「一人では生きていけないくせに」


黒神さんと気が済むまで戦って、一人で勝手にすっきりした表情をしたまま屋上に佇む薄い背中に嫌気がさした。


「『君は僕にどうなって欲しかったんだい?負ければいいと思ってたはずだ。それなのに君は今僕にイラついてるんだね』」

「負けるならさっさと負けてしまえばよかった。足掻くなら勝てばよかった」

「『無茶なことを言うなよ。めだかちゃんに勝てるとでも?』」


ちゃらけて見せる、両手を小さくあげて降参のポーズ。それが腹立たしいのだと、きっとこの人にはわからないんだろう。


「…そう、所詮球磨川さんはその程度だったの」

「『……何が言いたいのかな。まあ、君のそういうところは嫌いじゃないぜ』」


好きでもないくせに、一瞬口をついて飛び出しそうになったその一言をすんでのところで飲み込んだ。言おうとした言葉を反芻して驚いたのは私の方。
目の前でフェンスに寄りかかった球磨川さんが、いつもと同じように感情を隠した笑顔を向ける。


「…早く、生徒会室へ行ったら?」

「『君をもう少しだけ見ていたくてね、困っちゃうよ』」


生ぬるい風がゆるりと頬を撫でる。スカートの裾をほんの少し揺らめかせて、言われた意味を考えてみた。
球磨川さんは恋愛感情がどういうものなのか知らないのかもしれない。胸の鼓動をそのままに、それが恋愛感情から来るそれだと錯覚しているのならば、この人ほど吊り橋効果が期待できる人物はいないだろう。


「…何か気になることが?」

「『シャツの中が透けてるぜ。ピンクってすごくいいね!なんだかドキドキするなあ。あ、勿論ブラジャーだったら何色でも僕はかまわないよ!』」


時折、眼光鋭く年齢にそぐわない発言や行動をするこの人の、体に残ったままの正常な感性を私はこの時初めて目の当たりにして、初めてそこに触れたような気がした。


「…見たい?」

「『見せてくれるのっ?!』」


ぐいっとフェンスを押してこちらに身を乗り出してきた球磨川さん。していることも食いついた言葉も健全ながら不埒なことなのに、ひどく生々しい普通の男の子のその部分に触れたことに安心した。


「球磨川さんが、触りたいって言うなら触っても、いいのよ」


少しの勇気を振り絞った私は、球磨川さんとも黒神さんとも違う。普通の、平凡な人間。それでも、平凡な人間には何もできないわけじゃない。それでいい。


「…さわりたいよ、触っていいなら、僕は今すぐにだってここで手を伸ばすぜ」


頭の中で、探していたパズルのピースがカチリとはまるように、呆気なくその時がきた。
括弧が取れた球磨川さんの表情が心なしか紅潮しているのは、錯覚なのだろうか。
足元から瓦解していくような気持ち。膝が、つま先が風に揺らいで倒れてしまいそう。


「おっと、危ないなあ」


傾いだ私の肩を掴む球磨川さんの手のひらが熱い。そして、少しだけ震えている。


「球磨川さん、震えてる」

「…気づくなよ」


望んだものが手には入らないから、この世界は面白い。
逸らされた視線すら愛しくて今すぐにでも抱きしめたい衝動は、どうやって彼に伝えようか。



and i
私と、愛と、


*
辻子さま
私に書ける最大限の球磨川くんです。
書いてるうちにどんどん球磨川くんが愛しくなってきたんですが、どうやって責任をとってくれるつもりですか。
リクエストありがとうございました。



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