悪戯するぞ
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」
どこからともなく聞こえてくる弾んだ声が聞こえてくる。
風影執務室で仕事中の我愛羅は緩く頬に笑みを浮かべた。
今日も何一つ変わりなく平和だ。
椅子から立ち上がり窓辺へ近寄って窓を開けると冷たい風が流れてくる。
砂漠といえどそろそろ冬の気配を肌で感じる。今日は10月31日。
この日は里では子供達に取り憑く悪霊に仮装することで追い払い、砂漠の精霊の加護の力を込めた邪気祓いの食事を摂ることで災から身を守る伝統行事で賑わっている。
伝統文化は年々形を変えていって最近では一般人、忍までが騒ぎだす、お祭り行事と変化をしていた。
戦争も終わって落ち着きを取り戻した里内は活気が溢れて、心いくまで楽しむ者が沢山いる。
今日という日は理由もなく菓子をもらった。
そして、テマリから「護身用だ」と、渡された大量の飴に救われた。行事にのっかって菓子をねだる者や差し入れを渡してくる忍がいたのだ。
その中の一人と言っていいのか、この時期になると毎年のように押しかけるくの一がいる。
突然、バタバタと音を立てて耳に届く足音と同時に勢いに任せたのか、叩きつけるように扉が開いた。
「我愛羅、お菓子くれなきゃ悪戯するよ、だよ!」
名前だった。毎年毎年、飽きもせずに菓子をねだる名前にため息が出る。
こういった行事に関係なく素直に甘いものが欲しいとねだれば甘味処に連れていってやるというのに……。
オレは名前を一瞥(いちべつ)して、開け放していた窓を閉めた。
椅子に腰を下ろして名前に手を差し出す。
「その前に任務報告書だ……」
今日名前には任務があったはずだ。
すると名前は落胆で肩を落としたように報告書を出してきた。
任務報告書に目を通して、確認する。
普段から見慣れている名前の文字だったが相当慌ててたのだろう、ところどころ誤字が見つかる。
「ご苦労だった。次の任務まで待機していてくれ」と退室を促すと名前の物欲しそうな視線に捕まる。
「どうした?」
「お菓子……」
「ああ、……菓子なら用意してある」
溜息混じりに呟けば顔を輝かせて名前は飛び上がった。
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべる名前、子供のように無邪気な笑顔と輝く瞳がオレを射抜いた。
急ぎの仕事も片づいているか、報告書は明日確認したらいいと思い至って机に報告書を置いた。
何だかんだ言いながらも毎年名前の要望を叶えてあげているオレは名前に甘いのだろう。
菓子をあげなかったら他の男や知らない誰かにねだるのだと思うと気に食わない。それだけだ。
さすがに人からもらったものをあげるのは気が引けた。
護身用に渡された飴があったはずだから、飴が入った袋を手に取って違和感を覚えた。
あんなに大量にあったはずの飴が底をつきていた。
辺りを見回しても周りにめぼしい品もない。
「すまない、名前……。用意していたが、皆にあげてしまった」
名前の冷たい視線が俺を射抜く。なんだか申し訳ない気持ちが胸に溢れて、いたたまれない。
名前の期待に応えたかった。名前の期待に応えられる男でありたかった。
椅子から腰をあげ、名前の近くに寄る。仕方がない「甘味処に行こう」と、誘おうと手をとろうとした矢先だった。
オレを睨みつけていた名前の表情が菓子がもらえると分ったときと同じように輝かしい笑顔で彩った。
名前は大きく息を吸い込んで声を発する。
「我愛羅、お菓子がなかったら、悪戯されなくちゃいけないんだよ」
「ああ、だから菓子がないから甘味──」
「二人で甘味処に行こうと」言葉を紡げなかった。むしろ……。
「悪戯をしたいのか?」
含みのある笑みを浮かべている名前の蠱惑的な表情に、どんなことをされるのか心なしか跳ね上がる心臓は期待で揺れていた。
聞き返すと名前は満足そうに微笑んで「ちょっと特別な術をかけたいんだけど、大丈夫?」と打診してくる。
「術を……幻術のたぐいか?」
「あ、そんなだいそれたものじゃなくて軽く考えるくらいでいいよ。なんていうか……軽いおまじない的な?」
名前が子供のような仕草でお願いと両手を合わせて覗き込んでくる。頬はほんのり赤く、上目遣いでオレを見つめてくる。
「どちらか片方がおまじないから逃れたいって思ったらそこで解けちゃうから、私と我愛羅がふたりで同じ気持ちである限りとけない特別なおまじないだよ」
「いったいどんなものだ?」
「それは、ね──」
まさか変な術ではないだろうな、と疑問を投げかける前に、名前はぐいっとオレを引き寄せて、耳打ちした。
頭が真っ白になった。名前の吐息と声が届いて陶然とした。
ぽつりと告げられた言葉に胸の高まりは抑えられない。
名前は背伸びをして「愛」と刻まれたオレの額にそっと、口づけた。
「……成功だな。名前の特別なまじないと言うのは解けそうにない」
「え……うそ。い、いいのっ? 私なんかで……」
怯えたように震わせた名前の唇にキスの音を重ねると、またもや胸の動機が激しくなった。
「別に構わない。以前から名前のことが好きだった」
名前がかけた術をもう一度、頭の中で響かせる。
「どちらか片方がおまじないから逃れたいって思ったらそこで解けちゃうから、私と我愛羅がふたりで同じ気持ちである限りとけない特別なおまじないだよ」
「いったいどんなものだ?」
「それは、ね──」
オレが望んでいた言葉だった。耳に注ぎ込まれて、身体ひとつひとつに染み込んで離れない……。
「好きです。私の恋人になってずっと両想いでいてほしいの。これは私達が恋に落ちるおまじない、だよ」
最高の悪戯だった。
2013.10.31.
加筆修正:2023.08.20.
Trick or Treat!!
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