Gift | ナノ

(学パロ)


放課後、静まり返った教室でローは一人日誌を開く。今日の日直当番はローだった。
面倒臭いなあと思いながらもページを開いてシャーペンを取り出す。これを書いてしまえば今日の仕事はもう終わりだ。そしたら次に回ってくるのはまた一ヵ月後。さっさと終わらせて帰ってしまおう、どうせ今日は一人だし。
そう、今日は一人なのだ。いつもは一緒に帰るキッドが、用事があるからごめんな、と言って珍しく先に帰ってしまったから。分かったと物分かりよく返事をしたけれど、やっぱり一緒に帰りたかったな、と誰もいない教室でローは独り言ちる。だけどキッドにだってそういう日はあるのだから、まあ仕方がない。

さっさと書くか。そう思って書き込んでいくと、同時に窓から入ってくる夕陽に目を細めた。夕陽はユースタス屋を思い出すから結構好きなんだけど、ちょっと眩しいかも、なんて思ってしまう自分に苦笑する。カーテン閉めるか、と思って立ち上がるとローは窓際に近寄った。そのときふと窓の外を見て、あ、と小さく声を上げた。
そこには校門に向かってせかせかと歩いて行くキッドがいた。まだ帰ってなかったんだ、とぼんやり思いながらその後ろ姿をじっと見つめる。こっち向かないかな、無理だよな、なんて思う自分の考えに再度苦笑しつつ、ローはカーテンに手をかけた。
今から思えば、キッドを目で追うことなどせずにすぐにでも閉ざしてしまえばよかったのだろう。それか夕陽なんて気にしなければよかったのだ。

だって校門の外で待っていた見知らぬ女の子が、キッドを見つけると嬉しそうに走りよって隣に並んだから。
大人しく日誌を書いていれば絡み合った二人の腕も、きっと見なくて済んだだろうに。



次の日、ローは一人で学校に向かった。いつもならキッドが迎えに来てくれるのだが、今日はそれを待つ気もしなかった。でも怪しまれることもない。時々ローは遅刻ギリギリのキッドに付き合うことなく先に行ってしまうことがあった。だからキッドが迎えに来てローがいないのを見つけたとしても、またあの気まぐれか、としか思わないだろう。
そんなときは様子を見にローの教室までわざわざやって来ることもないから、朝から会うことだけは避けられると少しだけ安堵した。今キッドに会ったとしても、昨日のことが頭にチラついてどんな顔をしていいか分からないし、絶対上手くなんて喋れないから。
でもいつまで逃げてられるだろう。ローは自分の席に着いて本を開くも、思うのはそんなことばかりだった。昨日のことはやっぱり聞いた方がいいのかどうなのか。
でももし、ただの友達だったら…変に勘繰ったせいで面倒臭い奴だと思われるかもしれない。それともやっぱりなかったことにして、いつも通りに過ごした方がいいのだろうか。

常ならば本を捲ればすぐにでもその世界に入れた。だけど今日はどうにもそうはいかなくて、昨日のキッドのことで頭がいっぱいになる。
一体何だったんだろうかと終わりのない悩みに頭を唸らせていたら、ふと前に座っていたクラスの女子たちが「キッド」と口にしたのでドキリと心臓が跳ねた。
早口で喋るその声は耳を塞いでいたって聞こえるのに、いつの間にかローはその子達の会話に耳を傾けていた。

「昨日さぁ、私見ちゃったんだよねー。キッドくんが彼女と放課後デートしてるとこ!」
「ウソ!マジで?!」
「私も昨日見てビックリしちゃてさー、なんか他校の可愛い子と歩いてんの。超仲良さそうだったし、あれって絶対彼女だよ」
「えー!地味に狙ってたのになぁ…あーあ、ショックー」

そっかぁ、彼女いたのかー、と項垂れて落ち込んだような声を出す一つ前の席の子に、まるで内側から叩かれるようにして心音が激しくなっていく。聞かなきゃよかったかもしれない、なんて後悔してももう遅くて、耳から入ってきた情報は脳ですっかり処理されていた。
昨日の子はやっぱりキッドの彼女なんだろうか。好きだと言われた記憶は確かにあったはずなのに、まさか嘘だったのか。それとも冗談で言ったのを馬鹿みたいに本気で受け取ったから都合よく扱われていただけだったのかもしれない。恋人同士って思ってたのは自分だけで、本当は。

