とても愛おしい、どうしよう
名前と付き合って半年が過ぎた。
好きな女とどう過ごしていいのか分からない、だが、幸せを噛み締める毎日の中で、オレが思っていたよりも彼女は意外と積極的で困惑する。
行動の一つ一つ。ドキドキして 。 どうしても慣れない。
いつの頃か「今夜ずっと、一緒にいたい」と告げられた時に彼女の言葉をどう聞き入れようか悩んでいた。
名前は日中は忙しくて会えないから夜なら時間が取れるだろうと。それにオレ自身が夜更かしが得意だからと配慮した提案だった。
だがオレは今の状態に満足してる。それに夜ずっと、一緒、なんて、耐えられそうにもない。名前の睡眠時間も奪うわけにはいかないから「善処する……」と言って答えを保留にしている。
──我愛羅、名前から聞いたけどそんな寂しい想いをさせてたらそのうち、誰かに盗られるぞ。
ある日、姉のテマリに小言を刺されてから名前に寂しい、思いをさせているのではないかと、提案と相まって懊悩して悩み続けている。
名前にそんな思いをさせてるのだとしたら嫌で、誰かに盗られるのも嫌で、この一言が特に気にかかった。
他人から見てもオレは無愛想で、口下手でいつ愛想をつかされて離れるかも分からないと判断されているらしい。
もしかしたら名前からもそう思われているかもしれないと考えると胸を締め付けた。誰にも盗られたくない。もちろん誰とも分け合う気だってない。
「少しの時間でもずっと一緒にいたい」と彼女の願いを叶えるには風影の秘書≠ニして、傍におくことが一番最善だと判断した。
それから会える時間が増えたのか名前は以前より明るくなった、気がする。名前が微笑んでると嬉しい。名前の幸福がオレの幸福だと自覚して数ヶ月も経っていた──。
「名前、この書類を頼む」
「はい」
資料を物色中の彼女に名前に仕事を回しすと、ほんのりと期待で色めいた瞳は影が被さった。
立ち上がって書類を受け取ろうとする彼女と指先が触れただけで「っ……!」と一瞬たじろいでしまった。
こんなことでいちいち反応してしまうから名前に慣れないのだと実感する。
数時間後、慌ただしい一日が終わって帰宅時間になる。毎日のように名前を自宅に見送っているから「ご苦労だった、夜も遅いから送ろう」と言葉を発する寸前に名前が手を繋いでくる。
「どうした……っ!」
「今日もお疲れ様。ねぇ、手、繋いで帰らない?」
「そうだな……」
「意識してるの?」
言葉と共に名前が腕に手を回して体重をかけるように身を寄せてくるから久しぶりに身体が密着する。
職務が終わったとは言え執務室内だ、控えてほしいのに名前はお構いなしにオレの胸板に頬擦りをして心臓に名前の頬と耳が押し当てられる。
「っ……」
飛び上がるように脈打つ。ドキドキとなるこの音はオレが動揺してる証拠。
聞こえてしまう、いや、聞こえているに決まっている。
困惑するオレをよそに名前は覗き込むようにオレの瞳を見詰めてきた。熱を含んだ名前の瞳に自分が映ると胸がおかしくなる。
顔を背けてここではやめてくれ、と言葉よりも先に頬に柔らかい物が触れる。
「は! な……っ」
確認すると名前の顔が近くて少し吐息がかかると拒否の言葉がなくなる。
名前のくち、が頬に触れてきた。
身体の力が抜けて後ろに身を引くと、机にあたって振動でバラバラと書類が床に広がる。落下音を合図に名前のくちが離れた。
手を繋ぐだけでも緊張するんだ。抱きしめられると声を発することも一時的に忘れる。キス、なんてされたら、オレは、オレは……。
混乱でおかしくなりそうだった。喉に何かが詰まったような呼吸を必死にした。
幾分か落ち着きを取り戻して声を思い出す。
「名前、場所と時を考えっ……!」
名前への抗議は虚しく、彼女はくちで頬を柔らかく甘噛みした。
執務室にいつだれか人が来たって可笑しくない、いけないと分かっているほど、それだけ心臓がうるさく騒いだ。羞恥と危機感どちらかとつかないものになって響いてる。
「は……っ…………」
それでも感情とは裏腹にこの身体が喜ばないはずがなかった。慣れないことに抑えようもなく声がもれて、息をするのが難しい。でも苦しくない。
そっと、名前のくちが離れた。名残惜しいく感じつつもせっかくまとめた書類がバラバラなのが放っておけなかった。
「も、もう、良いだろう。どいてくれ……」
名前は意味あり気に笑った。オレの反応を楽しんでるのがわかる。悔しく思う。
でも、仕方がないだろう。
くちにキスされるのは恥ずかしい。だが、頬にされる方がもっと恥ずかしい。
焦れったい気分になって、くちにもして欲しいと言いたくなる。そしたら、頬の口づけは唇を重ねるより恥ずかしいものに色を変える。
「ん、いや?」
名前はオレを引き寄せて誘う。至近距離にある整った顔立ちと何かを捜してるくちに目がいった。
名前の息がかかるとくちを塞がれる合図だ。
反射的にそう思って目を閉じても微かに触れるか触れないかの距離でくちが止まる。名前の感触を待っていたオレの体も止まる。心臓がバクバクと内側から叩いていた。
わずかに触れるだけの口づけを受けながら、想う。しっかりとキスをしたい。
して欲しいことは、いつも言葉にならない。自分からキスを強請るのは男のプライドが邪魔して恥ずかしい。
でも、幸せだ。胸の中で何か熱いものが沸々と湧いて、鼓動は熱くなる。
幸せは恥ずかしいのと似てる。いけないとわかっているのに喜びを感じる気持ちも、そのせいだ。くちを合わせる音色。オレにとってはまだ慣れないもので、いたたまれない。
グッと、彼女を優しく引き離すと嫌な顔をされた。そんな顔、させたくはないのだが。
「続きは帰ってからだ、その前に書類を集めないとな……」
焦りで目を泳がせているオレは名前に格好悪いと思われていないか不安に思う。
名前の瞳が視界に混ざる。少し困った、顔だ。何かを、求めて、いるように。
無言で身体を離されて静かに落ちた書類を集めている背中が切ない。
不安そうに揺らいでる姿を見てるたまらなくなって、小さな身体を抱きしめる。 柔らかくていい匂いがした。そして、安堵した。
オレだけがいつもドキドキしているのだと思ってた。
オレだけがいつも好きなのではないかと思ってた。
でも、違った。
体を名前に密着させて気づく。同じくらい速い、名前の鼓動が伝わってくる。
「我愛羅、今夜こそ離さないでね……」
そして、名前はまた笑ってくれた。
彼女を求めるの緊張で恥ずかしい事ばかりだったが、この表情が見れるのなら、勇気を出してもっと求めておくのだった。
すると、もう離れ方がわからない。わかりたくない。
名前はオレに退かすことを忘れさせる。それは、オレの背中に回された細い腕がそうさせる。
お互いに向き合うと背中を優しく撫でられる。
名前の手のひらに意識が向く。名前の細い腕に捕まって悔しかった。胸に閉じ込められてるのは彼女に翻弄されてばかりだ、それでも嬉しかった。
まだ困惑が収まらないオレに名前は気づいていないのか、幸せそうに笑っている。
名前。オレは名前が愛おしくて、今夜もどうしたらいいのか分からない。
加筆修正:2023.07.10.
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