present

幸せを運ぶ風



 木々のざわめきを感じる木の葉隠れの里。
 足を踏み入れるたびに、いつも中忍試験のことを思い出す。この時の出逢いが我愛羅を変えたんだって。


 熱気と熱砂の砂隠れと違って木の葉隠れの里は穏やかですごしやすい。合同任務で訪れていたというのにやわらかい陽気に気持ちが緩いでしまう。

 滞りなく任務も無事に終わらせた後は里に帰るだけ、少し出発まで時間があるから観光がてらゆっくりした時間をとることになった。


「我愛羅。せっかくだし、どこか見たいところでもある?」


 隣を歩いている我愛羅に話しかけると「特にない」と、そっけなく返されるけど「名前に合わせる」と軽く微笑んで頷いてくれた。


「木の葉は特に理由もなく歩いてるだけで楽しいからぶらぶらするつもりだけど、いい?」


 返事はないものの静かに大丈夫だと言うように軽く頷いてこたえてくれた。

 あてどなく歩いて行くなかで「最近どう、変わりない?」「忙しいが充実はしている」と他愛のない会話を繰り返していく。


 隣には我愛羅がいる。一緒に歩いてくれてることを嬉しく想う。少し背が高くなって声も低くなってずいぶん凛々しくなった。

 風影になると志してから難しい任務にあたり同じ編成に組まれた事も我愛羅に会うこと自体が久しぶりで、妙な懐かしさを感じる反面、まるで彼が初対面の人と会う様なよそよそしさを覚えてしまう。

 ふと、中心街から少し外れた脇道に花や草木が生えているところ見つけて近寄ってみる白くて小さい花が点々と広がっていっている。そっと近づいて無意識につぶやく。


「あ、シロツメクサだ。……懐かしい」

「どうしたんだ?」

「んーと、葉が四枚になってるのを探してるの……」

「四枚のを……なぜだ?」

「ほとんどが三つ葉でなかなか見つからないから見つけると幸福が訪れるって言われてるんだよ」


 うつむきながら地面に注意を向けつつ捜索を始める。
 屈んで、目を懸命に凝らして視線を走らせて――……そうして数分間、集中してて意識してなかった私は思い出したかのように我愛羅に声をかける。


「あっ。我愛羅、その、待ってなくても大丈夫だよ?」

「気にするな、それより器用だな」


 探すついでだと思って手持ち無沙汰を紛らわせるため作っていたシロツメクサの花冠に目を向けられる。


「ん、これ? 結構簡単だよ作り方教えようか?」


 きっと断わられるだろう、なんて冗談交じりに聞いてみると一瞬困ったように視線を外し考える素振りをみせた彼は一呼吸置いたあと何か思いついたように「どうするんだ」と、訊ねてくれた。


「えっと、まず最初にシロツメクサを2本用意して──……」


 教えると飲み込みも早く熱心に編み込んでいく我愛羅を見ながら不思議に思う。何かとんでもないことをさせてしまったような気分になって、ちょっといたたまれない。

 我愛羅の手元に目をやるとほぼ出来上がっていて、茎の部分を目立たないようにしたら完成だ。
 私は少し我愛羅の側を離れて周囲をぐるっと見渡しても四つ葉のクローバーは見つけられなくて諦めて戻ってくる。


「やっぱりないみたい」


 残念に思いながらも付き合わせてしまってるのだからもう行こうかと声をかけようかと思った矢先だった。


「名前、探してただろう」


 我愛羅が手に持ってたのは私が探していたもので驚きで何度も目を瞬いた。


「えっ! うそ!? すごいよく見つけたね」


 我愛羅は何も言わずに完成した花輪飾りに四つ葉のクローバーを差し入れ私の頭にそっと被せる。


「えっと、これって……?」

「受け取ってくれ」


 思いやりが胸に沁みる。これまでの彼の行動が自分のためだと気づいた時には心ごと震えるような愛しさが溢れてきた。
 静かに微風が草木を揺らす音を聞きながら我愛羅に目が離せずにいて一瞬時間が止まったかのように錯覚する。


「悪くないな」


 風で乱れた横髪をそっと指で梳いて耳にかけ、ほんの少し彼の指先が頬に触れて、しっかり存在感を残して離れてゆく。


「似合ってる」


 まるで大切な事を教えてくれるように囁くと、我愛羅の目が細くなって静かに微笑んだ。眩しいものを見るように優しく瞳が揺れてる。


 あ、たぶん本心だ、だからこそたちが悪い。


「ありがとう……すごく嬉しい」


 小声になってしまった。頬に熱がこもるのを感じる、浮ついた気持ちが心地よくも居心地悪い。


「今度はどうしたんだ」


 そんな些細な変化も見逃さずに気づかってくれたことに喜びを覚えてしまう。


「突然幸せがふってきたから戸惑ってるの」

「そうか、ならいい。そのために渡したんだ」


 私のために、と胸の中で何度も想う。何か我愛羅にも同じくらいの気持ちを私も贈りたいと考えても至福感と満足そうな我愛羅をみると言葉を詰まらせてしまう。


「そろそろ時間だ」

「うん」


 私にとって幸せを運んでくれるのはいつも我愛羅で、昔からそこは変わらない。
 多分きっとこれからもそうだ。また歩きだす。
 隣には我愛羅がいる。


 
2021.06.10


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