユースタ、待っ…!」
「待たねェよ」

するりと服の中に手が入ってきたので慌ててその手を掴めば耳にキスされて力が抜けてしまう。勝手に動き回るユースタス屋の指が乳首を引っ掻くと鼻から抜けたような声が出てしまい、思わず顔が赤くなった。

「待てって、脱ぐから…」
「脱がなくていーって」

こうなったユースタス屋は誰にも止められないことを一番よく知っているのは俺だ。だからせめてこの格好をどうにかしたくて(こんな格好でするとか恥ずかしくて死ねる)、胸元を押し返すもユースタス屋は退いてくれない。
前もしただろ?と耳元で囁かれてその情景を思い出し、一気に顔が赤くなった。無理矢理にでも暴れてやろうと思ったけど、するりと頬を撫でられて笑って呟いたユースタス屋の言葉に赤かった顔が一気に青褪めていくような気がした。

「なあ、俺が独占欲強いの知ってんだろ?人前であんな格好して…分かってるよな?」

あんなに何でもない風にしてたくせに、やっぱり気にしてんじゃねぇか!
と、その笑顔に向かって言うことは出来なかった。




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