Gift | ナノ

(現パロ)


今日はユースタス屋と前々から映画を見に行こうと約束していた日で、俺はこの日をとても楽しみに待っていた。今すぐにでも出掛けて早くベポに会いたいところだが、まだ待ち合わせの時間にはなっていない。
白熊のベポシリーズは大人気のシリーズだし、今日は公開初日だからきっと混んでいるだろうと前もって早い時間帯で見ようと決めていた。ベポのためなら俺は早起きだってできるし、奇跡的にも待ち合わせ一時間前にはすでに準備万端だった。いつでも出れる準備をした俺は、落ち着きなく時計と睨めっこを繰り返しては今か今かとその時を待つ繰り返し。
ああ楽しみだ、なんて。思っていたのに。

携帯が短く一度だけ震えて、チカチカと赤く光る。この色はユースタス屋からメールがきたときのものだ。
あともう少しで会うというのに一体何の用事だろうかと、何気なく開いたそこには予期しなかった言葉が並んでいて、ぱちりと思わず瞬きを二回繰り返した。
それは例えば、『悪ぃ、行けなくなった』のような。

「…は?」

その文を五回読んで口から出た言葉は気の抜けたようなもので、だけど文の意味はよく分からず、もう一度だけじっくりと読んでみる。
そうしてじっくり読み終わってから、俺の指は無意識のうちにユースタス屋へと電話をかけていた。

プルルル、と鳴る音に合わせて呆気に取られていた俺の中でだんだんと苛立ちが募ってくる。
前の日とかならまだ分かるけど、待ち合わせ一時間前にドタキャンなんて一体どういうことなんだ。確かに無理矢理誘った感はあるけども、承諾したからには俺が納得出来るような理由をつけて、あんな申し訳なさゼロのメールじゃなくて謝罪の電話でも寄越せっつうの!


『……もしもし』
「おい、ユー…スタス、屋…?…あれ、俺番号間違えたかな」
『間違っちゃいねェよ…』
「え、ユースタス屋?マジで?なにそのがらがら声。つかなに…もしかして風邪?」
『…悪ぃ』
「は?ふざけんな、なんでこんな大事な日に風邪引いてんだよ!馬鹿は風邪引かないって言うだろーが!」
『分かったから大声出すなよ…頭に響く』
「………」

重症だ。反論してこないなんて大分重症だ。

電話が繋がる少しの間に、このすばらしい頭を以ってして考えていた数々の罵倒はまるで萎れるように消え失せてしまい、その弱々しい声に全神経が集中する。
ともすれば別人とも思えるようなその声色にいつものような突っ掛かりはなく、本当に参っているようにさえ思えてしまう。

「まさか腹出して寝てたんじゃねぇだろうな…」
『違ェよ…朝起きたらこうなってたんだって』
「…ハァ。じゃあもういいから、大人しく寝てろよ」
『本当悪ぃ…埋め合わせは別の日にするから…』
「当たり前だろバカスタスめ。…じゃあな」
『あぁ…』

さすがに俺も鬼ではないから病人を無理矢理連れ出すなんてことはできない。ブツッ、と通話終了の音がして、案外呆気なく終わった会話を思い返しながらため息を吐いた。真冬に冷水浴びても風邪引かないような奴なのに、タイミングが悪いと言うか何と言うか。
もっとピンピンした感じだったら気兼ねなく責められたのに、あんな風に弱々しいユースタス屋の声は聞いたことがないからどうしていいか分からなくて、逆にこっちの方が参ってしまう。まったく、風邪なんか引いたうえに俺の調子まで狂わせやがって。
治ったらたっぷりその分を搾り取ってやる。だから早く治してもらわないと。




「…で、お前一体何しに来たんだよ…」
「可愛い恋人が見舞いに来てやったんだぞ?喜ばしいことだ、風邪も吹っ飛んだだろ」
「うっせェ…マジで頭痛くなるから喋るな」
「照れ屋さんだなユースタス屋は。よしよし」

ユースタス屋との電話を終えて、あれから俺は五分ほど考えた。
ユースタス屋には早くその風邪を治して欲しい。確かに飯食って薬飲んで寝てれば治るけど、やっぱりよりよく早く回復するためには看病が必要じゃないか?だからユースタス屋が大好きな可愛い恋人である俺がユースタス屋を看病してやったら、そりゃもう効き目抜群なはずだ。それに今日は出かけること前提で過ごしてたから、このまま家で過ごすのも何だか物足りないしちょうどいいかもしれない。暇潰し的な感じで見舞いに行ってやるか。

「つうことで来ちゃった」
「…ああ、そ」
「なんだよ、そのリアクションの薄さ。手を叩いて喜べよ」
「俺はアホか…いろいろ分かったから、静かにしてくれ」

それか帰れ、とユースタス屋の目が恨めしげに語っていたので、肩を竦めると仕方なく口を噤んで大人しくベッドの端に腰掛けた。

ユースタス屋は電話口と変わらぬがらがら声で、ベッドに寝転がったまま俺を出迎えてくれた。どうして入って来れたんだ、って驚きと不審さが混じったような目で見られたから、ただ鍵が開いてたから勝手に入ってきただけだと眉根を寄せた。まったくこいつは、俺がピッキングでもして入ってきたと思ったのだろうか。不審者扱いしやがって、今更お邪魔しますとか言う間柄でもないだろうに。
そんな俺にユースタス屋はいつもなら勝手に入ってくるなとか言うはずだけど、今日はやっぱり何も言わず、いや言いたいことはあるんだろうけど目で訴えるだけで終わっていた。大人しくベッドに寝転がって、ああそうかと呟くだけ。こんな大人しいユースタス屋見たことないし、なんか新鮮でいいかも。

