後悔は消えるどころか増してとどまることを知らなかった。自分は間違えたことはしてないはずなのに。
──刺客か。我愛羅くんの、あの一言が胸に引っかかって抜けないで、好きだと嘘をついてしまった罪悪感にも潰れそうになる。
時間ができると、あの晩のやり取りを
反芻してしまう。
──好きだったんですっ……!気持ちを伝えると砂の攻撃の手が止まって我愛羅くんは突然激しい頭痛に襲われたのか
蹲って呻き声を洩らした。
嘘、心が届いた……?
様子がおかしくなる我愛羅くんを心配する気持ちを抑えてお構いなく心を叩きつけた。必死だった。
『この気持ちは、直接伝えなくちゃだめだと想った、ので……近づきました』
尖った目で睨みつけられて一瞬、気持ちが負けそうになっても心を込めて伝えようと、なるべく優しくそして真摯に語りかけた。
『そして、我愛羅くんのためにも、もう誰も殺してほしくないんですっ……』
たとえ好意が嘘だとしても、我愛羅くんにはもう誰も殺してほしくないのは、本当だった。
『ただこの気持ちを、伝えたくて。……私の、話はそれだけです』
荒く呼吸を繰り返す我愛羅くんに『大丈夫、ですか?』と声をかけると『消えろ……』と忌々しく私を冷たく見据えた。
逃げるなら今しかないと直感して『失礼します』とその場をあとにした。
またいつか襲われてしまう不安を自宅に持ち込んでひとりでいるのは耐えがたくて、病院に戻って一晩過ごした。
どうしよう、どうしようと焦る気持ちを落ち着かせるためにいつも以上に仕事に集中してのめり込んだ。
普段から慣れている事をしていると日常が戻ってきたように感じる、冷静さを取り戻していって今に至る。
落ち着いてくると今度は際限なく疑問が湧いて、自分自身を
省みることができた。
また間違えてしまった……?
彼はつねに命を狙われる立場にあって自分を守るために人を傷つけてしまっているの?
私は偉そうなことを着飾って押しつけただけで、
浅慮な自分は愚かであることを自覚した。
我愛羅くんが背負っているものを知らなかった……無遠慮に責め立てるのではなくて寄り添うべきだったのでは?
彼も苦しんでいるのではないか、なんてことをしてしまったんだろうと心に闇を抱えながら日々を過ごしていている中で──もし今度話す機会があれば、会えたときは、どこか寂しそうな我愛羅くんのために優しくできたらいいな、そうしたいな、と胸に秘めて我愛羅くんを心でそっと抱きしめた。
今日は非番だ。
そして砂隠れの里は風が穏やかで心地いいくらいで過ごしやすい日和だった。
こういう日は気分転換にと思っていつもより遠出をして甘味処でゆっくりして過ごした。
ひとりで落ち着ける眺めのいいところで医学書を読みあさって、とりとめない時間を過ごしているとあっという間に日が暮れかかって里全体が橙色の夕日色に染まって彩られている。
そろそろ戻ろう──……そうして帰路の途中ではやくも訪れた2度目の邂逅に震えてしまう。
我愛羅くん……。
ここは彼が気に入ってる場所だったのか、分からない。
日が経つごとにあの日の恐怖が薄れていってしまうからどこかで安心していた。
恐ろしさで身体が強張って先日抱いた思いやる優しさですら消え失せて自己保身に走りそうになる。
喜びはなく、ただ、この恐怖だった。あの晩、息が詰まるほどの畏怖を与えたのはこの人だと実感した。
我愛羅くんは私を視線で捉えると「また、お前か」と頭を抑えて低く「目障りだ」と
呻吟する。
殺気と共に刃のように襲いかかる砂をなんとかいなしても捕まってしまう。ぎりぎりと締めつけられて骨が軋む。
「我愛羅くん。聞いて下さ、い。私はあなたを傷つけたりしません。それ、に……」
身動き一つも取れない。すると高々と身体が宙に上がって、浮遊感を覚える。口が塞がれてないことが幸いだった。
「最期に、また、会えて、嬉しい……です。やっぱり我愛羅くんのことが、す、好きだから、できればもっと優しさを、あげたかった……」
