薄々昔から思ってたけど、生きるって難しくね?

いや、生きていることはそう大変じゃないと思うんだよ、なんて言ったら俺はきっとその筋の職業の人からひどく糾弾されかねないから黙っておくけど、生きているのはそんな大事業ではないと思うんだ。こう座ってるだけで、心臓は勝手に動いてくれるわけだし。適当に何かしかを食べてそれなりに睡眠をとっていれば生きていることはそう大きなことではない、少なくとも健康な人間にとっては。何が難しくさせるかって、俺以外の全て。物事や存在にいちいち呼び名をつけたがったり、ラベルを貼り付けたがったり、段階や階層を作ろうとしたり。うんざりする。

平面が好きだ。xとyだけで構成される線が好きだ。平面の性質や動くための構造把握なら、それなりに得意な方だと自負してる。ピースの上に指を乗せて、滑らせていくのが好きだ。ぴたりと窪みに納まると、安堵にも似た高揚が指先まで溢れていく。口元は少しだけ緩む。パズルくらい単純になってしまえばいい。個々の形がはみ出さない為の枠組みを軽く作って、後は中身を埋めるだけ。全てのピースに役目がある。名前も順序も何もない。枠内に敷かれているこの画面だけが秩序だから、それ以外の要素は必要ない。考えなくていい。するすると滑っているだけで全てが終わる。いずれ、終わる。生きているだけで。

今まで生きてここまで来るのに何かを羨んだことはあまりなかったと思うけど、納まる場所があるっていうのはいいなぁ、と噛み締めるように時々考える。そういう場所を作るために奔走するほど必死な願望でもないが、それはゆっくり俺の心に地をひびわるように広く広く根を張っている。地面を撫で回すみたいに、もしくは手のひらで包み込むみたいに。そこまで深刻化しない代わりに、きっと完全に取り除くことはできない、と漠然と感じる程度に。ぴたり、と落ちたところはちょうど目の部分だった。有名すぎる絵の柔らかな瞳が俺を見据える。不気味なほどの静寂。


俺は誰も欲しくないけど、必要ないわけじゃない。


そのあたりの兼ね合いが面倒だけど、それを我儘とか天邪鬼とかいちいちうるさく指摘しない奴に可愛がってもらうのが一番上手い生き方だと思っている。世の中にはそういった優しい奴だっていっぱいいるんだし。いないなら別に、何もなくていい。ゼロになることはない。地球上のどこかにそういう人間が存在しているのだから、どうだってよくなる。少なくとも今現在、俺の周りにそういう人間がいないというだけ。―あれ、もしかして結構生きることは簡単かもしれない。やったね。ぴたりとおいしいところのピースがはまった。

そう、地球上のどこかには存在している。たとえば今、朝日が昇る東の果てに。俺と同じように揉まれても跳ねても沈められてもゆっくり浮かび上がって波間をすり抜け、いずれどこかに打ち上げられることを待つ流木のように生きる人間を知っている。俺の背中に寄りかかって、膝を抱えている人間を。芽吹くように、ゆっくり双葉が朝焼けを浴びて広がるように、何かが俺を刺激する。今俺を見つめているような柔和で余裕ある瞳ではない、ふわふわと流されて所在無げに下に落ちる、それでもびっくりするほど光を集めて俺を射るように輝く瞳が記憶の中で花開く。俺は息をついた。今日はもう少し、もう少しだけ起きていようと思う。俺の背中に朝が来るまで。隣り合うピースのように、ひたりと絡む凹凸のように、それは生きることを単純な一本の線にして、赤く結びつけるものなのだろう、きっと。
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