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(あにおとキドロ)


行きたくない本当の理由は。






普通の子供なら、喜んで前日から興奮で眠れないほど楽しみな遠足。
普通じゃない子供は前日から大量のてるてる坊主を量産し家中の窓辺にさかさまで吊るし、せっせと雨乞いをしていた。

「お前な、どんだけ行きたくないんだよ…」

「これも、届かない」

両手一杯にへたくそなてるてる坊主を握り締め、隣で助手として顔を書く係を任されていた俺に遠回しに抱っこしろと命令する。明日の降水確率は知っていたが何も言わずに軽い体を抱いてカーテンのレールに手が届くまで持ち上げてやった。覚束無い小さな手が最後の一つに輪ゴムを括り付け、不気味なほどてるてる坊主レールに無理矢理吊るした。学校から帰って直ぐに雨乞い作業に着手していたローは疲れ果てたらしく腕の中でうとうとし始めている。

「ロー、寝るか?」

「…んー」

前髪を撫で上げ覗いた額にそっとキスする。
意識がはっきりしてる時にはキスしただけで目潰しを食らわせてくるローが、珍しく甘えて頭を胸に擦り付けてきた。もう一度、今度は柔らかい頬に唇を押し当ててもローは嫌がらない。それが嬉しくて何度も顔中にキスしながらそのまま俺のベッドに寝かせる。明かりを消す前に隣の部屋から白熊のぬいぐるみを持って来ればそれを抱かせて明かりを消す。聞こえてきた寝息に今直ぐにでもベッドに潜り込みたい気持ちが込み上げてくるが、明日の弁当の下拵えをする為に部屋を出る。残念ながら突発的な台風でも来ない限り明日の遠足が中止になる事は無い。






俺は六時に目を覚ましたつもりだ。
だが朝起きると目覚ましが無くなっていた。犯人は分かっている。隣で寝ていた筈のローは身代わりの白熊を俺に抱かせて姿を消しやがっていた。携帯の時計を見れば集合時間まで残り一時間。急いで仕度させても朝飯をゆっくり食わせてる時間は無い。とりあえず行方をくらませたローを探す。昔からあいつは厄介な事に隠れるのが上手かった。一度隠れた場所を間抜けな俺が必死に探す姿を後ろから見るのが好きだと、前に一度聞いた事がある。まさかとは思ったが後ろを振り向けば階段の上から俺を見ていたらしいローと目が合った。賢いが、所詮は小学生だ。


「時間無ぇんだ!さっさと準備しろ!」

「やだ!行きたくない!」

自分の机に逃げ込もうとしたローの足を掴んで引っ張り出す。
まだパジャマを着たままの姿に溜息しか出なかった。

「この前おねしょしたのバラすぞ」

「やだやだやだやだやだやだ!」

生意気に恥ずかしがって真っ赤になってる隙にパジャマのズボンを引っ掴んで力任せにずり下ろす。やめろ変態と罵られたが気にする時間も無い。初めてボタン付きのパジャマに殺意を抱いた。それでもこれはローのお気に入りだからもしボタンを一つでも弾け飛ばせでもしたら、考えてる内にパンツ一枚の姿になる。昨日の内に準備して置いたパーカーを頭から被せてジーパンを穿かせて完成だ。

「顔洗って来い」

「行きたくないって言ってるだろ!」

机の上にあった物を手当たり次第に、筆箱から教科書からランドセルまで投げてきたが全てを避ける。それが気に食わないのか頭に血が上ったローは電動の鉛筆削りのコンセントを引き抜いて力一杯に振り被って放り投げる。それは俺が買ってやったヤツで、安物は避ければ確実に床に落ちて壊れる。手で受け止めるとか言う最善の考えを出す前に鉛筆削りの角が額にぶつかった。勢いを無くして落下した鉛筆削りを手で受け止めて机に戻す。自分でやったくせにローは今にも泣きそうな顔で俺の顔と床を交互に見て指を掴んで大人しくなる。

