彼女を横抱きにして抱き上げたとき、その柔らかさと軽さに眩暈がした。
その様子を、嫌に口元を緩ませて見つめる折原と、心配そうに眉尻を八の字にした静雄
が見守る。黒い髪の毛が抱き上げた俺の腕をくすぐって、妙に背筋が伸びる。
ひやかされながら廊下と階段とを進む。行き先は当然ながら保健室。
彼女が目覚めたらまずは何から説明するべきだろうか、そんなことを考えていたがどうせ彼女も理解しているだろう。
つまり彼女はいつも通りの、折原と静雄のやり取りに巻き込まれた。
とは言っても当然折原が直接他人に危害を加えることはないから、静雄が折原とのやりとりの中で彼女にぶつかるか突き飛ばすかしてしまったんだろう。
目的地である保健室にたどり着き、塞がった両手ではその扉を開けられないことに気付く。しかし彼女の背中を抱く手を扉に小さく叩きつけたが返答は無く、どうにか取っ手に指先を引っ掛け、無理な動きにつりそうな指で扉を横に引く。
中には当然のように誰もいなかった。
「NAME、NAME、」
呼びかけてもピクリともしないその体にドキリとする。頭を打ったんだろうとは思い至って、しかし折原は「すぐに目が覚めると思うよ」と無責任なことを言った。無責任だと思ったのは事実だがそれ以上に納得して、そして何故今日に限って岸谷新羅が近くにいないのかと腹が立った。
白いベッドに彼女を横たえる。膝裏に差し込んだ手が太ももに触れて、また眩暈。
上下する胸に足元がふらついて、かぶりを振った。目立つような怪我はないかと、一度全身を見たが、俺にとってはよくなかったらしい。
白くて細い腕、制服越しに上下する胸、少し開いた唇、あらわになった額、まくれ上がったスカート、伸びる足。
これはあまりにも目に毒だ。
「…、ん」
目に毒だとは思いつつも目が離せないのは男の性だろうか。彼女の口から出たうめきにも似た小さい声に、やましさでいっぱいの心臓が口から出そうになった。
「NAME、気いついたか」
「ん、あ、あー、ドタチン」
「お前までドタチンって呼ぶな」
「あれ、…あー、そうだ、私平和島とぶつかって倒れたんだ」
もう少し目が覚めないかと思ったが、予想に反して彼女が目覚めるのは早かった。
昏倒にもレベルはあるんだろうが、今にして思えばもう少し目が覚めないままでも良かったかもな、とは流石に言えそうにない。
「おー」
「保健室?」
「おう」
「そっか、ありがとう」
「おう」
今更ながら布団でも上に掛けておくべきだったかと後悔した。彼女が小さく身じろぎするたびに少しずつスカートが更に捲れていく。無意識に拳を作って、深呼吸をする。
「…運ばれてるとき、」
「ん?」
「パンツ見えなかったかなあ」
…そこまで気が回ってなかった。回るはずもないが、そこを気にするあたり彼女にとってそれは結構重大なことだったんだろう。
「悪い、そこまで気にしてなかった」
「そして門田は堂々と見すぎだよ」
「な、バーカ、パンツは見てねえよ」
「太ももだって同じですー」
「つーかわかってんならスカート戻せよ」
開け放された保健室の窓から生ぬるい風が入り込み頬を撫でる。じわりと額に汗が滲むのは決して興奮しているからではない。暑いからだ。そう自分に言い聞かせる。
「門田になら別に見られてもいいけどねえ」
よっと、と小さく声をあげて上半身を起こす彼女の肩に髪がさらりとかかる。
その髪を細い指先で耳にかけ、こちらをいたずらな表情で見上げる彼女はもはや凶器だ。
「頭打ったんだ、もう少し寝てろ。んで保健医戻ってきたら病院行け」
「えー、大丈夫だよ」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ」
俺になら見られてもいいって、どういう意味なんだ。彼女は、NAMEはずっと友達だった。確かに最近俺の視界によくNAMEが入るなあとは感じていたが、そこまで考えてやっと俺は一つの結論を得た。俺の視界にNAMEが入ってたんじゃない。俺がNAMEを見ていたんだ。
「…門田、顔あかい」
「…うるせえ」
NAMEの手が、優しく俺の手に触れた。照れくさそうに笑ったNAMEの顔も心なしか赤らんで、そして俺は彼女の手を握り返す。
エスケープ
*
匿名希望さま
ドタチン学パロで甘い話というリクエストでしたが、甘い話ってなかなか難しいですね。
lunoraの話にしては随分甘い話になったかなあと思います。
デュラでは比較的普通の人なので逆に書きづらかったりするわけですが(笑)、楽しんでいただけたら嬉しいです。
リクエストありがとうございました。