「通りで寒いわけだ」
まだ暖房が効いていない室内で、窓の外を見ながら景吾が溜息混じりに言う。
何かと思い、コーヒーメーカーをセットしていた手を止めて彼の隣に立ったなら、視界に入ったのはちらほらと舞う粉雪。
「…本当。今夜は普段より冷えるわね」
「ああ」
まだ窓の外を見つめる彼をそのままに、私はキッチンへ戻りコーヒーメーカーに一回分だけ小分けしたコーヒー豆の粉をスプーンで掬う。
水を入れてスイッチを入れる。
視線を上げれば、彼はまだ窓際に立って外を見つめていた。
「…景吾、雪が珍しいわけでもないのにどうかしたの?」
「いや、もう雪は止んだ」
もう一度彼の隣へ足を進める。
ひやりとした窓に手のひらを当てれば、指先が少しずつ固まっていくのを感じる。
窓の外を舞い落ちていた雪はすっかり見えなくなり、月明かりが柔らかく辺りを照らすだけ。
「景吾?」
「下、見てみろよ」
「下?」
親指で示されたとおり、グレーのアスファルトを見下ろす。2階にあるこの部屋から見える物なんて、取り立てて興味を引くものなんてなかったはず。
「…なんだか、キラキラしてる」
「落ちた雪が凍り始めてるんだ」
「よっぽど寒いのね」
「綺麗だろう」
ふ、と彼を見上げたら、その表情は幼い頃秘密の場所を見つけた時や新しい本を手に入れたときのように自慢げな、自信ありようなもの。
思わず笑ってしまった私の額を、少し苦々しげに小さく小突くその照れ隠しも変わらない。
「うん、きれいね」
「雪が積もると音がしなくなるだろう」
「ああ…吸収するものね」
「そうすると今度は雪が降る音がする」
「積もらなくて残念?」
悪戯に彼の指先をつつく。彼は不遜な笑みを浮かべて「バァカ」と一言吐いて、そして私の指先を自らのそれに絡ませた。
お互いに社会人になって、変わっていく生活に自分を順応させてきた。
一つ一つの所作に戸惑いながら、再会からこちら新たに関係を築いて…それでも、変わらないものだってある。
「なんだか、懐かしい」
「そうだな」
「不思議ね。今日は昔のことばかり思い出すわ」
小さな手に引かれてこっそり抜け出した大人たちのパーティーや、景吾が自慢げに私に見せてくれた大きなビー玉、二人で迷子になって手をつないで歩く景吾の手は震えていたっけ。
「…明日は実家に泊まるんだろう」
「最後だからね」
「明後日からは、二人だ」
一番最初は二人だったね。
そんなことを思いながら、絡められた指先に力を込める。
「きれい、ね」
「そうだな」
金色に滲む月と瞬く星が氷の粒を照らして輝かせる。
まるでたくさんのダイヤモンドを散りばめているかのようで、泣きそうなくらいの幸福感が胸に広がっていくのを感じた。
「早いね。…もう、明後日なんだ」
「お前のウエディングドレス姿、楽しみにしてる」
「もう、プレッシャーかけないでよ」
「それくらい楽しみにさせろ」
ゆっくりと暖まっていく部屋の中。既に荷物は全て運び出されて空っぽ。残っているのはコーヒーメーカーとマグカップ2つ。そして鍵が2つ。
「幸せにする」
「二人一緒に、でしょう?」
左手の薬指に座るダイヤモンドを撫でながら彼が小さく喉を鳴らした。
「そうだな、一緒に」
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