絵空事 | ナノ

ただいまの時刻11時17分。日付が変わるまであと残り43分。ふあ、と欠伸をしたローが寝ぼけ眼を擦る。その様子を見つめてそわそわそわそわしている俺なんてお構い無しにその瞳は眠たそうだ。まあいつもならローはそろそろベッドに入ってる時間だしな。

でも、でもな?
ほら、今日はいつもとは違った日だろ?

「…目障り」

パンッとローの小さな手が俺の腿を叩く。激しく揺れていた脚は途端に静かになり、自分が無意識に貧乏揺すりをしていたことに気付く。悪ぃ、と浮ついた態度で謝ってもローは何も言わなかった。その代わり、ふあ、ともう一度欠伸を洩らす。

「キッド」
「な、っ、なんだ?」

不意に呼びかけられた言葉に俯いていた顔を勢い良くあげてローを見た。早まるな、はやまるな、と思ってもこのタイミングで声をかけられたことに期待は高まる一方で。いつの間にそんなに焦らすのが得意になったってんだ。この小悪魔、クソ、でも可愛い、などと思いながらひたすら紡がれる言葉を待っていた、ら。

「寝る。おやすみ」
「まてまてまて!」

突然投げかけられた言葉に頭が固まる。ピシッと音がしそうなくらいだったくせに、体の方はやたらスムーズに動いてくれた。颯爽と自室に向かおうとするローの腕を掴みながら、俺は涙が出そうだった。
たった二文字だ。たった二文字の「寝る」という言葉で俺の儚くも淡い幻想はズタボロに引き裂かれる。どうせなら「好き」とかそういうのがよかった。そっちの二文字がよかった。何だよなんだよ、ここまできて寝るなんてそりゃないだろ。弄ばれた俺の気持ちどうなっちゃうわけ。おもっしろくもないテレビ見ながらまだかまだかとうずうずうずうずしてた時間は無駄だったってことかそうかそうかそうなのか。だったら部屋で大人しくデットライン目前のレポートやってた方がマシでしたよ返せ俺の時間と期待。

「なに?寝たいんだけど」
「ローくんその前にお兄ちゃんに何か!言うことは!!」
「ねぇよ」

は?と言いたげなその顔な。

うんうん、もういいよ分かったわかった。悲しいけどこれが現実なんだな、ローにとってはどうでもいいんだな、そうかそうか。


やっべ泣ける。


「……いや、何でもねェよ…おやすみ」
「んだよ、意味分かんねぇの」

緩く腕を放せば、眉根をよせたローがパッと離れて行く。項垂れる俺を尻目にリビングの扉を開け、そうして呆気なく二階へと消えて行った。
そうだよ、ローだっていつまでも子どもじゃねェんだし、昔みたいにベタベタしたものを強請られても困るよな。でも別に俺が欲しかったのはそんな甘えてくっついてキッドキッドなんていうローじゃなくて(いやくれるならすげェほしいけど)、たった一言。そう、たった一言、誕生日おめでとうって言ってくれるローが、欲しかったんだ。

「…つらい」

そりゃな?今日の夕飯は俺の好きなものがたくさんでたし?ケーキもちゃんとありましたよこの歳にもなってちょっと恥ずかしいけど!
でも俺が欲しいのはそんなんじゃなくて、いやそんなんとか言ったらアレだけど、でもやっぱり欲しいのは、


ピリリリ


不意に短く鳴った携帯。項垂れていた頭を持ち上げるとゆっくりとテーブルに目をやる。どうせくだらないメールなんだろうと思いながらも、のろのろとした手付きで携帯を手に取った。なんか俺の気分をあげてくれるようなもんだったらなーと乾いた笑みを浮かべながらメールアプリをタップして、表示された名前に思わず目を見開いた。
ーーーーーーーーーーー

Frm:ロー
To:キッド
件名なし
1月10日(木)23:56:14

お前の部屋の机の上

ーーーーーーーーーーー


書かれていた文章はそれだけの、ひどく簡潔なメールだった。
俺は急いで自室に駆け上がると勢いよく扉を開ける。そうして目の前に広がった机の上には、夕食前に出た部屋には見つからなかった、見慣れない丁寧にラッピングされた袋。Happy Birthday!と控えめに存在するシールに打ち震えたのは言うまでもない。

急いで向かいの部屋の扉を開ける。布団に包まった存在に飛びつかんばかりの勢いで駆け寄るとその塊を揺さぶった。

「ロー!ロー、まじでありがとな!お前が何にも言わないからてっきりもう俺のことなんてどうでもいいんだって」
「ん〜〜っるさいなバカキッド!」

思ったことをそのままに矢継ぎ早に伝えれば、ばさっと布団から顔出したローの目がきゅうっと細まる。眠そうに、起こされたことに不機嫌そうな顔をしながらもその頬はほんのりと赤い。それがまた愛おしくて可愛くて俺はどうしようもない気持ちになる。

「ロー…ほんとにありがとな」
「…中身」
「え?」
「だから中身!中は見たのかよ」
「あ」
「見てないのにくんな馬鹿!」

そうだ、興奮しすぎて中を見るのを忘れてた。
ふいっと背を向けてしまったローに、慌てて持ってきたプレゼントの袋を開ける。見ると中にはシンプルなシルバーのネックレスが入っていた。

「これ…」

ローから何かを貰えたというその事実が嬉しくて嬉しくて、俺はまるで神聖なものにでも触れるかのようにネックレスをそっと取り出す。震える声も隠さずに手の中のひんやりとした、それでいて温かい感覚を感じながら今度は違う意味で泣きそうになった。

「っ…気に入らないなら、使わなくていいから」

それなのに、なにを勘違いしたのかローはそんなことをいうから困る。気に入らないわけないだろ、使わないなんてありえねェよ。あ、でも勿体無くて使えないってのはあるかも。

「俺がローから貰った物を気に入らないわけないだろ?すっげェ大事にするから。ほんっとありがとな!まじで嬉しい」
「…別に、そんなん安物だし」
「ローが俺にくれたってことに意味があんの」

値段なんて何の意味もない。ローが俺のために悩んでくれた、選んでくれた、俺にとって意味があるのはそれだけだ。
ちゅっと額にキスを落とせば赤い顔がさらに赤くなる。ああ可愛いなあ、なんて思ってるあいだにも素直じゃないローは不機嫌そうな顔をする。そんな顔真っ赤にされた状態で必死に作られても余計可愛いだけなのにな。

「な、ロー。あれ言ってくんねェ?」
「あれ?」
「そーそ」

あれ、といいながらラッピング袋に貼ってあるシールを指差すと、ローが布団を口元まで引き上げる。そのままモゴモゴと何か呟くが、聞こえないと耳を近づけるとグイッと乱暴に耳を引っ張られた。

「…誕生日、おめでとう」

言った瞬間、そそくさと布団に逃げようとするローを捕まえて隅に押しやると俺もベッドにダイブ。狭い、出てけ、と顔を赤くしたローに怒られたが、嫌だと腰を抱き寄せるとそれ以上は何も言わずに大人しくなった。

「まじ嬉しい」
「そればっかじゃん」
「だって本当に嬉しいんだって」
「…それつけて寝るのか?」
「おう、これからは寝食共にするわ」
「ばかじゃねぇの」

風呂は外せよ、とローは言ったがその口元は微かに笑っている。素直じゃねェなぁと思いつつもそんなところがまた可愛くて、好きだと耳元で囁くと力のない手にポスンと胸を殴られた。



***
去年上げ忘れてたキッド誕がようやく日の目を見ました


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