すっと急激に体から血の気が引いていく。そのことをキッドに聞いてみようと思う気さえ、怖くて起きなかった。



授業が始まっても、今までのは全部そういった「フリ」だったのかとか余計なことを考えてしまってローは全く集中することができなかった。教科書とノートが机の上に開いて置いてあるだけで、シャーペンを握る右手はピクリとも動こうとしない。
ノートのある一点を見つめてぐるぐると考え込んでいたら、ふとポケットの中で携帯が短く震えて驚きに小さく肩が震えた。こんな時間にメールしてくる人をローは一人しか知らない。
ユースタス屋だ、ローは咄嗟に思う。少し躊躇してから携帯を取り出すと、机の下でゆっくりと開いた。画面に踊る新着メールの文字にローの指が戸惑うように動く。だがメールを開いてみればなんてことはない、いつもの誘い文句だった。

『次の授業サボれるか?』

そうして反射的に時間割を見てしまう自分が悲しかった。決して行かないだろうと、自分でも分かっているのに。
ローはそのメールに返信することなく携帯を閉じると、再びポケットの中に突っ込む。そうしてシャーペンをカチカチと叩くと黒板を見つめてノートに写し出した。

結局ローは次の時間も、また次の時間もキッドの誘いに乗って屋上に行くことはなかった。誘いに乗らないこと自体稀だったが、それでも行かない時はちゃんと行かないと返信していたのだから恐らくキッドは不審がっているに違いない。

昼休みになって、ローはそそくさと教室を後にする。いつもならキッドが迎えに来てくれて一緒に昼食を取るのだが、もちろんそんなことが出来るはずもなく。
ローはもともと昼食を取らない人間だった。ただキッドと一緒にいるようになったから少し食べるようになっただけで、それまでは無理矢理ペンギンに食べさせられていた。たまにキッドが学校を休んだ時など、ペンギンは変わらずローの口にパンを詰め込もうとする。それが嫌でキッドがいないとき、ローはよく図書館へと逃げていた。
その図書館へ来るのも久しぶりだった。昔はよく座っていた、入り口から死角になるところに腰掛けて適当に本を取ると読んでいく。
キッドを避けているという罪悪感は起こらなかった。ただ今は会いたくなかった。

一方キッドは迎えに来た教室にローがいないことを不思議に思っていた。ペンギンに聞こうにも、委員会の用事で呼び出されたらしくすでに教室にはいない。
避けられてるのか?キッドは首を傾げる。避けられるようなことは一切何もしていないつもりだが、朝からまだ一度もローに会っていないことを考えるとその可能性も低くない。普段なら来ないと怒るくせに、そのくせ自分から来るようなことは一度もしたことがない我儘で甘ったれな奴が、どうして自ら会わないのかキッドにはよく分からなかった。


ローは図書館の、誰もいないその静かな空気の中でじっくりと本を読んでいた。本に集中できる今なら少しだけキッドのことを考えずに済む。出来ればずっと考えなくて済めばいいのだが、生憎そう上手くはいかない。

「トラファルガー、いるか?」

いきなりガラッと大きくドアが開かれて、掛けられたその声にびくりと体が震えた。入り口から死角となっているこの席は決して見えないだろうが、それでもローは体を縮込ませる。
どうしてユースタス屋が、そう思うと心臓が激しく高鳴って、この音が聞こえてやしないかと不安に思うほどだ。けれどキッドは気付かずに、傍から見れば誰もいない空間であるその図書室に向かって舌打ちすると開けた時と同様、ガラガラと大きくドアを閉めた。

はぁ、と詰めていた息をローは吐き出す。見つかってしまいそうで、呼吸すら出来なかった。
それにしても、キッドはああして昼休み中ずっと自分を探しているのだろうか。そう思うとローの胸辺りがぎゅっと締め付けられる。でもその度に昨日のキッドが思い浮かんで、どうしたらいいのか分からない。「フリ」だとしたらキッドの態度はあまりにも優しすぎて、ならあれは浮気だったのだろうかと思い始める。
どちらにせよ、ローにとっていいものでないことは確かだった。それでもやっぱり聞くのが怖くて、ぱたりと本を閉じると机の上にうつ伏せた。

