Gift | ナノ

愛している、と言うとユースタス屋はいつも不機嫌そうな顔をする。それに気づいたのは何回目かのセックスのあと、不意にその言葉を口に出したときだった。その顔がなかなか面白かったから、思いついたときにベッドに寝転んだまま口に出すのはよくあることで。
ピロートークなんてあったもんじゃないし、俺は疲れてすぐ眠るからユースタス屋は何も言わないけどそうじゃなくてもきっと何も言わないだろう。(だって最初もそうだったし。)
気が向いたらシャワーでも浴びるけど、大抵は静寂を身に纏ってシーツに包まるだけ。そうして俺は朝早く起きてこっそり船を出る。ユースタス屋とのセックスは気持ちいいから気まぐれに来て気まぐれに帰る、ただそれだけ。

今日だって。

疲れた俺は襲いくる眠気に抗うことなくベッドに体をゆだねる。そうして目を瞑ると何もかもどうでもよくなって少しだけ息を吐いた。
ギシリ、とベッドが少し沈む。ユースタス屋がシャワーを浴び終わって戻ってきたんだろう。俺はもうシャワーを浴びる気力もないってのにこいつは。

「もう寝んのか」
「寝るよ馬鹿いや寝させろ」

こちとら好きで来てるとはいえお前に付き合ってクタクタだ。背を向けて完全に外界シャットアウト状態、口を開くのも面倒で。

それなのに何故か、眠る気になれなかった。眠気に誘われて目を瞑ると逆に脳が冴えていくのが分かる。なんだこれ新手のイヤガラセかと自分の身体に愚痴をこぼすが無駄で。
どうしようもないので寝返りをうってユースタス屋の方を見れば相変わらずベッドに座ったまま。

「寝ないのか?」
「てめェは寝たんじゃなかったのかよ」
「眠くなくなった」

そうかと言ったユースタス屋は何か考え事を俺も眠くない、と取って付けたように付け足した。何だか面白くない。

暗い部屋を窓から入る月明かりが薄らと照らし出す。ユースタス屋の表情は見て取れないが、髪を下ろして化粧もしてないこいつはある意味別人だと思う。
さっきも言ったがピロートークも何もありはしないのでこんなときに話すことは皆無だ。それでも心地良いとも思える静寂が辺りを包むからなくてもいいと思えた。

ふと何気なく絡まった視線に空気の震える音がする。あからさまに寄せられた眉間の皺に小さく笑った。
この5文字がそんなに嫌いなのか、俺が言うから嫌いなのかは知らない。他には何も言わずに俺は目を閉じることにして、いつもはそこで終わり。

でも、今日は。



「っとに意味分かんねェ野郎だな」

そっと伸びた手がゆるりと頬に触れて、乱暴な言葉と裏腹なそれに伏せた目をあげる。
いつも何も言わないくせに今日に限って何だというのか。どことなく真剣な顔をしたユースタス屋に、喉元まででかかった言葉は溶けて消える。背を向けることさえも出来ないで。

いつもそうだ、と。


「てめェはいつも、愛してると言うとき泣きそうな顔をする」
「…は、なに言って、」

頬に触れた手が、ユースタス屋の親指が目尻をなぞる。静寂に飲み込まれそうな小さな溜め息もユースタス屋のもの。
でも俺の頬を伝う生暖かい液体は、俺のもの。ポトリ、と落ちてシーツに染みを作る。

分からなかった。確かにユースタス屋は遊びで、セックスは気持ちいいからするもんで、気持ちよくさせてくれるからユースタス屋のところに会いに来て、それで、

それでなんで、俺は泣いてるのだろう。

自分の身体なのに自分の意思で止められないこの涙はシーツとユースタス屋の指先を汚すだけ。言いたいことはたくさんあるのにいま口を開けたらきっと嗚咽しかでてこない。
堪えきれなくってもう一度目を伏せると聞きなれた言葉が耳をついた。

「っ…何でそんなこと、」
「その言葉そっくりそのまま返してやるよ」

そう言ったユースタス屋の舌が涙を舐めとる。
全部ユースタス屋のせいだ。涙が出るのもこんな意味の分からない気持ちを自覚してしまったのも、全部、ぜんぶ。
嫌なのに耳元に寄せられる唇から抱き締められた体が逃れられない。

「ロー、」
「…言うな」
「好きだ」
「、黙れ」
「愛してる」
「っ、」

口を塞ごうと伸ばした手も捕まえられて、耳を塞ぐことも出来ず。ただゆっくりと直接脳に吹き込まれるようにして放たれた言葉は、一番聞きたくなかったもので。
その言葉は俺を駄目にするから、ユースタス屋の口からは聞きたくなかったのに。知ってるくせにユースタス屋は。

「言うのはよくて言われるのは駄目なのか?」

いつもてめェが言ってるくせに。

じっと見つめてくるユースタス屋の視線に堪えきれずに逃れた先には青白い満月があって。差し込む月明かりがやけに明るく感じたのは満月のせいで、きっとそれは俺のこの顔も照らしてる。泣き顔を見られるなんて屈辱以外の何ものでもないのに。
涙が、止まらない。

「…帰る」
「逃げんなよ」
「な…放、せっ…!」

ベッドから出ようとしても強引に腕を引かれてまた逆戻り。口を塞ぐようにしてキスをされた。
ガリ、と音がして口の中に広がる鉄の味。顰められた顔がチラリと見えたがそんなのどうだっていい。ユースタス屋の肩を押せばいとも簡単に離れていく体。早くここから立ち去りたい。なのにユースタス屋が邪魔をする。

「てめェの方が俺のこと好きだろうが」
「は…自惚れんのも大概にしろ」

おめでたい頭だと言ってやりたいところだが口がうまく回らなければ思考回路もままならない。好き?ユースタス屋のことが?

ふざけろ。そんなこと知りたくもない。

思わず口をついて出た言葉はどうやら聞こえていたらしい。てめェはいつも逃げてばかりだ、とユースタス屋の聞き捨てならない言葉が耳に届く。

反論する前に押し倒された体がベッドに沈むとシーツに縫い付けられた指に逃れられないことに気づく。でももう、遅い。


「てめェはもう俺のものだ」


自分勝手すぎるその言葉は応えなどハナから求めていないらしい。
でも俺はユースタス屋とは違うから。その言葉に耳を塞いで、何もかも知らないフリをする。優しいキスも手つきも眼差しも、その言葉でさえも、全て。

俺はお前の愛なんていらない。望んでないことは必要ないんだ。
きっとあの顔は二度と見れないだろう。そのためだけの台詞だ。必要がなくなれば捨てるだけ。(認めてしまうぐらいならそれで。)

だから、愛してるはもう言わない。



独りがりでご手な


(ユースタス屋は自分勝手。)
(トラファルガーはいつも逃げる。)







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