絵空事 | ナノ

(同棲パロ)


冷蔵庫の片隅にポツンと置かれた白色の箱を睨み付ける。本来ならばここにあるはずのないもの、チョコレート。もちろんバレンタイン用の。


前日だとユースタス屋に見つかる可能性があったから、学校からすぐに帰ってきて急いで作った。練習も何もない、ただ小さなハートの型にいくつか流し込んでチョコペンやらトッピングシュガーやらで適当に見た目を整えただけの、自慢出来るようなことは何もないただのチョコレート。美味しいかは分からないが少なくとも溶かして固めただけのチョコが不味いはずはない、はず。ということでそれなりに気分も盛り上がり、喜んでくれたらいいとか浮かれたことも考えながら白い箱にリボンを掛けて冷蔵庫に入れておいたのだ、が。


何の因果かその日ユースタス屋と喧嘩した。


よりによって今日、という気持ちは寝室の扉を思いっきり閉めたところで沸き上がってきたがもう遅い。そのままふて寝に直行した俺がまさかユースタス屋にチョコを渡すはずもなく。こうして恋人たちの聖典バレンタインデーは予想もしていなかった形で終わりを迎えた。


「…捨てようかな」


昨日の段階で実はユースタス屋に見つかってしまったという可能性も考えたが、バレないように奥にしまったうえにユースタス屋が取り出さないような食品で固めておいたからおそらくバレてはいない。事実周りの食品は動いていなかったからそうなのだろう。
これでも一応ユースタス屋のために作ったのだから、ユースタス屋に食べてもらわないと意味がない。だから自分で食べようとも思わないが、ポツリと呟いてみたところで右手は一向に動こうとしなかった。


ただ取り出すだけ取り出してどうしようか迷っていたら、風呂場の方で音がした。ユースタス屋があがったんだ。何にも隠さず捨てるのもあからさまだし、俺は慌てて元あった場所へとチョコを戻す。また寝室に逃げるか、そう思ってリビングからの脱走を図ろうとしたときユースタス屋が髪をタオルで拭きながらリビングに入ってきてしまった。クソ、無駄に早い…!


「どこ行くんだよ」
「…寝る」
「まだ二十一時だぞ」
「別にいいだろ」
「…まだ怒ってんのか?」
「それ俺じゃなくてユースタス屋じゃん」


自分から吹っ掛けてきたくせによく言うわ、と思いながらつけっぱなしのテレビを睨み付ける。ユースタス屋はガシガシと頭を掻いて少し困ったような声を出した。


「怒ってねェから。…昨日は悪かった」
「………」
「許してくれよ。仲直りしようぜ、ロー?」


するりと頬を撫でる手に唇を噛み締める。ユースタス屋は本当にずるい。ずるい大人だ。こうやってちょっと下手に出れば俺が言うことを聞くと思ってる。眉根を下げて首を傾げて困ったように笑って。ああムカつく、でも好きだからどうしようもない。


「…しょーがないから、許してやる」


大人の余裕というやつなのだろうか、自分がどうにもこどもっぽく思えてムカつくからユースタス屋にキスしてやった。ありがとな、なんて言われて抱き締められて、何だかんだで喜んでいる自分もいるけども。




こうして無事に仲直り出来て暫くチョコの存在を忘れていたが、お茶を飲もうと冷蔵庫を開けて気がついた。渡すならもちろん今しかない。どうしようか箱を片手に迷っていたら、不意に箱が宙に浮いて。


「何、これ俺にくれんの?」
「っ、ユースタス屋!」


悪戯っぽく笑ったユースタス屋の手にはさっきまで俺の元にあった白い箱。実際ユースタス屋へのものだから返せというのもおかしくて唸っていれば、俺のじゃねェの?と白々しく言われた。お前以外に誰がいるんだとぶっきらぼうに返せば嬉しそうに笑われる。その顔に少しだけ、もっと手の込んだ物にすればよかったかなぁと後悔した。


「昨日さぁ、喧嘩したあとにバレンタインって気付いて地味にショックだったんだよ。貰えねェと思ってたから嬉しい」
「…大層なもんじゃねぇよ。チョコ流して固めただけのやつだし…」
「お前がくれるのなら何だって嬉しいからいいんだよ」


