絵空事 | ナノ

(ホスト×大学生)


二回目に鳴ったチャイムは華麗にスルーしたが、さすがに三回目となると苛立ちが募る。聞こえないふりをしてじっとしていたが、生憎と扉の向こうの相手が帰ってくれる様子はない。仕方なしに玄関を開けると、やはりと言うか、見慣れた男の姿に溜め息を吐いた。


「お前ちゃんと確認してから開けろって何回言わすよ」
「連打すんのなんてアンタぐらいだっての」
「だって一回じゃ絶対出て来ねェだろ」


いい加減居留守やめろよと笑う相手を感慨もなく見つめる。


「相変わらず暇なんだな」
「だから暇じゃねェし。貴重な時間を割いて来てんだから」


どうだか。ほぼ毎日同じ時間に来ているくせに。
呆れ顔で目の前に佇む自称ナンバーワンホストを見つめる。こいつとの出会いはいつだったか、こうして家に来るようになったのはどうしてだったか。そんなに昔のことでもないのにありふれたきっかけで始まったせいで忘れてしまった。
ただこいつが学習しない奴だっていうのは嫌ってほど知っている。はいこれ、と何気なく手渡された紙袋がいい証拠。


「またかよ…いらない」
「いいから貰っとけって」
「いらないってマジで。いい加減やめろよ」
「いいだろ、別に好きでやってんだから」
「…馬鹿じゃねぇの?好きでやってユースタス屋は自己満出来るかもしんないけど、実際貰ったって使ってないんだよ俺は。どうせこれもまたどっかのリサイクルショップに売られるか、捨てられるかするだけなんだぞ」


金の無駄だから、こんなの。いい加減やめろよ。BVLGARIの文字をちらりと見やり、押し返そうとした腕に無理矢理押し付けられた存在に眉根を寄せる。けれど目の前の馬鹿はへらへら笑ったまま。


「別にそれでもいい。売ってくれれば金になるし、それでちょっとはローの役には立ってんだろ?」


じゃあ今度からは売れるようなやつを買ってくるか、と笑うユースタス屋の神経が知れない。何なんだよこいつ、頭おかしんじゃないのか。
俺が女ならまだしも、残念ながらどこからどうみても男で。そんな見返りがないような男の元に毎日毎日足を運んで、せっせと貢ぎ物を献上するユースタス屋は何がしたいのだろうか。きっとそれを聞いても、「俺がしたいからするだけ」ってこの馬鹿は言うんだろうけど。


「じゃあ俺、仕事だからもう行くわ」
「だからこれいらないって…」
「いーから貰っとけよ。またな」


ちらりと時計を見たユースタス屋が、そんな都合のいいことを言う。慌てて手の中のものを押し返そうとしたけど、ユースタス屋は受け取らないでそのまま手を振った。
またな、なんて、こいつはどうしてこうも懲りないんだろう。どうして来る気になれるんだろう。


「…どうして、」


俺なんだろう。


閉じた扉を見つめ、それからぼんやりと渡された袋を見る。中を見ずに捨てたことだって、一度や二度ではない。そんな事実を知ってもあいつはまだ渡しに来るのだろうか。


「二度と来なきゃいいのに」


ぽつりと呟いて、袋を開ける。中に入っていたのは香水だった。未使用だし、売ればそこそこいくのかな、なんて考える。けれどいつの間にか勝手に手が動いて箱を開けていた。
いかにも高級そうな身形で座るそいつを無造作に掴むと、シュッと一吹き手首にかける。なんとなく、だ。特に理由はない。ただ何となく、少し試してみたいと思ったから。
普段香水なんてつけないからこれがどういった類のものかなんて知らないけど、微かに香った香りは嫌いじゃない、と思った。別にすごく気に入ったわけでもないけど、でも嫌じゃない。あいつはどういう気持ちでこれを選んだのかと思うと何とも言えない気持ちがして、考えるのはすぐにやめた。


もう箱も空けてしまったし、少し使ってしまった。といってもほんの一吹きだ。売る分には問題ないだろう、と思っても何となく嫌だった。なら誰かにやろうかとも思ったが、俺の周りに好んで香水を使うような奴はいない。捨てようか、と思って箱を袋の中に入れたけど、ビンの回収はまだだし、なんて考える。匂いが充満するのも嫌で中身も捨てたくない。なんて。


「ばかじゃねぇの、俺」


自分の気持ちは知っていた。けど絶対に、認めたくない。だからってこんな言い訳を並べて、必死に見ないふりをする自分はひどく滑稽だった。知っているけど、知っているけど。でも認めたくないんだ、絶対に。


二度と来なきゃいいのに。ぽつりと呟いて、香水をそっと靴棚の上に置いた。
明日、捨てられるといいんだけど。





***
そのあとローたんは結局捨てるに捨てれなくてずっと靴棚の上に放置します。それで毎朝学校に行くたびにつけようかつけまいか悩んで、いやいやなんで俺が…でも売りも人にあげもしないならもったいないし…こいつは別に悪くないし…とか思って、結局ちょっとだけつけて学校に行きます。それである日やってきたキッドに、香水とっといてなおかつ使っているのがばれて必死に言い訳。キッドにやにや。「なんだ、こっちにはつけてねェの?」とか言ってローたんの首すんすんしてればいい。



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