昼休みが終わり、授業が始まる。授業合間の休憩にキッドが来やしないかと少し不安に思ったが結局キッドは来なかった。それに安心したような、悲しいような、なんとも言えない気持ちになる。会いたくないけど探してくれたら嬉しいし、会いに来てくれたなら嬉しい、そう考えるどっちつかずな自分にも嫌気がさした。
結局どうしたいのか分からない。鬱々とした気分を溜め込みながら、ローは授業が終わる数分前、放課後になってしまう前にノートやら教科書やらを適当に鞄に詰め込んでいく。授業が終わったらすぐ帰れるように―…やはりキッドに会わないようにするためだ。会いに来てくれることを望んでいるのにそれを自分から無碍にするなんておかしな話だ、とローはそう思いながらもチャイムがなるとすぐに教室から飛び出していった。

下駄箱で靴を履き替えていると、不意に腕を掴まれた。誰かと思ってみれば、そこにいたのは遠くからでも目につくような赤い髪をした男。そんなの、この学校にはたった一人しかいない。
ユースタス屋、とローは呟いたつもりだったが言葉にならなかった。

「もう帰のか?」
「え…あ、あぁ。今日は用事あるから…」
「その用事って俺を置いてくほど急ぐんだ」
「それは…」

どこか棘を含んだ口調に、ローは何も言えない。そもそも用事などないし、口からでまかせだった。キッドはそれを分かって言っているのだろうか。何にせよ、ローはキッドに嘘を吐くことが苦手だった。あの赤い瞳でじっと見つめられると、何もかも見透かされたような気分になる。
ぎゅっと唇を噛み締めて俯くローをキッドはどう思ったか。ただ何も言わずに、帰ろうぜ、と当たり前のように言うとローの手を引いて歩き出した。

何も話さない二人の沈黙は重かった。いつもなら心地いいそれも、今は関係を悪化させるものでしかない。
それにキッドはなかなかローの手を離したがらなかった。まるで逃げるといけないからとでも言うようにぎゅっと手首を掴まれて、二、三歩遅れて歩くローを引っ張るようにして歩いていく。

「…ユースタス屋、手痛い」
「あぁ、悪ぃ」

ぼそりと咎めるように言ってはみたが、その手の力が少しばかり緩まっただけで離されることは決してなかった。いつもと違うその強行な態度に怯えが走るもローはこんな状況を作り出したキッドが悪いのだと思いなおす。なのにこれじゃあまるで自分が悪いみたいじゃないか。

沈黙の中、ローは自宅が目前に迫っていることにふと気がついた。キッドの家はローの家のさらに奥を行ったところにあるから、キッドがローを家まで送るのは常だった。
その家に着くまであともう少し。そしたらこの空気から解放される。けれどキッドは簡単にその手を離そうとはしなかった。

「なぁ、今日お前んち行ってもいいか?」

振り返らずして告げられた言葉にローが息を呑む。いつもなら断る理由が見つからないその申し出だが、今日は勘弁して欲しかった。これ以上キッド一緒にいれるような気分じゃない。だけど手首を握る力は答えないローに比例して益々強くなっていく。

「っだめだって…今日用事あるし…」
「その用事ってなに」
「…ぁ、部屋、汚いし、」
「別に構わねェけど」

何を言ってももう無駄だと悟った時にはすでに自宅に着いていた。
一目見て分かるように、今日のキッドの機嫌は頗る悪い。きっと自分が何も言わずにキッドのことを避けていたせいだろう。ローはそう思っていたが、その余所余所しい態度も、怯えたようなところに対してもキッドは苛々していた。一体自分が何をしたのか。キッドは分からないからこそ余計に。

「で?他に何か言い訳は?」

そこまで言われてしまえばもう駄目だ。きっとキッドは避けられているのを気付いてて、それで怒ってるんだ。そうは思ったがやっぱりその原因を作ったのは昨日のキッドに思えて、怒りたいのはこっちの方なのに理不尽だ、とローは思う。

けれどこのまま無言の押し問答を繰り返していても埒が明かないのでローは仕方なくキッドを家へと招き寄せた。

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