頭痛がするほど寒い。口の中に吸い込まれたガムは氷水に吐かれたやつみたいに冷え切って噛んだらシャリシャリ音が鳴りそうだった。噛み締めてミントを染み出させる。耳を守るようにはっきりと頭を噛むヘッドホンの裏側では男が必死に愛を謳っている。"I am nothing without you".気を抜いたらすぐにこのまま雪景色は黒に呑まれてしまうだろう。私の意思に関係なく、路面までもを飲み込んで。何の感傷もない街だった。自分には生き辛すぎた。ビカース・アイム・ナッスィング。黒い髪で茶色い目をした生き物が黒い髪で茶色い目をした生き物がするであろう思考回路を持っていないということは、とても不便で、不気味なことだと私は思う。しゃがんだまま私は唾を吐いたらそのまま凍ってしまいそうな路面を睨みつけていた。茜色が射す、薄く白んだ黒い道路。そうしたらでっぷりしたお腹がとろとろと現れ、こちらに向かって、俊敏に雪を下から蹴った。私の赤くなった鼻にがつんとぶつかる。


「なあ、おいらは今、すごく怒ってる。何故かわかるか?今朝っからどいつもこいつもおいらが大嫌いな冗談を言うからだ。笑えねえ冗談を、しけた面して、朝っぱらから、ずうっと」私は黙って立ち上がって、ミントじゃない薄ピンクのフルーツガムを渡したら彼は奪い取るようにそれを受けとって、がぶがぶ飲み込むみたいに噛み始める。私の腰あたりまでしかないくせに、ひどくその体は頑丈で屈強で幼い、子供のクマみたいに見えた。「今夜出て行くの」がん、と膝に鈍い痛み。黒いタイツに白く筋が残り、私を睨みつける視線の中でふーふーと鼻息が白く浮き上がる。「いつ帰ってくんだよ」「もう帰ってこないよ」

「なんで、」「あんたが一番知ってるでしょ、エリック。下痢便色の肌した薄汚い女はそいつらがいっぱいいる国に帰るの」「お前はここで生まれたくせに、どこに帰るって言うんだよ」「どこでもないどこかで、なにものでもないなにかになる」だってここにはいられないからさ、と私がぼんやり言うとエリックは苦虫を噛み潰した上に口の中で転がしてるみたいな顔して私を睨みつける。私の口内のハッカ臭は霧散していく。どこでもないどこかの、なにものでもないなにかというのは、とても優しい生き物に思えた。少なくとも、今の私よりは、ずっと。「この下痢便野郎」重畳、と頷く。「しゃがめ」「え?」「いいからしゃがめって言ってんだろ!早くしろよ腐れビッチ!」


膝を折ると、私はまんまるのもっさりしたボールみたいになる。もう一度蹴飛ばされたら戻ってこれないくらい。「、おまえ、さ、…なあ、もおちょっと、こっち、来いよ」もそもそと手遊びを続けながらエリックが顔を引く。白い肉に埋もれてしまいそうなちっぽけに光るブルーが、ぎらぎら輝いて、私はおとなしくもう少し顔を寄せたところで、びちゃっと自分の眉間にどろりと唾液を吸って固まったガムがヒットした。神妙に作られていた彼の顔は一息にいやらしく歪み、さも楽しそうに独特の笑い声を上げながら歌いだす。「やーい!引っかかってやんの!!!」

私はうんざりしながらくちゃくちゃに丸まったガムを丁寧に剥がしてぴっとその辺に捨てた。「まったく」「キスでもしてくれるのかと思ったのにさ」私がいたって残念なうえ切なそうに眉をひそめたらエリックは笑うのを止め目をまんまるにして、ほんのり薄丸く頬を高潮させる。「子供にそんな期待した私が馬鹿だったよ、マフィン坊や」「おいらは子供じゃない!」「寂しくて必死に会いに来た女に最後まで悪態しかつけない男が?」「…お前のことなんてべつに好きじゃねーよ!」「ふうん」「ふうん?!」「エリックができないなら私がしてあげるから、ほら、おいで」

エリックは唇をぎゅうぎゅうに噛み締めて、更に頬を赤らめて私を睨む。私はにっこりと一度だけ笑い、エリックの瞳がじわりと泳いで左下に力なく転落したところを見計らってその眉間にガムを吐き棄てた。「!!あっ!畜生!このビッチ!いたいけな子供を騙しやがって!クソっ!ふざけんな!!おまえもガキじゃねーか!」「私が大人なんていつ言ったの、まだティーンなのに」「もうすぐミドルでもなくなるくせに!おいらと比べたらクソババアだ!」エリックがそこでやっと格闘していたガムを地面に捨て、私を肩をいからせながら睨みつける。「エリック」


「私ね、あんたのこと、わりと好きだったよ」


初めてだったから。ロッカーの陰や教室の後ろで小声でくすくす笑いながらじゃなくて、面と向かって大声で、それも歌いながら私の色を馬鹿にした奴なんて。I am notihing, without you.あなたのその小さな瞳が無かったら、私は何にもなれなかったに違いない。「おいらはお前なんて嫌いだった」なんで?小学校にも行けないクソババアだからに決まってんだろ。「キスしていい?」エリックは再び一度だけ唇を結ぶ。私は旧友の前でほんの少しだけ泣きそうになる。「ダメだ」冷たい冬ばかりのクソみたいないかれた街で、彼だけが私にとっての何かになり得るものだった。"In front of your eyes.It falls from the skies,"「ビッチにやらせたらなにされるかわかんねえし、おいらがする」
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