Gift | ナノ

(現パロ)

いい店を知っているんだが、少し寄って行かないか。先程まで談笑していた先方が不意に呟いたので、ローは、え、と小さく声を漏らした。

明日先方と会う約束があるんだ、お前もついてこい、そう上司に言われたのはこれが初めてだった。新社会人としてこの会社に携わり、仕事にもそろそろ慣れてきたところでこの呼びかけ。いよいよか、と少なからず緊張を持って臨んだローだったが、予め決まっていた内容の確認業務が主で、あとは当たり障りのない世間話。想像していたよりも会合は滞りなくスムーズに進み、緊張していた分、肩から力が抜けいく。先方がお手洗いに立ち去った後、「今日は慣らしだ」とぼそりと呟いた上司にああと納得して返事を返した。なるほど、ここでは今後のためにこの人物がどういう人柄なのかを把握しておけばいいのか。暫くして戻ってきた先方の話に応じながらその人柄を観察する。何事も経験、か。
その後は穏やかに食事を終え、タクシーを呼ぶと言った上司に断りを入れた先方は、最近健康のために少し歩くことにしているんだと言った。無論タクシーで帰ろうとしていたローだが自分の目指す駅は同じ方向だ。それなら駅までお送りしますよ、と言わざるを得ない。上司は反対方向だった。決まり文句の挨拶を交わし、店の先でお互いに別れを告げた。
今日の仕事はこれで終わりだ。伸びをしたい気持ちを抑え、ローは振られた話に返事を返す。駅までそう遠い訳でもない。家に帰ったら何をしようか、そうぼんやり考えている時だった。

「いい店を知っているんだが、少し寄って行かないか」
「え…店、ですか」

まさか梯子する気なのだろうか。悪い人とは言わないが、ローは疲れていたし早く帰りたかった。しかしここで断るのはうまくない。ああ、いいですね、と乾いた笑いで賛同する。幸い明日は休みだ。終電を逃さない程度なら、まあ少しくらい遅くなってもいいだろう。あまり呑む気はしなかったが、仕方なくあとをついていく。どこですか、と聞いても「まぁまぁ」と言葉を濁すだけではっきりしない。キャバクラか、そういった類の店だろうか。興味はないが付き合いだから仕方がない。駅の方からは少しずれ、夜の街を歩く。やはりそうか、と自分の予想が確信に変わったところで通りの一番奥を曲がった角ににある、客引きも何もない店で先方はぴたりととまった。ネオンの看板がどこか古臭い。大丈夫なのか…と内心不安に思いつつも扉を開けるその姿に慌てて後ろを追った。

「いらっしゃいませー」

間延びした声で迎えられ、出てきたのは営業スマイルを浮かべた男。カウンターと向かい合うようにしてテーブルとソファが置かれている。ああ、やっぱりとローは思った。しかし初対面で風俗店に連れ込むとはどういう考えをしてるんだか…あとで上司に報告して話を聞いてみようと心の中で独り言ちる。

「彼は初めてなんだ…今、誰かいい人はいないかね」
「あーそうですねー…今だとちょうどNo.1の指名空いてるんですよ。初めてならNo.1で外れはないし、どうですかおにーさん」
「…じゃあそれで」
「了解しました。それではお部屋に案内しますねー」

男がそう声を張るとカウンターからまた別の男が出てきた。ちらりと見た先方は考えあぐねているようでまだ動かない。疲れているし酒も飲んでいる、果たして勃つのかと思いつつ男についてフロアに出た。ここでお待ちくださいと言われ、部屋の中に入る。部屋に入れば少し暗い照明、簡素なベッド、隅には飲み物が入っているのだろう冷蔵庫が置いてあった。入る前に「無理矢理誘ったのは私だからね、料金は心配しなくていいよ」なんて言ってたから料金は向こうが持ってくれるのだろう。最悪座ってるだけでもいいな…と考えつつベッドに腰掛ける。音漏れを防止するためだろうが、空間に響く音楽が煩かった。

待ったというほど待ってはいない。コンコン、と扉がノックされる音がしてローは顔を上げる。ああきたな、と思うと同時に「失礼します」と言われた言葉に違和感を感じる。しかし疑問に思う暇もなく踏み入ってきたその姿に思わずローは後ずさった。

「ぇ、あ…ちょ、え?」
「どうかしたかお客さん」

男だ。どう見ても男だった。真っ赤な髪を逆立てた男。容姿は整っているが強面という感想がまず先に来る。照明が落としてあるといってもその姿を男だとしっかり確認するのに支障はない。派手な頭、顔も派手な方だ。どこかのバンドマンのよう…いや、違う、そうじゃなくて。

「なんで男が…?」
「そういう店だからに決まってるだろ。まさかアンタ、間違えて入ってきたとは言わねェよな?」

首を傾げ、訝しそうにこちらを見つめる男にローは背筋がひやりと冷たくなる。ということは、あれだ。ここは風俗店でも、そういった男の…ゲイ向けの風俗店であって、決して一般的なものではないと。つまりこんなところにわざわざ俺を連れてきたあの先方は…つまり、ゲイ…?

「は?まじ意味わかねぇあのジジイ絶対あとで部長にどんな奴か詳しく聞いてやる…」
「何ぶつぶつ言ってんだよ」
「あ、まて!俺はヤる気はないからな!」
「はぁ?」

人の性癖にはとやかく言わないしゲイならゲイでいいが他人を巻き込まないでほしい。何考えて俺をこんなところに巻き込んだのか。風俗店連れ込んだと思ったらゲイ向けとか頭おかしんじゃねぇの俺ノンケなんですけど。
何の言われもなく突如出現したこの状況に怒りと戸惑いが混じる。非日常といっても過言ではない。普通に生きていれば出会わなかったであろう世界、出会わなかったであろう店だ。出来ればあのジジイにはもう二度とか関わりたくないというのがローの本音だった。頭耄碌してるんじゃないか。

「おい?」「…、え、ああ悪い。まあそういうことで、ヤる気はねぇから」
「どういうことだよ。聞く権利ぐらいあるよな?」

わざわざこの俺を指名してんだ、まさか仲良くお話ししましょう、なんて気で呼んだんじゃねェだろうな。
隣に腰掛け、にやりと笑う姿にローは罰の悪そうな顔をする。本人に言うのは結構失礼な話じゃないか、と思ったが隠しても意味ないのでその通りに話した。一通り話終えたところで男は案外あっさりと、それでいてつまらなそうに納得した。

「なんか、悪ぃ」
「別に謝ることじゃねェだろ。…なあ、アンタの名前は?」
「え?あ…ローだ。トラファルガー・ロー」
「ふぅん、ローか…俺はキッドだ」

にっと笑って告げられた名前にローは何と返していいか分からず黙った。何故名前を聞いてきたんだろうか。それよりも何より気まずい、と思ったが男―キッドはさして気にしていないようだった。何話す?と言われて、え、と声が出る。

「ヤらねェなら時間くるまで暇だろ。なんか話そうぜ」

それとも寝るか?と不適に笑われ、丁重にお断りする。もちろん睡眠の方の寝るなんだろうが、こんなところで寝るなんてさも襲ってくださいと言っているようなものだ。いや、と呟いたローにキッドが笑う。笑った顔は少し子供っぽい。こういうギャップがいいのだろうか。
しかし話すと言っても別段話すこともない。興味はあったが、それを根掘り葉掘り聞いてもいいのだろうかと思うと戸惑われた。ちらりとキッドを見る。当たり障りのないようなことを話せばいいか。

「キッドっていくつなんだ?」
「22だよ」
「へぇ、じゃあタメか」

見た目からしてそう離れてはいないと思ったが、同い年だったか。何だか世の中にはいろんな人がいるもんだなぁとローはぼんやり思う。次は何を聞こうか、なんて戸惑っているうちに吹き出す音が聞こえた。見ればキッドがおかしそうに笑っている。

