絵空事 | ナノ

(親子パロ)


今日はローをベッドから引き剥がすのに大分苦労した。何が気に入らないのか、呼んでもなかなか出てこようとしない。タオルケットを頭からすっぽり被って寝たフリだ。揺すっても声をかけてもむずがるだけで出てこないから危うく朝からぶちギレるところだった。
だけど朝っぱらからピーピー泣かれても頭が痛いので何とか堪えてローを引き摺り出すことに成功すると、リビングまで引っ張って無理矢理に飯を食わせた。どうやら保育園に行きたくないらしく、着替えようとせず靴下を投げるローに顳をひくつかせながらもパジャマを引き剥がして着替えさせてやる。飯は食ったし着替えたし歯磨きとかさせたし…最後に園児特有の小さな鞄を持たせて準備万端だ。そしていざ出発というときに逃げられた。
携帯を忘れてリビングに戻った瞬間だった。きちんと履かれていたはずの靴は脱ぎ散らかされ、玄関にローの姿はない。さすがにキレそうになった。俺はもともと朝は苦手な方だし、ローの嫌がる原因が分からないから余計にだ。
苛立ちを隠しもせずにローの名を呼ぶと部屋中を探して回る。放置したい気持ちが八割だったがそれはできない。一応親だし。でも俺の苛々は最高潮に達していた訳だから探し方はかなり乱雑だったと思う。どうせ餓鬼のすることだからすぐに見つかるだろうと思っていたのになかなか見つからなかったもんだから、その苛立ちはさらに加速していった。


結局俺はローが風呂場に駆け込む決定的瞬間を目撃し、それに待ってましたとばかりに首根っこを取っ捕まえて風呂場から引き摺りだした。ローはバタバタ暴れていたが、一言うるせェと唸ると途端に静かになる。犬耳でもついてたらきっとぺたんこになってるだろうなってぐらいシュンとしてしまった。だったら最初から言うこと聞いとけよとまた苛々しそうになったので軽く首を振って気持ちを切り替えると、ローを助手席に放り込んで逃げられる前に車を発進させた。


いつもと違い、朝の攻防があったせいで家を出るのが大分遅れた。俺は苛々している雰囲気を隠しもせず、トントンと信号待ちのハンドルを叩く。途中何度か様子を窺うようにローがこちらを見てきたが、それに何でもないふりをして尋ねるほど甘やかす気はなかった。だから無視だ。そうすれば自然とローの頭は下へと下がっていった。


保育園に着いてもローは降りようとしない。いつもなら勝手に降りるくせにシートベルトすら外さなかった。それに苛々よりも溜め息が溢れ落ちる。視界の端で小さな肩が揺れたような気もしたが、気にせずシートベルトを外すとローを抱き上げて外に出た。動かないんだ、仕方ない。


「あ、おはようございまーす!ローくん、おはよう!」
「おはようございます。…ロー、先生に挨拶は?」
「………」
「おい、ク…ロー、ちゃんと挨拶しなきゃ駄目だろ」
「………」
「すいません…朝からこの調子で…」
「いえ、全然大丈夫ですよ!ローくん、今日はちょっと元気ないのかな?」


先生が何を話しかけても総シカトのローはぎゅっと俺の首に抱きついたまま離れない。それに危うくクソ餓鬼と言いそうになって寸でのところで堪えた。
一体何が気に入らないんだか。いつもはこんなことねェのに…と言いたいところだがこういうことがごくたまにあるのだ。キラーたちは寂しいからどうのこうのと言っていたが、五歳にもなってそりゃどうかと思う。そしたらお前が悪いんだろってペンギンにギャンギャン喚かれたけど。それはまた別の話。
とりあえずこのままローを抱きつかせておくわけにもいかないので、引き剥がそうとしたのだが。


「……おい」
「や」
「ロー、離れろ」
「いーやー!」


ぐいっと引っ張るが離れない。終いに耳元で盛大に叫ばれて眉間に大量の皺が寄った。先生はそんなローを見て何とか宥めて降りるように仕向けようとするが、そんなんで降りたら俺がとっくにしてるっての。
朝家から出るのに時間かかって、そんでここでも時間食うのか。まぁた苛々してきた俺はローを引き剥がそうとするがこれがなかなか離れない。何で朝からこんな疲れなきゃなんねェんだ。つかもう少しで店が開いちまう。


「先生、悪ぃけどペンギンを…」
「お、呼んだ?」
「ああ、ロー頼む」
「いやぁ!やだっ」


自力でローを引き剥がせないときはペンギンを呼ぶのが常だった。だから先生に呼んでもらおうとしたらちょうどよくペンギンが通りかかったので、声をかけるとローがより一層騒いでより一層強く抱きついてきたもんだから首が絞まる絞まる。このクソ餓鬼が…。


