いつも通りの帰り道。バイトが早く終わったから、買い物して帰るかまっすぐ家に帰ってゆっくりDVD見ようか迷って、結局コンビニで2つで1パックのモンブランを買っただけで帰宅しようとした。

その、いつも通る公園横の歩道。そこからたまたま横目に見た塗装の剥げかかった黄色いベンチの前には、無数の鳩が群がっていた。

よくよく目を凝らして見ればベンチには変わった髪型の女の子が体育座りをしている。

少し、気になった。


「餌付けしてると注意されるよ」


この公園の鳩は人間を恐れていないらしい。その証拠にコンビニの袋を揺らしながらベンチへと足を進める私に、鳩たちは避けはしても羽ばたいて逃げようとはしない。


「い、え……なんだか、寄ってきてしまって」


驚いた表情で私を見上げる彼女は奇妙なセンスの装飾を散りばめた制服姿。
それでも、その顔はかわいらしい。


「…隣、いい?」

「…あの、あ、…はい」


体育座りをやめてきちんとベンチに腰掛けた彼女は私との距離を測るように少し、間を空ける。

普段見知らぬ人間に声をかけることなんてなかったのに、一体私はどうしたというのだろう。

ただなんとなく気になってしまっただけだというのに。


「ごめんね、突然話しかけちゃって」

「、いえ、大丈夫です」

「なんかさ、…淋しそうに見えたから」


……そうだ。なんか淋しそうに見えたんだ。儚げな雰囲気と物憂げな表情とが相まって、声をかけずに帰宅したら声をかけなかったことを後悔するような気がしたんだ。


「…もし、大切な人にあえなかったら、どうしますか…?」


隣に座ったはいいが、さてこの次どうしたもんか、と目の前の鳩に視線をやった私に、隣から控えめな声が耳に入る。

コンビニの袋を隣に置いて、もう一度彼女を見る。
彼女の両手は膝の上で小さくふるえていた。両手だけじゃない、膝も、口元も。

私はこの表情を知っている。涙が出る一歩手前の、決壊ギリギリの表情、だ。


「…会えないの?」

「…はい」


その表情を見れば会いに行ったり、そんな物理的なことは不可能なんだろうなあと漠然と思った。
それでも一度、確認をする。それが酷い質問だとわかっていたけど。

案の定彼女は困ったように、泣き笑いみたいな表情を浮かべて一言、返事をした。


「…私だったら、話しかけるよ」

「…会えないのに?」

「会えなくても、傍にいなくても、その日の出来事とか、…うん、私だったら話しかけるなあ」


例えば、例えば私の大切な人が会えなくて、会いたくて、でもやっぱり会えなかったら?
考えたこともない。でもきっと私は話しかける。記憶の中の大切な人に、私の中の大切な人に。


「そっ…か…」

「私だったら、だけどさ。あ、ねえ、モンブラン食べない?」


袋の中のモンブランは2つ。独り占めするつもりだったそれが、少しだけ私の心をきゅう、とさせる。
一人で食べるより二人で食べた方がおいしいよって、まるできゅうとなった心が話しかけてくるように。


「いいんですか…?」

「うん」


袋を広げて中からパックとフォークを取り出す。コンビニの店員に「フォークは2つでよろしいですか」と聞かれてなんとなく悔しくなって、見栄を張って「はい」と答えた。だからフォークはちゃんと2つ。


「食べて」


自分のモンブランを、パックの蓋を皿にして、彼女にはそのまま手渡す。
おずおずと躊躇いながらそれを手に取った彼女が小さく、でも本当に嬉しそうに微笑んだ。


「いただきます…」


ぱくんと一口。味なんかわかりきっているのに、私は何故だか彼女の反応が気になった。


「…おいしい…」

「あ、うん。このモンブラン、コンビニスイーツにしてはなかなかだよね」

「…骸さま、おいしいですよ。チョコレートもおいしいけど、モンブランもおいしい、ですよ」


"ムクロさま"。変わった名前だなあ、と思いながら自分のモンブランを口に運ぶ。
少し間の開いた彼女との距離を淋しく思って、一人心の中で「なんでこんなに淋しく思うんだ」って言い聞かせる。


「…"ムクロさま"って、大切な人の名前?」

「は、い。なんだか、話しかけたら、少し…ホッとしました。ちゃんと私の中にいるんだなあって、」

「…うん」


返事がなくても呼びかけて、それで何かが解決するわけではないけど。
でも、そんなことでも人は支えにできてしまうから。
それでもやっぱり倒れそうなときに支えてくれるのは、そのときに隣にいる人だけだから。


「甘い…」

「…あのさ、もしなんか辛くて我慢できなくなったら、またここに来なよ。普段はもう少し遅い時間なんだけど、私でよければ、話、聞くから」


静かにモンブランを食べる彼女は柔らかく、自信がなさそうに笑った。
彼女の横顔を明るく染める光。
ふとその頬に触れたくなって、それでも触れられなくて、自分のモンブランに乱暴にフォークを突き立てた。


「…ありがとう」


ふと、顔を上げれば、ブランコの向こうで橙の太陽が公園をあたたかなオレンジ色に染めている。




連動コート





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -