Gift | ナノ

(現パロ)


学校からそう遠くない図書館に寄ってから帰るのが、ここ最近の、俺の毎日の日課だった。

その習慣が始まったのはそんなに昔の話でもない。
ついこの間ここらに越してきた俺はまだ学校に慣れず、この街のこともよく知らないもんだから放課後は一人ぶらぶらと探検がてら街を歩くのが常だった。だけどさほど大きくもない街だ、大方のものはすぐに見終わった。そうして最後に見つけたのがこの図書館だった。
市の中央図書館に比べれば全然小さいし、蔵書も少ない。だけど俺はここがすぐに気に入った。建物自体は古いけど小綺麗で、静かで、本当に用のある人しか来ない。もともと騒がしい場所が苦手な俺が、この場所を気に入るようになるまでそう時間はかからなかった。

それに、俺は秘かにこの図書館の司書が気になっていた。

赤い髪をしたその人はおおよそ文学的な雰囲気からはかけ離れていたが、そこもまた気になった。初めてこの図書館を訪れた日から俺はその人に釘付けで、自分でも男相手に何を思ってんだかと思ったが、意思に反して目はいつもカウンターにいるその人追っていた。

だから初めてそこに行った日、全然借りる予定のなかった本を持って、借りますなんて言ってしまったんだ。そのときはまだ初めてで貸出し用のカードなんか持ってなかったから、作ってもらったときに呼ばれた自分の名前とかカードを差し出されたときに当たった手とか、そんな何でもないことに馬鹿みたいだけど妙にドキドキした。
何やってんだとは思ったけど、そのときは顔が赤くならないよう俯いているのに必死だった。だから本を持ってその帰り際、ちらりと顔を上げてネームプレートを読み上げるくらいしかその日は出来なかった。

ユースタス・キッド。
俺は覚えたてのその名前を、まるで特別な言葉みたいに何度も頭の中で呟いた。少しだけ高くなった体温を、夕方の少しぬるい風で冷ましながら。


それから俺は毎日のようにその図書館へ通った。
学校が終わるのは四時ちょっと過ぎくらいだったから、十五分頃にはもう図書館にいた。それは学校に慣れてからでも変わりなかったし、バイトも部活もしてない俺は友達に遊びに誘われる以外はいつも放課後この図書館に来ていた。

図書館に入るとユースタス屋がちらりとこちらを見て、こんにちはと言ってくれる。ユースタス屋にとってももう俺はこの図書館の常連らしかった。こんにちは、と俺はその挨拶に早口で返すといつも行く本棚の列に向かうのだ。
そこからだとユースタス屋がよく見えたから。だけどユースタス屋の方からはあまりこちらが見えない、ちょうどいい場所だった。男が男を見つめるのにちょうどいい場所も何もあるか、と思うがそのときの俺は、言ってしまえば完全に恋する乙女モードだった。
この頃になると、俺ってユースタス屋が好きなんだなあ、とすでに認めていたから悩むことはしなかった。だけどそれを伝えようとも思わなくて、本を選ぶフリをしながら時折ユースタス屋を盗み見るだけで満足だった。

だから司書と常連の関係から一歩だって進歩はない。本の題名が分からないフリをして探してもらうとか、場所を聞いたりとか、そんな事務的な会話で俺の心は満たされていた。安いなぁと思うけど、叶わない恋にはこのくらいでちょうどいい。期待なんてしてるだけで虚しくなる。

だけどやっぱり、人間そう上手くはいかないもので。



(取れない…。)

その日珍しくも読みたい本を見つけた俺はそれを手にするのに奮闘していた。どでかい古い本棚の一番上にあるせいでなかなか手が届かない。脚立もないから自分でどうにかする他なかった。
そんな風に苦戦していたらいきなり後ろからふわりと覆い被さられて。俺が伸ばしたように後ろから伸びる手がその本を軽々と取ってしまう。

「これでいいか?」
「あ、りがと…ござい、ます」

そこには何とユースタス屋がいて、俺の顔は一気に赤くなった。いつもカウンター越しでしか接しないユースタス屋が、今は手を伸ばせば簡単に触れられる距離にいる。その近さとかけられた言葉にぼーっとしてしまいそうになる自分を叱咤して、お礼を言うと慌てて本を受け取った。困ったことがあったら言ってな、と笑うユースタス屋に見惚れてしまって返事が遅くなったのを怪しまれないかちょっと不安だった。

人間ってのはご存知の通り欲深いもんだから、俺はその日、あのユースタス屋の笑顔を見たときから、事務的な会話じゃ満足できなくなった。
それがきっかけもない初めて来た日からだったら大変だったかもしれないけど、今はきっかけがある。ユースタス屋がカウンター越し以外で話しかけてきてくれたその日から、俺は少しだけ積極的になった。と言っても新刊は入ったかとかどんな本がおすすめかとか、相変わらず本に絡めた内容だったけど。だけど挨拶をして貸し借りをするだけの頃と比べれば多大なる進歩だった。何せユースタス屋の方も最初に比べれば気軽に話してくれるようになったし、名前だってちゃんと覚えてくれたし。
だけどやっぱり限度がある。最初よりかは少しよくなったけど、司書と常連には変わりなかった。少しだけ満たされない気持ちもあったけど、それは押し殺した。


そんなある日。俺は久しぶりに明確な目的を持って図書館に行った。
ユースタス屋に会うためとかそんなんじゃなくて、借りたい本があったから。別に買ってもよかったんだけど、どうせ毎日図書館に行っているんだから借りようとそう思ったのだ。
図書館に入ると俺を見つけたユースタス屋が笑顔で挨拶してくれる。俺はそれだけで嬉しくなって、挨拶し返す。いつも同じことしてんのに、俺って本当安いと苦笑しながら奥の方へ向かった。
その本のカテゴリー分けされている場所は滅多に来ない図書館の奥の方で。ここら辺になるとユースタス屋のことが見えないからあんまり来たことがない。だけど借りたい本はそのどこかにあるから、俺はそれを探すためにうろうろと視線をさ迷わせた。


「…あ、すいません」

不意に誰かとぶつかって俺は声を上げた。見ればいつの間にかその空間は俺一人じゃなくなっていて、隣で本を開いて黙々と読む男の人がいた。椅子に座って読めばいいのに、なんて思いながらまた本を探し始める。そのとき不意に尻を撫でられたような気がしてびくりと肩が跳ねた。

(…な、んか…今…。)

ちらりと男を見るも、男は平然とした態度で顔をあげない。その姿に気のせいかと、そうは思っても少し気持ち悪かったから距離を取った。その瞬間借りたかった本を見つけてしまって。
運の悪いことにその本は男が立っているすぐ近くに置いてあった。何か嫌だなと思いつつも早く取ってユースタス屋の所に行こうという気持ちの方が強かった俺は、一度は遠くなった距離を自ら近づける。そしてその本を取ろうとした瞬間、

(…ぁ、っ!?なっ、…やっぱ、こいつ…っ!)

撫でるなんてもんじゃない、尻をぎゅっと掴まれて驚きに目を見開いた。いつの間にかその男は本を閉じていて、俺の背に覆い被さるようにして抱きついてきていた。
その突然の行動に思わず体が固まる。気持ち悪い、と頭の中が警鐘を鳴らすけど、背中に冷たい汗が流れるだけで体が動かない。動けなかった。俺より背の高いその男に後ろから覆い被さられて逃げ場がなかった。
耳元で聞こえる荒い息も本当に気持ち悪くて、どうして自分がこんな目に遭わなきゃいけないのか分からない。

「っ!ゃだっ…離せ…!」

暫くは思考が追いつかなくて呆然としていた。だけど体を弄る手つきに意識を取り戻し、ハッとして声を荒げれば伸びてきた男の手に口を塞がれる。くぐもった声しか出せなくなって、これから何されるんだと思うと恐ろしくって暴れまくった。でもその男にしてみればそんな抵抗なんて何ともないらしく、ブレザーのボタンが外され、そしてシャツのボタンも外される。一つずつ外されるボタンがまるでこれから起こる事へのカウントダウンみたいで恐い。

「ふっ、んんー!んっ、ふぅ…!」

必死で逃げようとするけれど俺の抵抗じゃ男の体はびくともしない。最後のボタンも呆気なく外されて、どうしようもなく恐くて目尻に涙が浮かんだ。首を振ってやめろと示しても男は離れない。確かめるように肌を撫でるぬるい手が余計に気持ち悪かった。

(な、でこんな…!やだっ、ゃだあ…!)

あまりに急な出来事すぎて、意味が分からない。撫で回す男の手つきに頭は依然として混乱していて、どうして俺なんだとか、男なのにとか、こんなところで、とか。そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回ってぽろぽろと涙が頬を伝う。だけど男は離れなくて、それどころか行為は益々エスカレートしていった。


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