「医者行った?」
「あー…薬貰ってきた」
「じゃあ昼飯作ろっか。食わなきゃ飲めねぇだろ?」
「いや、いいってマジで。火事になる」
「失礼な奴だな。お粥ぐらい誰でも作れるっつーの」

何だかベッドの上で咳き込みながらぐったりしているユースタス屋を見ていたら急に庇護欲が沸いてきて、暇潰しだったはずが本格的に看病したくなってきた。俺の看病なんてそうそう肖れるもんでもないから大人しく甘んじていればいいんだ。
心配と恐れが入り混じったような顔で俺の腕を掴んで引き止めるユースタス屋の腕を優しく引き剥がすと、にこりと笑ってから部屋を出た。



このぐちゃぐちゃに溶けた、米だったような物体を人はお粥と呼ぶのだろうか、いや呼ぶに違いない。少しばかりどろどろになっただけでちゃんと卵粥には出来たし…味見はしてないけど多分大丈夫だろう。大丈夫だ。

「ほら、出来たぞ」

出来たそれをユースタス屋のところへと持っていくと、ユースタス屋は劇物でも見るかのように恐る恐る器の中を覗き込んだ。失礼な奴め、俺だってこれぐらいはちゃんと出来るぞ。

「なんか…デロッとしてね?」
「味には変わりねぇよ。はい、あーん」
「自分で食うし」
「大人しくされとけ」

俺の愛情たっぷりの卵粥を劇物扱いした仕返しだ、とスプーンで掬って軽く冷ますとユースタス屋の口元まで運んでやる。こんなに甲斐甲斐しくしてやることなんてないんだからな、と言わんばかりに見つめれば、折れたユースタス屋はゆっくりと口を開けて口に含んだ。

「美味いだろ」
「…まあまあ」
「素直に素直に」

咀嚼するユースタス屋の顔が悪くないと語っていておかしくなった。からかってやれば、うるせェと言われたけどパクパクと食べていくその姿を見ると全く効果がないように思える。
それにしても餌付けしてるみたいで楽しい、なんて思っていたらユースタス屋はあっという間に食べ終えてしまった。どうやら食欲はいつも通りあるようだ。

食器を下げて戻ってきてみるとユースタス屋は扉に背を向けて横になっていた。ベッドサイドにあるテーブルには薬を飲んだ形跡があったから、きっと薬はもう飲んだんだろう。せっかく口移ししてやろうと思ってたのに。
勝手に残念がっていたらくるりとユースタス屋がこちらを向いて。

「俺もう寝るけど…お前帰った方がいんじゃね?」
「どこにいようと俺の勝手だろ」
「風邪移ったら困るだろ…。俺んちにはいてもいいけどリビング行くとかさ、この部屋にいたら移るって」
「ユースタス屋の菌なら移っても平気だから大丈夫」
「お前な…知らねェぞ」

そう言ったユースタス屋は呆れたようにため息を吐いてみせたけど、結局ユースタス屋は俺に甘いもんだから無理矢理追い出したりなんかしない。俺もそれに甘えて部屋を出ない。
寝るからな、と釘を刺したように言うユースタス屋に曖昧な返事を溢すとユースタス屋の髪を撫でる。いつもは無理矢理立たされてる赤い髪は実はとても柔らかい。その感触を楽しむようにくるくると指に巻きつけて弄る。

ユースタス屋はあんまり髪を触られるのが好きではないらしい。前にキラー屋が教えてくれた。でも俺が触るときは何も言わずに黙って好きなようにさせてくれる。こういうところがすごく好き。

こっそりとユースタス屋の顔を窺えば、どうやら夢と現の境をさ迷っているようだった。うつらうつらしてはいるけど意識はぼんやりとある感じ。
そんなユースタス屋もあんまり見たことがなくて面白い。今日は新しいユースタス屋の発見ばかりしてる気がする。

「ユースタス屋、」

呼びかけてもユースタス屋は反応しなかった。
反応する気力もないのか、それとももう寝てしまったのだろうか。

「…キッド」

上体を少し倒すとギシリとベッドが鳴ったけど、気にせず唇を耳元まで運ぶとそっと囁く。さっきは反応しなかったのに、ぴくりと揺れた肩に面白くなってそっと耳朶を食んだ。

「ん…」

今まで横向きに寝ていたユースタス屋の体がごろりと寝返りを打って仰向けになる。どうやら俺のイタズラがお気に召さなかったらしく、眉根を寄せたまま。凶悪な寝顔だなぁ、なんて面白く思いながら眉間の皺を解すように指でそっとなぞってやる。
ユースタス屋の寝顔は数えるぐらいしか見たことないから、自ずとじっくり確かめるように見てしまう。
まじまじと見ていれば次第に眉間の皺が消え失せ、それなりに穏やかな寝顔。結構可愛いかもしれない、なんて思いながら熱のせいでほんのりと赤く染まった頬をそっと撫でた。俺の手は冷たいから余計にユースタス屋の頬が熱く感じる。
それはユースタス屋も同じようで、手の冷たさがいいのかまるで擦り寄るような動きにぎゅっと心臓が掴まれたようになった。うわー、何これ本当新鮮だって。可愛いかもしんない。

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