冷たい風に揺らいだ制服のスカート。
コートの中で身体を強ばらせてマフラーに口許まで埋めた。
余りの寒さに涙が滲む。

寒くても暑くても関係なく学校があるのは辛いけど、社会人よりマシかなあなんて自分を奮い立たせて、それでもまだまだ先に見えるバス停を恨んだ。


「今帰り?」

「……折原、くん」


背後から軽やかに聞こえてきた足音に我関せずといたのが間違いだったのかもしれない。
目だけで声のした方を見やったら、クラスメイトの折原くんが作り物のような貼り付いた笑顔で私を見ていた。


「随分遅いんだね。いつもこんなに遅いの?」

「さあ、……あんまり時間気にしてないから」


学校を出るとき、私は昇降口に一人だった。
折原くんはどうしてここにいるんだろう。


「NAMEちゃん、だよね」

「うん」

「へえ。驚かないの?話したこともない俺が君の名前を知ってること」

「一応クラスメイトだし、それに折原くんなら全生徒の名前くらい知っててもおかしくないもの」


背後に聞こえていた足音のままなら折原くんは易々と私を追い越していただろう。
それなのに折原くんは黒いコートのポケットに手を入れて、私の隣を歩く。


「理由はそれだけかな」

「あとは、私が平和島くんとよく話してるから、かな」

「正解!いいねえ、俺はアタマのいい子は嫌いじゃないよ」


こんなことなら学校をもっと早く出ればよかった。もしくはもっと遅く出ればよかった。
そう思ったところで、ようやく私は折原くんが意図して私の隣を歩いているのだと気付く。


「私に何か用があるの?」

「なんでそう思う?」

「折原くんが学校に残ってた理由がわからないから、なんとなく聞いてみただけ」


相変わらず嫌な、嘘っぽい笑顔で歩く折原くん。
見た目だけは爽やかな優等生に見えるに違いない。
バス停まではまだもう少し距離がある。


「NAMEちゃんはあんなバケモノと話してて楽しい?」

「折原くんと話すよりは楽しいかな」


そういえば今何時なんだろう。
バッグを漁って中から携帯を取り出す。電話ができてメールができてスケジュールも見れて辞書機能がついてて時間も確認できる。携帯以外のものなんか持たなくても充分だ。

折り畳み式のそれのサイドキーを押したらサブウィンドウが明るくなった。

表示されたデジタル時計は、細かいドットで8時6分を教えてくれる。

バスが来るのは15分。間に合うか心配だから走ろう。


「なるほどね。俺よりあんなバケモノがいいって言うんだ」

「ごめんね、折原くん。バスが来ちゃうから私走る」


ほとんど折原くんを無視するように走り出した私を、折原くんは追ってくる。
どうやら折原くんもバスに乗るらしい。


「NAMEちゃん、図書室でノート書いてただろう。あれはシズちゃんの為?」

「私の、復習のついで、だよ」


同じように走っているのに折原くんの呼吸は全く乱れない。
さすが毎日飽きもせずに平和島くんと追いかけっこしてるだけある。

右手に握った携帯のサブウィンドウが8時10分を知らせる。
なんとか間に合いそうだ。
目前に見えたバス停と、背後から道路と背中をぼんやりと照らすバスのライト。


「君、最近はいつもこのバスだろう」

「明日からは違うけどね」

「もっと遅いバス?それとも早いバス?」

「折原くんには、教えない」


バス停にたどり着き、丁度目の前に停車したバスの扉が開く。
一人がけの椅子に座って、そして私はバッグの中から音楽プレイヤーを取り出して、イヤホンで他の音を遮断した。

携帯のサブウィンドウは8時14分を照らし出している。




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