「あっ、う…」

「大した傷じゃねぇから、顔洗って来い」

ローは俺の横を走り抜け一目散に一階へと降りて行った。
切れたのは無い眉の上で触れば指に少し血が付く程度で実際大した事は無い。時間も無い。チャリを最速で飛ばしても集合時間には間に合わないのが目に見えている。携帯でローのクラスの担任に遅れると伝えれば、新米教師は他にも自分のクラスの子供だけが数人が着てないとパニックになりながら喚いていた。
流行ってんのか遠足ストライキ。


リュックに必要な物を詰め込んで一番上にローはいらないと言ったが、俺が買って来た菓子を入れる。どうせあいつには友達に分けてやるとか言う友好的な事はしないし出来ない。だから予算は軽く超えたが一人では絶対食べきれないファミリーパックの菓子を買ってやった。嫌でも他のガキ共はこれに群がる筈だ。それに困りながらもおずおずと分けてやるローを想像して笑った。俺以外の人間に対する極度の人見知りと口下手もこの遠足で少しでも直れば良い。

「準備出来たか?」

「…出来た、けどやだ」

口の端にいちご味の歯磨き粉を付けたまま出て来た。
顔はいかにも嫌そうに歪められている。軽い体を抱き上げ歯磨き粉のくせに甘ったるいそれを舐め取る。顔を手で押し退けられそうになったがローは目の上に出来た傷を見て手を引っ込める。言う事を聞かない時はしばらくこれで黙らせる事が出来そうだ。

「ロー…何でそんなに行きたくねぇんだ」

「だって…」

ここまで嫌がるにはそれなりの理由が有ると思った。
歳が離れてるせいで甘やかして育てた結果、我侭で俺を困らせるのが大好きな弟も普段の我侭とこれが違う事は分かっている筈だ。何かを言い掛けたローはそのまま口を噤んでパーカーの裾を握り締めている。何もしないで時間を潰すよりと考えてリュックを背負わせ、出掛ける時にはいつも被る帽子を頭に乗せた。

「あ、弁当忘れた」

リュックの中身がやけに軽くて思い出す。先に出てチャリに乗ってろとだけ言うとキッチンに弁当を取りに戻る。時計を見ればもう集合時間まで後五分だった。全速力で飛ばして信号を無視すれば家から小学校まで二十分掛かるか掛からないか位だったが、バスが出る前に間に合えばそれで良い。どうせ今日の仕事は昼過ぎからだ。

急いで戻ると玄関にはまだ突っ立ったままのローが居た。

「早く…これ入れろ」

「やっぱりやだ!行かない!」

「いいから。入れろって…」

目線を合わせてしゃがんで差し出した弁当はリュックに入らず、ローの足元に投げ付けたられた。気が付けば乾いた音がして、ローの左の頬が赤くなっていた。手に残った感触と見開かれた目に涙が滲んで漸く俺がローを殴った事を理解した。
今まで何度か叱ったりして来たが手を出したのは初めてだ。だが俺は今までのどんな態度よりも食い物を粗末にした事だけは許せなかった。

「拾え」

「っん、やだぁ…!」

殴った頬を手で押さえながらローは首を振る。
溢れてくる涙すら拭わずにただひたすらに首を振って小さく嫌だと繰り返す姿に苛々してきた俺は顔を押さえてる方の腕をキツく掴んで無理矢理顔を上げさせもう一度だけ言う。

「拾えって言ってんだろ!」

「やだっ…!キッドのばか!だいっきらい!死んじゃえ!」

今度は俺が殴られた。
殴られた顔よりも吐き捨てられた言葉の方が痛かったからか、出て行ったローを追い掛ける事が出来なかった。溜息一つ吐いて蓋が開いた弁当から零れた物を詰め直す。壊れた弁当箱は欠けて蓋が閉まらなかった。

