すっかり自分は眠りこけていたというのに、もそもそもそもそ小動物が動き回るみたいにベッドの中を彼女が荒らし始めたから俺はうんざりして目を醒ました。「ヘイ、今何時だと思ってるんだい」「3時くらい?まだ明るくなってないよアルフィ、飲もう」「嫌だよ。俺は明日も会議なんだぞ」「なにそれつまんない、パートタイムじゃない仕事始めてからアルフィすっかり仕事の虫よ。嫌い」嬉しそうに毛布と体の隙間で蠢いていた小さい生物はさっとつまらなそうに這い出して、キッチンの方に通り過ぎてく魚みたいにあっさりと行ってしまった。俺は、もう少しだけ残っていた貴重な睡眠時間とメイクラブするのを諦めながら手探りで眼鏡を探す。ない、どこにもない。自分がついたとは思えないほど大きな溜息が口から吐かれ、ゆっくりダイニングに向かって歩き始める。


彼女は俺の眼鏡をかけたままシナモンのシリアルをたっぷり大皿に敷いて、その上にミルクをぶちまえけているところだった。「飲むんじゃないのかい、シリアルにはまだ早いよ」「いいの。ムシフレッドが私の気分を朝にしちゃった」「ふうん。君の大嫌いな?」「そう、私の大嫌いな」彼女は挑発的にこちらを薄っぺらいレンズ越しに見ながら飲み下すように牛乳に浸されたシリアルを食べていく。俺はコップに牛乳を注いで真正面に座る彼女の瞳を見返した。「眼鏡返してくれよ」「嫌」「どうして」「別に必要ないでしょ。見えてるし、ここであなたは大人のふりをしなくていい」「…返すんだ」「脅したって無駄よ。家の中ではただのフレディ坊やなんだから」

いけしゃあしゃあとそう言って、彼女は唇を汚す牛乳を拭った。俺は少しだけ鼻から息を吐き、「わかったよ、」と言う。「ねえ、」「少し私の話をきいてほしい」「どうぞ」冷ややかなスプーンのラインをなぞって弄んでいると、「子供が出来たみたいなの」―ウァッツ、と何か考える前に言葉が生まれた。「だから、できたの。それでね、下ろす気もないからこのまま産もうと思う」「…君、言ってることわかってるのかい?俺は子供が作れないって最初から―」「だから違う人との子よ。当然でしょ」スプーンの柄はまるでテレキネシスが発生したみたいに自然にくにゃりと親指からくず折れた。「…それで?」「あなたと別れに来たの」

彼女の目は無感動だった。俺もたぶん、そうだったと思う。どちらかというと彼女を失うことよりも、彼女と過ごした日々や思い出が過去になってしまうことが不満だったのかもしれない。「―わかったよ」彼女は目をきょろりと動かす。「わあ、素直。もう少し怒るかと思ったのに」「怒らないよ。そう思ったから君だってわざわざ言いにきたんだろ」彼女の瞳は三日月のように厭らしく、淫猥に細まった。「そう。だからわたし、アルフィのこと好きだったの」俺は牛乳を一口飲む。透明なグラスは白いものを注がれただけであっという間に白一色しか持たなくなってしまっていた。「俺はイージーだったかい?」


彼女はゆっくり、ふやけたシリアルを咀嚼する。最後の晩餐のような厳かさで。「私はね、色んなものにトゥ・シリアスなの。そしてそれを短所だとそこまで強く思えない。アルフィ、あなたといると救われた。あなたは構造がはっきりしてるから。人間としての欲望にとても忠実。支配し、生き残る為にあらゆる手段を使う―それもとても論理的かつ、高度にね。そういうところが、とても好きだった」にっこりと彼女は笑った。「でも、あなたは私のこと大切には思えなかった。それは正しいことかもね。私はこの通り、メイクラブよりファックのが好きだし、客観的に自分を見ながら生きることも苦手。…世の中にはもっと御しやすくてあなたに尽くす女、いっぱいいる。そしてあなたはそれを手に入れる方法も知っている。私に価値を、見出せなかったのだと思う。だからこんなこと言われても悲しまないのよ」

俺は重たく自分の手の中に座り込むグラスをくるりと回す。「あなたは正しいわ、アルフレッド」「俺もそう確信してるよ、いつだって」「You're Right, Alfie.いつだって、ね」明かりがついていなかったダイニングが、薄く照らされるように仄白み始めたことに俺は気づく。ガールだった彼女の浅い顔にはマリアのような微笑が浮かんでいた。「眼鏡なんてなくても大人に見える」と彼女は冗談めかして言うが、俺は、は、と息だけで笑い飛ばした。自分とは思えない音が出た。「よく言うよ」「君のせいだっていうのに」彼女は自分が使っていた、曲がっていないまっすぐなスプーンを口から出してぽいと俺のコップに投げ入れた。「―俺は君が思ってるほど、大人じゃないよ。」「そうね。あなたはまだ、子供。そうやって生きることが大人だと思ってる、子供」

 
俺はくるり、と綺麗なスプーンでグラスをかき混ぜた。ぐにゃりとまがったスプーンは捨て置かれている。「あなたはそれでいいのよ」彼女は、ほんのすこしだけ似合いもしない大人のような笑顔を見せ、「とても美しいから」俺は目を細める。「君は美しくなかったね」「そうね。その点は、少し残念だと思う」「でも、俺は君のこと、好きだったよ。―俺に対してトゥシリアスなところとか」彼女は、ふふ、と声を出して微笑んだ。眩む太陽の産声が、柔らかに白で霞んだ大皿と色濃くたゆたうグラスに降り立つ。俺の眼鏡をかけた彼女は、いつもよりも更に幼く見えた。
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