「はいはい、パパスタスは今日もこれから仕事だからローは俺と遊んで待ってようなー?」
「やーだー!!キッド…ぱぱぁ!ローもいっしょにいくの!!」
「…帰り、迎えに来るから。大人しくしてろ」
「っ…!ふぇ…」


そのあと泣き喚くローをバックに振り返らず保育園を出た。
車に乗り込むと、やれやれと首を回す。朝からこの一仕事終えた感じはどうなんだろうか。まったく、一日が長く感じてしまう。
しかし相変わらず五歳児とは思えない甘ったれぶり。俺が五歳のときはあんなんじゃなかった…はず。記憶ねェけど、少なくとも親とちょっと離れるからってピーピー泣いたりはしかった。本当、俺には一ミリだって似ていない。入る余地もない。全部あの女譲り。何でおいてったんだか…なんてのは野暮、か。まあ検査もしたし、あいつは紛れもなく俺の子で、あいつにしてみれば俺しかいないんだけど。




何やかんやで今日も一日仕事が終わり、CLOSEDの文字を掲げるキラーに一声かけて裏口から店を出る。これからローを迎いに行かなければ、と考えると正直言って面倒臭い。何せ朝はほとんど突き放してきたに等しい状況だ。悪くなってしまった機嫌を直すのも俺の仕事。
とりあえず遅くなればなるほど状況悪化だ。泣かれるのも嫌だから、車を飛ばして即行保育園に迎えに行った。




「ロー、迎えに…ぅおっ?!」
「やっと来たかよ!ロー、よかったな」


迎えに行った途端待っていたらしいローにタックルされた。ぎゅうううと抱きついてくるローを抱き上げるとペンギンがどこか疲れたように呟く。それでもローにはニコニコと笑顔、俺には蛆虫でも見るかのような目付きだ。普段からもあまり気が合う方とは言えないが、ローが絡むと殊更だった。


「…悪かったな」
「思ってねぇくせに言うな。それよりとっとと帰ってローを甘やかしてやれよ」


ペンギンは呆れたように、でも笑いながらそう言うとローの頭を撫でる。ローは先程から何も喋らなかったが、俺がその言葉通りに帰ろうとすると、バイバイとペンギンに小さく呟いて手を振った。ペンギンはそれに笑いながら手を振り替えす。ペンギンの子供が好きって部分にだけは相変わらず感服だ。俺だったらやってられない。
車に乗って家に向かう間も、着いてからも、ローは朝と同じように俯いて何も喋らなかった。いつもなら今日は何があったとかどうしたとか、聞いてないのに言ってくるくせに。だけど車からはちゃんと一人で降りた。すぐに俺の側にきて、手を握ってきたけどそのぐらいはいいだろう。


飯を食って風呂に入ってテレビを見たりして。気付いたらもう二十一時だった。そろそろローを寝かさなければ、と思うと同時にローが欠伸を洩らす。コシコシ目を擦るローは甘えるように俺にしなだれかかるので、しょうがないから抱き上げてベッドにまで運んでやった。いつもならしない。特別と言っちゃあ特別だった。


「もう寝ろ」
「んん…ゃ…」


ローをベッドに寝かせるとタオルケットをかけてやる。電気も消そうとすれば、きゅっと服を掴まれて、ローは俺の言葉に緩く首を振った。この期に及んでまた何かあるのかと若干うんざりしたが、ローが手を離してくれないので仕方がない。ぽつりぽつりと呟かれる言葉を聞いてやる。


「ぱぱ、あのね…ごめんなさい…」
「は?」
「だから、ローいいこにまってたよ…?」


何を言い出すかと思えば、今朝の話か。ローはずっと気にしていたみたいで、「ごめんなさい」と「いいこにしてたから」を繰り返す。
誰に似たのか知らないが、こいつは餓鬼のわりには妙に大人びたところがあった。大人の気持ちに聡く、子供らしからず深く反省してみせたりする。そういうところもまた苦手だった。変なところで遠慮なんかしてみせるのだ。餓鬼は餓鬼らしくしてりゃいいのに。


俯いたままでぎゅっと握られた小さな手を解くと、ローは泣きそうな顔をする。離された手でシーツを握りしめるローに電気を消すと、するりとそのベッドの中に入り込んだ。さすがにシングル、狭い。なので驚いたようにじっとこちらを見つめるローを抱き寄せると腕の中に閉じ込めた。


「分かったから寝ろ」


別にもう怒ってねェよ。そう言って柄にもなく頭なんか撫でてやる。ローはさっきまでの態度と一変して、一緒に寝るのがそんなに嬉しいのか、無邪気に笑うと俺に擦り寄ってきた。正直言って暑いが、けどまあ今日はこいつが眠るまでこうしててやろう。まったく手のかかる餓鬼だ。


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