その後、電話でローが一人で集合場所に行った事を聞いて安心した。

何で泣きながら来たか聞いてもローは答えなかったらしい。弁当を渡すのを忘れたからそっちで何か買わせて貰う事にして電話を切る。来週昼飯代を持たせれば良い。
今から行く必要は無いが、先月同僚が足場から落ちて今は人手は幾らあっても足りない。俺も仕事場に行く事にした。






「何だその弁当!グッチャグチャじゃん!」

いつもいつも人の食ってる物を横取りするハイエナも今日の弁当にだけは手を出さなかった。副菜の汚れは殆ど落としたが、せっかく作ってやった白熊の顔もグロテスクな程に歪んでいる上に場所が悪かったのか潰れたトマトがまた嫌な場所に移動している。

「うっせぇこっち見んな」

「あ、弟の遠足のヤツだろそれ。何でキッドが食ってんの?」

仕事は覚えない癖にどうでもいい事は憶えてる女だ。
今被っている安全第一の筈のメットは食欲旺盛の四文字に変えられている。俺のに弟命とか間違っては無いが恥ずかしいシールを貼ったのもこいつだ。他人の厄介事に毎回首を突っ込んでは来るがこいつにも兄弟がいるらしい。だから俺はたまに愚痴に似た相談をしたりとかもする。

「そこって新しくオープンした動物園だっけ?」

「あいつ動物園好きなのに行きたくねぇって…雨乞いしてたしな」

「だからか。今日午後から雨だぞ」

あの雨乞いは時間差で効いたらしい。昨日見た時には午後も降水確率はゼロだった。どうしても行きたくないローの念が通じたのは良いが折り畳み傘を持たせるのを忘れた。雨が降る前にさっさと帰ってくれば良いが遠足のしおりを見た限り三時まで帰って来ない筈だ。

「あの動物園の中にある遊園地ってすげぇ良いデートスポットなんだってさー羨ましいー別れちまえー」

「悪い。今日三時に上がってもいいか」

「迎えに行くんだろ?どうせまだ外装も出来てないし雨降ったら今日はやんねぇって主任言ってたし大丈夫だって」

味の悪い弁当を平らげて仕事に戻った。昼を少し過ぎた辺りから晴れていた空をローが呼んだ雨雲が蔽い始めた。直ぐに独特の雨の臭いがして三時になる前に小雨が降ってきたと思えばあっという間に土砂降りになる。

「お前の弟怖ぇー!悪魔だろ!ひでぇよこの雨!」

「知らねぇよ!いいからさっさとそっちシート被せろ!」

工具や鉄筋に雨避けのシートを被せてプレハブ小屋に逃げ込む。下っ端の俺達にこの後の仕事は無い。着替えた所でまた濡れるのは目に見えていたからこのまま帰る事にする。そろそろローが帰って来る頃だ。

今働いている現場から学校は近い。
どうせいらないとは思うが傘を二本持って迎えに行く。小学校の周りには既に迎えに来たらしい保護者の車が入り乱れて止めてあった。こういう日は流石に買った方が良いかと迷いそうになるが、あっても無くてもいい車の為に駐車場を借りるくらいならさっさと金を貯めてマンションでも買った方が良い。そんな下らない事を考えていると数台の大型バスが帰って来る。

「すみません!すみませんっ!」

飛び降りて来るなり平謝りし始めたローの担任は何度も電話したんですけど、と言って携帯の電源を切っていた事を思い出す。あいつが昼過ぎに動物園を抜け出したと聞いた時、既に俺は走り出していた。

他の教員が動物園の周りを探し回っていると言っていたから俺は家の近辺からいつも行く公園まで探したがローの姿は見当たらなかった。最悪のパターンばかりが頭に過ぎる。一度家に戻ってからボニーやキラーにも連絡して探すのを手伝わせる。見つけ次第、捕獲しておけと伝えてもう一度外に探しに行く。動物園から家までそう遠くは無い。何が嫌で動物園を抜け出したか分からない俺にローが何処に行ったかは検討も付かなかったが今はぐだぐだ考えてるより足で探した方が良い。もし夜になっても見付からなかった場合は警察に連絡するべきだとキラーに言われたがそうなる前に見つけ出すつもりだ。時計を見れば五時を過ぎていた。探し始めてから二時間以上経っているがローはまだ見付からない上に雨足が強くなって来る。あのクソてるてる坊主。後で絶対燃やしてやる。