笑ったユースタス屋を直視できなくて俯く。何なんだよお前一々イケメンすぎるんだよ!と叫び出したい気持ちを堪えるのに精一杯だった。


「食っていい?」
「…腹壊しても知らないからな」


それに何だって俺はこんなに可愛くないんだろう。そっぽを向いて呟いたのに、ユースタス屋は気にすることなく丁寧にリボンを解いていく。ただ単にうんと頷けばいいだけなのに、それすら出来ないなんて。
箱を開けたユースタス屋が美味そうとか上手じゃんとか笑っているのを何でもない風に聞き流す。一つ一つの言葉に意識してしまったら否が応でも顔が赤くなる自信があるから。
特に興味もないふりを装ってユースタス屋の指を凝視していたら、チョコを掴む寸前でぴたりと止まった。少し不安になりながらも黙っていればユースタス屋の指がチョコを摘まむ。そしてそのまま俺の唇に当たる冷たい感触。


「…いらねぇの?」
「違ェ、お前に食べさせてもらいてェの」


それなら何も唇に当てることはないだろう、俺がユースタス屋の口に放り込んでやればいいんだから、なんて言い訳は通用しないわけで。もちろん何が求められているかなんてすぐ分かる。嫌だと首を振ったがそしたらユースタス屋が嫌だと駄々を捏ねる。さっきの大人はどこへやら、目の前にいるのは我儘な大きな子供。


「一回だけ…だからな」


結局折れたのは俺で、満足そうなユースタス屋を尻目にやけくそだとチョコにかぶりつく。そのままユースタス屋の唇を塞いだ。
濃厚に絡み合う舌がゆっくりとチョコを溶かしていく。甘さが倍になった錯覚を覚えるほどひどく甘くて。必死に舌を絡ませながらも、一応ビターチョコで作ったんだけどなぁなんて頭の片隅で考える。だがやっぱり溶かして固めただけだから不味くはない、よかった。


「んっ…ふ、ぁ…」


甘い香りに噎せ返りそうになるけれど、腰も後頭部もがっちり押さえられていて逃げられそうにない。小さくなったチョコの塊が唾液と共に押し込まれてやっと解放されると思ったのにユースタス屋は離れなかった。上顎を何度もなぞられてぴくりぴくりと腰が震える。少し押し返そうとすれば咎めるように舌を柔く噛まれて服を握る手に力を入れた。いいようにされてると分かっていても止められない。腰を撫でる手が服の中に入ってきて漸く引き剥がすことができた。


「ちょ、ユースタ、屋…」
「チョコ美味かった」
「んっ、そりゃ…って、どこ触っ、」
「次はローが食いたい」
「ばっ…んぅ、!」


耳元で低く囁かれて、ユースタス屋の手がズボンの隙間から入っていく。ぐにぐにと揉まれると情事の感覚を思い出して勝手に体が震える。いいだろ?と許可を求める言葉のわりに俺の意思はどうでもいいと言わんばかりに好き勝手動くユースタス屋の手。睨み付ければ目尻にキスを落とされて涙を舐め取られた。


「ロー?」
「っ…ここじゃ、やだ…」


だけど甘い声で名前を呼ばれたら結局敵わなくて、最後の抵抗とばかりにユースタス屋の首に腕を回して呟く。仰せのままに、と冗談めかしたユースタス屋に横抱きにされて、もう行き先は分かってる。


「…俺まで食べるんだからホワイトデーは三倍以上で返せよ」
「我儘なお姫様だな」


ちゅっと額にキスを落としてユースタス屋はくすくす笑う。気恥ずかしさを誤魔化すように耳元に唇をあててそっと囁いてやった。
“残したら許さないからな。”





***
十四日が瞬く間に去っていったので、じゃあ十五日にあげちゃう設定にしようと思って書いてたら三日も過ぎてやがる…oh…。
ちなみに二人の喧嘩の原因はキッドがベポぬいぐるみにお茶を溢してしまったことによりますww



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