「セックスしようか」と言われた。
こっちはそんな気分じゃなかったから、「一人でやって」と言った。
そうしたら、火のついた煙草を投げつけられた。


「…拾いなさいよ。火事になるわよ」


私の書斎に勝手に入り込んで、それきりソファに身を沈めたままの水野が胡乱な視線で私を見上げる。
そうしている間にもフローリングの上で煙草がジリジリと燃えていくというのに、水野はかったるそうに視線をくれてやるだけ、そして私はカーペットじゃなくて良かった、なんて見当違いなことを考えている。


「今すぐ拾わないと出禁にするけど」

「…チッ」


のろのろと腰を上げて、高そうな、よく磨かれた革靴の踵を鳴らしてこちらに足を進める。
片方の手をスラックスのポケットに突っ込んだまま屈んで、ひょいと煙草を拾い上げた。


「…あっちい」


拾い上げたはずの煙草が再びぽとりとフローリングに落ち、見かねてその煙草を踏み潰した私。
フローリングに便所座りのような体勢になり、私の足元を見下ろす水野。
水野は普段、武闘派だとか言われているようだけれど、存外にガキっぽいところがある。
もちろん褒めている。


「…バカね」

「ああ?」

「凄んでも怖くないわよ、ヤクザさん」


深夜のバーで知り合った、見た目優男。
ただ薄暗い店の中でも身にまとうのが仕立ての良いスーツであることはわかった。
どこぞの企業にお勤めか、もしくはその筋の男か。
カクテルを傾けながら盗み見た限りで頭に浮かんだ二択は、時折見せる純粋な子供のような視線に一択に絞られたのだった。
つまり、その筋の男。


「見上げんのも、悪くねえな」

「それはよかった」


便所座りしたままの水野がこちらをニヤリと見上げる。…うん、悪くない。
ヤクザだと本人の口から聞かされたのは、バーを後にした後のホテルだった。
事後のピロートークには似つかわしくない話。こんな胸のときめかないピロートークなんてあってたまるか。少しずつ白けていく私に、更に熱の篭っていく水野。
熱いのかドライなのかクールなのかよくわからない人だけど、とりあえずヤクザというよりはそこいらのチンピラじゃないのかと感じたものだ。


「…女、殺してきたんだ」

「…どこの女?」

「俺の女。…なんだ、驚かねえんだな」

「驚きたいのは山々なんだけどね」


突然、突拍子もなく呟いた水野ががくりと頭を垂れて、ため息を吐いた。
誰それを殺したなんて物騒な話を好んで聞きたいわけではないけれど、私がそれらに全く興味を持たないところが、どうやら水野は気に入っているらしい。
らしい、というのは彼に直接確認したことがないから。
それにしても自分で殺しておいて、自分で嘆いてるのかしら。変にかわいいところがあるのよねえ、と軽妙なことを考えながら足元の水野を見下ろしていたけれど、その肩が揺れていたのでこっちまでため息をついてしまった。


「イイ女だった」

「殺したこと思い出して笑っちゃうくらい?」

「違いねえな」


スーツから煙草を取り出して、取り出した一本を口にくわえて火をつけたその表情は、少しの疲れを滲ませて、それでも瞳は爛々と輝いている。
こっちはたまったもんじゃない。人殺しと二人きりの密室なんて、ある意味ドキドキするわ。
ついでに言うならこの書斎に灰皿なんてものはないし、さっき水野が投げ捨てた煙草の灰は、ソファの前に鎮座する木製のテーブルに残っていた私のウイスキーのグラスに沈められている。


「新しい煙草吸う前に、さっき投げた煙草を拾いなさいよ」

「NAMEの足が邪魔なんだよ」


私を見上げて、ふうとこちらに伸びてきた紫煙に眉を顰めれば、その表情は殊更嬉しそうに破顔した。
本当に、童心を忘れないとは言ってもこれはやりすぎじゃないかしら。
少年っぽさが残るというか、これではヤクザの皮を被った少年よ。


「なあ、抱かせろよ」

「煙草拾えたらね」


ニヤッと浮かんだニヒルな笑み。
こんな表情、少年はしない、かしら?なんて思いつつ再度見下ろした先では、水野がストッキング越しに私のふくらはぎに唇を寄せていた。



曖昧さ回避


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嗄黎さま
全て私の捏造です。
書くためにDVDを見直すこともしませんでした。
ちょっとでも喜んでもらえたら嬉しいです。
リクエストありがとうございました。



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