町内は全部回った。
いつも行く商店街の本屋にもペットショップにも居なかった。キラー達からもまだ見付からないと言う連絡が入った。ここまで探して見付からないと本格的に誘拐の色が濃くなってくる。何度も探したがもう一度だけ公園を探すつもりで来た道を戻ろうと振り向けばこっちに向かってくる見慣れた姿があった。傘を持っていないせいで見間違える筈が無い。ずぶ濡れになって走ってくるローに俺も駆け寄るが、後少しと言うところでローはべしょっと転んだ。

「ロー!」

足元の水溜りで滑って転んだらしく、顔面から思い切り転んでそれっきり動かなくなった体に焦った。急いで駆け寄って体を起こせばコンクリートで打った鼻から赤い血が垂れている。ここに来る前も転んだのか服は泥で汚れていた。

「おい、大丈夫か?!」

「きっどぉ…!」

冷たくなった体が弱々しく抱き付いて来た。聞こえてくる嗚咽に混じって何か言おうとする唇は寒さで上手く動かせていなかった。学校と連中には見付かったとだけ伝えてボロボロになったローを抱いて家に向かう。あれこれ聞くのは後で良い。早く風呂に入れてやりたかった。

「ごめ、なざい…っ」

帰る途中にローは何度も謝った。
本当は俺の方が謝らなきゃいけなかったがローは家に着くまでずっと謝っていた。震える背中を撫でれば首に回された腕が強くなって、それだけで今まで心配した分が帳消しになる。ローが濡れない様にもっと体をくっ付ければ少しだけ暖かくなった気がした。




家に着いて直ぐに風呂場に直行する。濡れた物は全て剥ぎ取って脱ぎ捨てた。ローの体は冷え切っていて肘や膝に出来た擦り傷が痛々しい。温いシャワーで体を温めてから傷に触らない様に体を泡で洗う。その間、俺達は何も喋らなかった。逆上せてまた鼻血が出ない様に鼻に詰め物をさせると少し不満そうな顔をしたから笑った。広くも無いバスタブに抱き合って入れば今朝に打った頬が目に入る。痕は残って無いが相当痛かった筈だ。

「俺も、ごめんな」

「ううん、おべんと…ごめんなさい…まだある?」

頬にキスしてやれば照れながら首を傾げながら聞いて来るローが改めて可愛いと思った。無いと答えればまた泣きそうな顔をするから明日作ってやると約束した。
今度こそちゃんと食べると言ったローは短い小指を出して俺の指と絡めて可愛らしい歌を歌った。小学生らしい約束に擽ったくなった俺は話を逸らすついでにずっと気になっていた事を聞いてみた。

「そう言えば何で行きたくなかったんだ?」

「遠足じゃなくて…キッドと行きたかったから…」

「はっ?……お前なぁ!」

何だその可愛い理由。

「動物園くらい何時でも連れて行ってやるっての!」

「一番最初に行きたかったの!だから明日連れてけ!」

真っ赤になりながら約束しろと突き出された小指にもう一度指を絡めながら突き出された唇に堪らなくなってキスをした。
明日こそ晴れるように、逆さに吊るした奴等はちゃんと元に戻しておこう。







ゼラチンの千骨様より相互記念でいただきました!!
うふ、うふふふ^p^
気持ち悪くてすみません、だけど皆さんあにおとですよ!あにおと!あにおと大好きな私には堪らんですううう(ジタバタ)
リクは頑張ってキッドにごめんなさいするローたんだったんですが…本当自分にGJと言いたい!こんな素敵な二人が見れるなんてええ!!
もう本当にご馳走様でした!私これからも千骨様のファンでい続けますね^///^
これからも宜しくお願いします^^





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