泣かせちまったよ、そう思うと同時に湧き上がった後悔。目の前で、顔を伏せるでもなく目尻を拭うでもなく、真っ直ぐに俺を見つめる双眸から、つうと頬を伝う涙。
この時になってようやく、彼女の言わんとしていることがなんなのか、わかったような気がした。
「NAME、あー、悪ぃ俺が悪かった」
「…ううん、いい…」
とうのNAMEはぼんやりとふぬけた様にそれだけ口にして、そしてもう一度、何かを確認するかのように「うん」と答える。
その線の細さに思わず抱き締めたくなったが、自分の装束があまりにも血塗られていることに気づき、そして伸ばしかけた腕を落とした。
「NAME、」
「わかってたんだよ。わかってたんだけど…どうしてわたし、夢を見ちゃったんだろう」
焦点の合わない眼差しで、瞳を焼くほど鮮烈な夕陽に顔を向けるNAME。ひゅうと風が吹いたら倒れちまいそうな程に脱力した肩が酷く俺の気分を悪くする。
「違うんだよ、俺はさ、この戦争の後なんざ考えらんねーんだ」
「…うん」
先生を奪った世界で出会った別勢力の一員。共闘を誓い、刀を振るい引き金を引き、そうしてやってきたここふた月。NAMEは両親を殺されたのだと言った。無表情で、感情の一切が封じ込められた温度のない声で。
「銀時は、一人でもやっていけるもんね」
「…一人じゃ、やってけねえよ」
「でも、傷を舐め合っては生きていかないんでしょう」
今日は何人殺した。明日は何人殺すのか。そしてこの戦争が終わるとき、俺は何人を屠り何人の仲間を失っているのか。自分に背負いきれるのかどうかもわからないまま、俺が目の前に立っていることをNAMEは知らない。
「NAMEなら、俺よりいい男が沢山寄ってくんだろ、な?」
「わたし、銀時がいい。…銀時がよかった」
過去形に言い直されたその言葉に、こんな時でも気遣いを感じる。それが益々やるせない。NAMEの装束も血にまみれ、長い髪に飛んだ返り血はそのきれいな黒髪をパリパリに固めている。
「…悪ぃ、やっぱ俺…まだ先のことなんか考えらんねえわ」
「、戦争が終わったら、一緒に生きたい」
意志を持った瞳で真っ直ぐに、もう一度放たれた台詞。事の発端となった台詞を一文字も違えることなく、恐らくこれが最終通告なのだろう。
NAMEの体に触れれば安心した。NAMEの声を聞けば眠れた。NAMEの瞳が柔らかく細められたら、この世界もまだ捨てたもんじゃないと思えた。
それら全部、この戦場に置き去りにしていく覚悟が俺にあるのか。
「…NAME、」
「…うん、じゃあわたし、もう行くね」
ほたりと荒れた地に落ちる水滴を鮮やかな橙が照らす。思わず肩を掴みそうになって動かした腕が、腰の刀にぶつかった。
視線を落として刀を見つめる。
「わたし、生きる理由が欲しかったなあ」
独り言のように呟いた、高くもなく低くもないNAMEの声が戦場に響き、溶け、そして向けられた背中。
いつか後悔するときが来るのだろうか。彼女の体を抱きしめておけば良かったと、一言だけでも彼女に与えてやるべきだったと。
『また会おう』
それだけの言葉に、それだけではない沢山の意味を込めて、告げれば良かったと。
小さくなっていく彼女の背中に、一度小さく、「愛してるよ、畜生」と口にした。
別の世界の出来事で
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蜻蛉さま
坂田のシリアス、何にしようかとあれこれ考えながら行き着いたのは攘夷戦争時代でした。
この頃の銀ちゃんに、戦争で刀を振るう気力はあれど未来を生きるまでの気力はあったのかとたまに考えます。
リクエストありがとうございました。