とある雑居ビルの最高階、むわっとした空気が細く開いた窓から流れ込む。ビル内は過剰なまでに室温が管理されて、頬をなでる生ぬるい風とは打って変わってショートパンツから晒された足はひやりとした空気に包まれていた。


「赤林さん」

「ん、おおNAMEちゃんじゃねえか」


目前をのたりと横切る男に声を掛ける。それは目的の人物の居場所を尋ねるためだけれど、目的の人物は私があまり長い時間を異性と過ごすことを良しとしない。
なるべく手短に、手にぶら下げた紙袋の紐をぎゅっと握って顔を上げた。


「四木さんはいまどちらにいるでしょう」

「やんなっちゃうねえ、全く。ほかの男を近づけたくないくせに、こうしてお前さんを寄越すんだから。自慢してんのかなあ」


人選ミスを悔いる時間はない。紙袋の中には、午前中にたっぷりの時間を使って調理したお弁当がおさまっている。
早く行かないと、お腹を空かしてご機嫌ななめの四木さんと会う羽目になる。


「教えてくださらないのならいいです」

「待ってよ、教えないなんて言ってないってば」

「NAME、何を赤林さんに捕まってるんですか」


後頭部に当たった柔らかい感触と降ってきた低い声に顔を上げる。下から見上げる四木さんの鋭い眼光は赤林さんへ向けられていた。私の肩に置かれた大きな手は、冷房のせいか冷たい。
四木さんの背後はつい今し方私が通ったけれど、横にお手洗いがあるため四木さんはそこにいたんだろう。


「四木さん、お弁当作ってきました」

「ありがとうございます。NAMEの料理はおいしいから、今日は朝から昼食を楽しみにしていたんですよ」


視線をこちらに落とした四木さんの瞳が柔らかく細められ、大きな手のひらが私の肩を抱いて一歩踏み出した。
そしてもちろん私もそれに当たり前について行こうとしたけれど、やはりここでも人選ミスを悔いることになった。


「へえ、NAMEちゃん手作りのお弁当かあ、おいちゃんもご相伴に預かりたいもんだねえ」

「私の記憶が正しければ、確か赤林さんは書類仕事が溜まっていましたね」

「四木の旦那は融通ってもんが効かないねえ、」


四木さんは涼しげな表情を変えずに、自然な動作で私の手元の紙袋をかすめ取った。よかった、機嫌はいいようだ。


「四木さん…早く食べて」


仕事仲間と話す四木さんは好きだけど、そこに私の居場所はない。けれど四木さんが仕事の日に会えるなら、私だって早く二人きりになりたい。
ねだるように四木さんのジャケットを摘んだら、隠しきれない含み笑いと共に低い声が「わかりました」と耳に届いた。


「ほら、スーツが皺になりますから離して下さいね」


小さな子供に言って聞かせるような声色で私の指先に重ねられた四木さんの指。そのゴツゴツとした指先がジャケットを摘む私の指を解いていく。
視界の隅では赤林さんがばつの悪そうな表情で後ろ頭を掻いている。


「全く…そんな薄着をするなと何度言えばわかるんでしょうね」

「だって暑いもの」

「首に腕に足まで晒して、金でも取る気ですか」

「…四木さんは、タダだもん」


ふ、と緩んだ四木さんの口許。「ありがとうございます」と私の頭を撫でる手のひらは満足げだ。
赤林さんがため息を吐いてこちらに背中を向けて、四木さんは何を思ったのかまだ赤林さんの背中が見える場所で、頭をなでていた手のひらで私の後頭部を引き寄せた。
反射的に顔を上げて背伸びしてしまう私の、その唇に四木さんの薄い唇が重ねられる。
横目に、屈んだ四木さんのワイシャツから伸びる首筋が視界に入り、胸の奥がきゅうっとなった。


「…四木さんは、ジャケット脱いだりしないの?」

「私は、脱ぐより脱がせる方が好みですね」


離れた唇がいたずらに笑ってもう一度近づく中、まぶたを伏せる直前にこちらをちらりと振り向いた赤林さんと目があった。



独占市場



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めろんさま
寵愛をどんな状況に持ってくるのか悩みましたが、なんだか過保護なだけになってしまったような。
個人的には四木さんがジャケットを脱いで、ワイシャツを腕まくりでもしていたら大層ときめきます。(なんの話だ)
リクエストありがとうございました。



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