「んでそんな神妙な顔してんだよ」
「え…あ、いや…」
「聞きてェことあんなら遠慮せず聞けよ。興味あるんだろ?」

自分と全く違うタイプの人間だから。そう図星をさされて、何で分かるんだと思ったのが顔に出ていたのだろうか。「お前分かりやす過ぎ」とまた笑われてしまった。別に不快に思ったりしねェよ、と言われてしまえば抑えた好奇心がいとも簡単に頭を擡げてしまう。

「アンタ、ゲイなのか?」
「いや、バイだな。男でも女でもいける」
「じゃあなんでこんなとこで働いて…」
「なんか気分っつうか、周期?みたいなのがあって…女がいいなって思うときはホストとかバーで働いてる」
「じゃあ今は男の方がいいって気分、ってことか」
「そ、だからこういう店が手っ取り早いし稼げるしってそれだけだ。いつまで続くかは俺も分かんねェ」
「へぇ…なんかおもしろいな」
「興味あんのか」
「俺とは全然違うから…話聞いてると面白い」

好きなタイプは、男と女でどれくらい付き合った、今は恋人がいるのか、等々。遠慮せず、と言われた瞬間あれこれ口を吐いて出る様々な質問に我ながら呆れる。しかしやはり話を聞くのはおもしろい。キッドもローの質問の多さに苦笑しながら、それでも一つ一つ答えていった。逆にキッドもローに質問する。何の仕事をしているのか、普段の生活は、明日の予定は、なんていったありきたりのものだ。それでも打ち解ければ会話はスムーズに進む。ある意味これもまたいい経験かもしれない。

「ハハッ、お前ほんとよく喋るな」
「あ、悪い、なんか俺ばっかりいろいろ聞いて…」
「気にすんなって」

途中でキッドが出してくれた水を飲みながらローは渇いた喉を潤す。確かに少し喋りすぎた。それでもキッドは嫌な顔一つしない。なるほど、外見だけでなく内面もNo.1に反映されているのかもしれない。男は知らないが女は好きそうだ。ホストをしていたときもきっとは稼ぎは良かったんだろう。
それにしても、と呟いたキッドにローは視線を向ける。上げた顔が思ったよりもキッドの近くにあってびくりと肩が震えた。

「おしいよなぁ…」
「え、なにが…」
「部屋入ったときは今日はすげェラッキーだと思ったのに」
「は?」

何だろう、これは。何だかでてはいけない「そういう雰囲気」がでているような気がするのだが、気のせいだろうか。ギシリとベッドが揺れ、近づくキッドにローは小さく横へ移動する。伸ばされた手を振り払おうかとも思ったが、手はさらりと髪を撫でただけだった。

「なぁ…」
「ちょ、まて…キッド、」
「ほんのちょっとでいいからさ…な?」
「いやよくねぇよバカッ」
「別に挿れたりしねェし…ちょっと、触るだけ」
「え…なに、お前って挿れる側なの」
「は?」

最早押し倒されても何も言えない雰囲気をぶち壊したのはローの間抜けな一声だった。キッドの唖然としたような顔、それから徐々に寄っていく眉根も気にせず、挿れられる側じゃないのか、と雰囲気も読まずに言う。何の悪気も感じられない一言ゆえに余計に性質が悪かった。

「んなわけねェだろ!」
「だって普通はあれじゃん…客が挿れるじゃん」
「ここはタチ専門の店なんだよ。だから客がネコ。客が挿れられる側!」
「そうだったのか…あのジジイますます気持ち悪いな…」
「ったく…」

お前のせいでせっかくの雰囲気が台無しだ。拗ねたように呟いたキッドは腹癒せとばかりにローの頬を抓る。やめろばか、と顔を顰めてローが呟くとその手はぱっと離れた。その代わり抓った頬を労わるように撫でた。

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