それでも前回と同じことを
嘯く。
……また届く……かな? 無理だろうな。と朦朧とする意識の片隅で私は祈るだけだった。
2度目となると不思議なことに希望に縋る気持ちと
諦念めいた絶望が同居して覚悟を決めてしまう自分もいた。
──ちゃんと本当の事を伝えることは正しい、でも正しさだけでは人は救えない。ときには優しさで感情に寄り添うことが優先されることがあるんだよ。そして脳裏に昔のことを思い出してしまう。これがもしかしたら走馬灯、というものなのかな。
人を守る嘘は必要だと知った想い出だった。
幼い頃、来院した患者さんの気持ちを慮れず覚えたての医療の知識と現段階の病期を正直に告げて、傷つけて絶望を与え、悲しませた。
役に立ちたかった一心だったのに間違えてしまった。
父さんが言った優しさというのはきっと優しい嘘で隠すことを指しているのだと感じた。
そしてそれから自分の気持ちと言葉で話すことはなくなった、と思う。
自分の言葉で伝えて話すことはなくなっても困ることはなかった。
患者さんとの接し方は父さんを見て学んできたから父さんをお手本にして模倣してきた。
患者さんも周りからの評価も良くて、これが正解だと安心した。
我愛羅くんに対して何をしてあげればよかったのかな。正解はわからないまま、どんな難病を治すよりも至難だ。
どこか苦しそうな我愛羅くんをおいていくのは患者さんに対して何もできずに無力感に苛まれて見ているだけしかできない、あの感覚と似ていて悲しかった。
自分って何だったんだろう、親にも捨てられてしまって父さんのような素晴らしい人にもなれなかった。無価値な──……。
「……だめ?」
思考の濁流の中、突然聞こえた幼さを含んだ響きに耳を澄ませる。
我愛羅くん、なの? 誰かと、話しているの?
名前を呼んでみても我愛羅くんの視線は焦点が合わない、虚空に漂わせている。
「うん、分かったよ」
すると砂の拘束が離されて地面に倒れ込んで、呼吸を求めて咽せながらも「え……私、どうして……我愛羅、くん?」と喉から押し出すようにして疑問を発した。
「うるさい、
喚くな」
見逃して、くれるのだろうか。
「分かりました。でも、ありがとうございます。こうして、生かしてくれたから、また明日も……あなたのことを、好きでいることができますね」
私を睨みつけて不機嫌さに歪む我愛羅くんの表情は怖くて
気圧されて黙ってしまう。これ以上刺激するのはやめておこうと固まった。
「次もまた近づいてみろ。お前の目の前で大切な人間
諸共殺してやる」
「父と母に捨てられた無価値の私に、大切な人や、特別な人は、おこがましくもいません」
我愛羅くんの瞳が一瞬だけ揺らいだ。
父さんと呼んでいるあのおっさんは大切な人だけど、知られてしまえばどうなるか分からない不安の中、とっさに存在を隠した。
「でも、……強いて言うなら私は医療忍者だから、誰一人の命、すべてが大切なんです。だから我愛羅くんの命も、大切です」
「黙れ」
いろんな人生がある、捨てられた自分と違って色めいて輝く様々な人生に惹かれていった。
そうして気づいた。
親に捨てられてしまって無価値な自分が、価値ある人間の命を助け出す。
これほどまでに素晴らしいことはないのではないか。
なんて素敵なことだろう、無価値だからこそ全てのことが価値のあるものに見えた。
歪んだ思想かもしれないけど私が命を救い続ける理由だった。
我愛羅くんは鬱陶しそうに私を見据えてくるから「失礼します、ね」と立ち上がった。
「もう二度と話しかけてくるな」
怒気を含んだ文句と共に去り際に我愛羅くんの目を見ながら頷くと傷ついた顔になるから気づく。
もしかして、これまでの全ては好意的に受け止められていたのかもしれない、と。
「それでも、お話したい」と返せばよかった。そしたら我愛羅くんは照れを隠すように「黙れ」と睨みつけてきて暴言吐くのだろうか。
2021.12.30.